2-003. 引くな!
九死に一生を得た俺はネフラと街を歩いていた。
あのままギルドに残っていたら、酔ったゾイサイトに何をされるかわかったものじゃない。
だが、目的もなく街をブラついていても何の解決にもならない……。
「悪いなネフラ。いきなり外に連れ出しちまって」
「ううん。かまわない」
幸か不幸か、ネフラは別段嫌そうな素振りは見せていない。
あまり情けない姿をさらして、相棒に愛想をつかされないようにしなければ。
「とりあえず教会を当たってみるか。教会の司祭ならコイーズ侯爵と親しい人がいてもおかしくないし」
「ジルコくん……」
ネフラが神妙な面持ちで話しかけてくる。
もしかして飽きちゃったか?
「コイーズ侯爵の園遊会の話、実はフローラから聞いたの」
「えっ」
「だから彼女に頼めば一緒に連れて行ってもらえるかも……?」
なんてこった。
繋がりがあったのはフローラか……。
しかも、あんなことがあった後に判明するとは。
「ごめんね。私がもっと早く言っていれば」
「いや、いいんだ。教えてくれてありがとう」
そう言って、俺は隣を歩くネフラの頭を撫でた。
いつもと違って、ネフラは嫌がる素振りを見せない。
彼女の顔はしゅんとしたままだ。
「気にするなよ。なんとかフローラを拝み倒して同行を承知させてみせるさ」
「でも……」
ネフラが心配そうな顔で俺を見上げる。
俺は俺でフローラの怒りを買っているからな……。
だが、今回ばかりはこっちが折れてでもフローラに頼むしか道はなさそうだ。
◇
いくつか教会を当たって、ようやくフローラが居る場所を突き止めることができた。
彼女は今、医療院で入院患者に奇跡を施しているという。
教会は寄付金に応じた奇跡をジエル教徒に施す。
数枚の銀貨であれば、擦り傷が治る程度の奇跡が。
数枚の大金貨ともなれば、骨折や内臓の病も直してくれる奇跡が起きる。
まさに地獄の沙汰も金次第……。
「ジルコくん。フローラの居る場所、ここだと思う」
ネフラが指さす先に、医療院の看板が見える。
その隣には教会が立っているから、教会経営の医療院のようだ。
フローラがいるのはここで間違いあるまい。
医療院の入り口には宝石を掲げている天使の彫像が置かれている。
その彫像を一瞥した後、俺は医療院の扉を開けた。
「フローラ!」
俺は医療院に入るなり、フローラの名を叫んだ。
「しぃー!」
即座に、院内にいる看護士達から唇に人差し指を立てられた。
……そりゃそうだよな。ここ医療院だし。
「あ、あの……フローラに会いたいのですが」
尋ねるや否や、看護士達が怪訝な顔で俺を見る。
「フローラさんのお知り合い?」
「はい。ギルドの……仲間です」
「ああ。〈ジンカイト〉の方かしら。そう言えばあなたの顔、見たことあるわ」
「火急の用がありまして」
「彼女なら応接室で休んでいるわ」
看護士の一人に案内され、俺とネフラは医療院の奥にある応接室へと通された。
扉を開くと、部屋の中にフローラの姿があった。
彼女は部屋の中にある天使の彫像に向かって祈りを捧げていた。
両手を組み、ひざまずいて天を仰ぐような姿勢で……。
「フローラ。ちょっと頼みがあるんだが」
「……ジルコ?」
声をかけると、フローラがこちらに振り向いた。
その顔はギルドの庭で見たようなものではなく、普段通りの澄ました顔だった。
それを見て俺はホッとした。
「不良教徒が私に何の御用かしら」
「そうつっかかるなよ。さっきは悪かったって」
「ふん。あなたはそうやって私のような信仰者を小馬鹿にして」
「そんなことないって……」
「ネフラ。この男の傍に居たら、いつ乱暴なことをされるかわかりませんわよ。今のうちに私のもとへいらっしゃい」
「人聞きの悪いこと言うなっ!」
相変わらず俺のことは嫌いなご様子。
だが、こちらも頭を下げる覚悟で来たんだ。
「今週末のコイーズ侯爵の園遊会に招待されていると聞いた。俺も同行させてくれないだろうか?」
小細工無用。単刀直入に話を進めてやる。
「あなたが貴族の園遊会にぃ?」
うわぁ。めちゃくちゃ訝しそうな顔をされた。
たしかに俺がこんなことを言うのは違和感あるだろうな……。
「一体何を企んでいるの。次第によってはこの場で叩き伏せますわよ?」
そう言って、フローラが手刀を前に突き出して身構える。
なんですぐ実力行使に移したがるかなぁ。
「えぇと、その……」
「なんですの」
「……」
「ちょっと」
苦しいな……っ!
俺が貴族の集まる場所に行くのに自然な言い訳ってなんだ!?
チラリとネフラを見やるも、彼女も困った顔をしている。
……そりゃそうだ。
〈ジンカイト〉の冒険者とは言え、平民出の俺が貴族の社交場に参加する理由なんて普通に考えてあるわけがない。
しかし、ここで折れるわけには……!
「つまらない冗談だったのであれば、前歯のひとつでも折っておきましょうか」
フローラが俺