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C-007. 毒鼠、飼われる

 フットヒルズでの一件からちょうど一週間経った。

 あたし達はパーズへと逃げ込み、今は貧民街に身を潜めている。


 〈バロック〉との交渉も失敗に終わって、連中を()きつけてジルコを襲わせる計画はご破算になっちまった。

 こうなっちゃカース・ダイヤを持っていても意味がない。

 とはいえ、うかつに闇市に流そうとすれば確実に〈バロック〉の監視網に引っかかるだろうから手放すのも難しい。


「はぁ……。これからどうするかな」


 貧民街の路地裏で、あたしは曇り空を見上げながら独り言ちた。


「……」


 それにしてもジェミニのやつ、嫌に遅いね。

 まさか〈バロック〉の刺客にでも見つかったんじゃ――


「ジャスファ!」


 ――と思ったところで、あたしを呼ぶジェミニの声が聞こえた。

 見れば、狭い路地をジェミニが駆けてくる。


「遅かったじゃないか」

「ごめん。パーズの路地裏って入り組んでるから迷った」

「……で、どうだった?」

「書いてあったよ。指示通り書き写してきた」


 ジェミニがあたしに羊皮紙と羽ペンを手渡してきた。

 あたしは羽ペンをポーチにしまい、受け取った羊皮紙の文面に目を通す。

 でも、これ――


「……きったねぇ字だな!」


 ――とても読めたもんじゃない。

 渡された羊皮紙にはミミズがのたくるような汚い文字が書かれているだけで、あたしにはとても解読できない。


「そんなに汚いかなぁ?」

「なんて書いてきたのか読んでくれよ」

「あたい、字なんて読めないよ」

「はぁ!?」


 あたしはジェミニが何を言っているのか一瞬理解できなかった。


「あんた、字が読めないならどうやってマダムからの言伝(メッセージ)を選んで写してきたわけ?」

「連絡掲示板に書かれてる文字を全部写してきた」

「……」


 おいおい。

 それじゃ実際にマダムからの言伝(メッセージ)かもわからないじゃないか。


「ん? ダメだった?」

「……っ」


 そのキョトンとした顔を殴りつけてやりたい……っ!

 これじゃ何のためにこいつを駅逓館(えきていかん)まで行かせたかわからないよ。

 あたしがジェットのもとから逃げ出してからまだそう日は経っていない。

 うかつにパーズをうろついて、ジェットやルリ達に見つかったら厄介なことになるから念のためジェミニ(こいつ)に頼んだってのに!


「もういいよ、あたしが行くっ!」


 単に時間の無駄をしただけじゃないか。

 マジでこいつの兄貴の兄妹愛(我慢強さ)には頭が下がるね……。





 ◇





 その後、ジェミニを伴って駅逓館(えきていかん)に行ったけど、連絡掲示板にマダムからの言伝(メッセージ)はなかった。

 思ったより調査に時間がかかってるみたいだ。

 マダムが言っていた闇ギルドの情報屋ってのも大したことないのか?

 何にせよ、しばらくは身を隠しながら駅逓館(えきていかん)を覗きに来る生活が続きそうだ。


 落胆した心地で薄暗い裏通りを歩いていると、ジェミニがあたしの肩に腕を回してきた。

 こいつの馴れ馴れしさもいよいよ堂に入ってきたね。


「なぁジャスファ! 飯屋にでも寄ってこうよ!」

「何言ってんだ。表通りなんて危なすぎて歩けるかよ」

「なんだよぉ、つまんないなぁ」

「こいつ……っ」


 マジでぶん殴ってやろうか――


「もし。そこのお嬢さん方」


 ――と思ったところで、誰かに声をかけられた。


 いつの間にか黒マントに身を包んだ男が道の真ん中に立っている。

 まっすぐ正面を向いていたわけじゃなかったけど、あたしに気づかれずに進行方向に立つなんてただ者じゃないね。


「……誰だい」

「私の話に少々付き合っていただけるかな」


 もはやその正体は明白だけど、あたしはあえて訊ねてみた。


「あんた〈バロック〉だろ?」

「いかにも」


 やっぱりね。

 とうとう見つかっちまったか……。


 声からしてフットヒルズの時の奴とは別人だね。

 男は深々と被ったフードで顔を隠しているため年齢の程はわからない。

 けど、体臭から察するにそれなりの歳であることはわかる。


「てことは、もう用件も決まってるわけだ」


 あたしは腰に下げてある宝飾短剣(ジュエルダガー)の柄へと触れた。

 目の前の男には当然として、周囲への注意も怠らない。

 今のところ気配は感じないが周りにも兵隊は潜んでいるのか?

 あたしとしたことが、狭い路地で待ち伏せされるなんて。

 ……こりゃあしくったね。


「そう警戒しないでほしいね」

「無茶言うなよ。こっちはあんたらに一度殺されかけてんだ」


 あたしはジェミニを突き飛ばし、宝飾短剣(ジュエルダガー)を抜き放った。

 少し遅れてジェミニも双剣を抜いて男へと身構える。


「やれやれ。交渉再開といきたいのに気が早すぎはしないか?」

「交渉再開だって?」

「きみは我々〈バロック〉に加入したいのだろう」

「どういう風の吹き回しだい」

「部下の報告で消すには惜しい人材だとわかったからね。ジャスファ・アンダーマイン」

「……!」


 あたしのこと、この短期間で調べたのか。

 さすが地下組織の一大勢力〈バロック〉と言うべきか……。

 どこにこいつらの目と耳があるかわかりゃしない。


「先日のフットヒルズでの立ち回り、見事だった。雷震子(らいしんし)が派遣されたにもかかわらず五体満足で生き残るとは大したものだ」

「ライシンシ? あの大量火薬野郎のことか」

「奴が派遣されると大抵すべてを破壊し尽くしてしまう。先日もフットヒルズを焼き尽くした上、半数以上の住人を虐殺してしまってね」

「……最悪だな」


 あたしと関りない奴らがいくら死のうと別にどうでもいい。

 でも、フットヒルズでのことはさすがに胸が痛むよ。

 やりすぎなんだ……〈バロック(こいつら)〉は!


「きみの選択は正しかった。真っ向からやり合っては、とても勝ち目はなかったろうから」


 あたしの選択が正しいだって?

 それは戦いを避けたってことに対しての評価なんだろうけど、そのせいで無関係の人間が大勢死んじまったことに変わりはないんだ。

 頭では正しいとわかってても、その一方で感情がひりつきやがる。


「〈バロック〉はあんな化け物を何人も抱えてんのかい?」

「今や〈バロック〉もそれなりの規模になった。頼もしい駒は多いよ」


 ……それなりに、ね。

 我々の戦力はあんなものじゃないとでも言いたげだね。


「そんなおっかない組織に入るのは考え直した方がいいかもね」

「強制はしない。でも、今さらその選択はクレバーじゃないな。仲間になるか、死ぬか、今きみの選べる選択肢はふたつしかない」

「あたしに手を出せば〈ジンカイト〉の仲間が黙っちゃいないよ」

「ははは、役者だな。きみはすでにギルドを辞めた身だろう」


 ……ちっ。

 ギルドにあたしの籍がないことはすでに調査済みか。


「元〈ジンカイト〉のきみが加わってくれるなら我々としても喜ばしい。表の仕事(・・・・)よりもずっと稼げるし、断る理由もないのでは?」

「金は欲しいよ。金が無いと世の中楽しめないからね」

「ならば、きみの持っているカース・ダイヤを渡してくれ。それを(もっ)て交渉成立とし、きみを〈バロック〉の一員と認めよう」


 〈バロック〉の脅威を考えると選択の余地はなさそうだ。

 まぁ、最初に望んだ結果になるんだから別にいいか。

 ……っと、ブツを渡す前にひとつ確認しておかなきゃならないことがあるね。


こいつ(・・・)もセットだと考えていいんだろうね?」


 あたしは隣にいるジェミニを指さして男に確認する。


「もちろんそう思ってもらって構わない」

「ならいいよ」


 とりあえず二人揃ってこの場を生き残ることはできそうだ。

 あたしはポーチから布に包んでおいたカース・ダイヤを取り出して――


「ほらよ、受け取りなっ」


 ――男へと投げ渡した。


 男はダイヤをキャッチするや、しばらく角度を変えるなどして手元の宝石を観察していた。

 露骨に疑うねぇ……。


「確かに本物のようだ」

「今さら出し抜こうなんて思わないよ」

「〈毒鼠(どくねずみ)〉は何をしでかすかわからない怖さがあるからね」


 言いながら、男はカース・ダイヤを懐へとしまった。


「これであたしも晴れて〈バロック〉の一員か」

「ああ」

「で、あたし達は何をすればいいわけ?」

「すでに最初の任務は決まっている」

「そりゃ気の早いことで」

「ある人物の始末を任せたい」


 ……いきなり暗殺と来たか。

 加入初日の新人二人にそんな仕事を任せるかね普通。


標的(ターゲット)は?」

「王都にいる情報屋だ」

「情報屋ってことは〈バロック(あんたら)〉にとってまずい情報を掴まれたってわけかい」

「そうじゃない。ある事情からどうしても始末する必要がある相手だ」

「穏やかじゃないね。なんだよ、その事情って」

「末端が知る必要はないな」


 末端、ね……。

 確かに今のあたしは組織に使われるだけの駒だ。

 使えるとわかれば重宝されるし、いざとなれば捨て駒にされる。

 でも、そういう組織ならシンプルでわかりやすい。

 美味しい汁をすするには、下働きしながらコツコツ登っていけばいいわけだ。

 ジルコのやつを確実にぶっ殺すためにも、あたしとしてはなんとしても〈バロック〉を利用したい。

 与えられた任務は確実にこなしていかないとね。


「余計な詮索はしないよ。でも、標的(ターゲット)の名前くらいは聞かせてもらわないと」

「名前は教えられないが、奴を知る者はゴブリン仮面(・・・・・・)と呼んでいる」

「なんだって? そいつゴブリンなのか?」

「ゴブリンではなく、ヒトさ。テールコートにゴブリンの仮面をつけた奇妙な姿をした男だよ。道化師(ジェスター)の衣装を着ていることもある」

「変わった趣味の奴がいたもんだね。でも、情報屋の始末にわざわざあたし達を使うほどかい?」

「並みの暗殺者(アサシン)じゃ歯が立たない。今まで何度も刺客を送ったが、ことごとく返り討ちにあっている」

「へぇ」

「だが、きみなら()れるだろう。期待しているよ、ジャスファ・アンダーマイン」


 ゴブリンの仮面をつけた男か……。

 そんな奇妙な風体の奴が強いとはとても思えないけど。


「期限は七日後の日没まで! パーズから王都までは駅馬車で四日。残り三日もあれば準備から実行まで十分だろう」

「えっ。期限があるのかよ」

「当然だ。一刻も早く消したい相手なのだから」

「……わかったよ」

「王都に到着したら、最初に時計塔の下へ向かうように。組織の情報伝達者(エージェント)を用意しておく。報酬についてもその人物から聞けるだろう」


 その言葉を最後に、男は(きびす)を返して路地を歩き去って行く。


「……雨か」


 男があたしの視界から姿を消す頃、ポツポツと雨が降ってきた。

 見上げると、黒い雲が空一面に垂れ込めている。


「ジャスファ。本当にそのゴブリン仮面ってのを殺すのか?」

「ああ。どうやら連中にとってよっぽど邪魔な奴らしいから、任務に成功すればそれなりの評価を得られると思う」

「〈バロック〉での殺しがジルコへの復讐に繋がるのか?」

「繋がるさ。……繋げてみせる」

「なら、あたいも最後まで協力するよ――」


 ジェミニが手のひらを突きだしてきた。


「――相棒だもん」


 相棒か……。

 そうだね、もうあたし達は一蓮托生だ。


 あたしは勢いよくジェミニの手のひらを叩いてやった。


「やるよジェミニ。覚悟を決めな」

「いてて……。もうちょっと軽く叩いてよ」

「締まらねぇなぁ、おいっ!」


 さしもの〈毒鼠(どくねずみ)〉も今は飼い主が必要だ。

 でも、あたしはただ飼われるだけじゃ終わらない。

 最終的にはあたしが〈バロック〉を手玉に取ってやるからね。

 その時こそ、ジルコへの復讐を完遂する時さ!

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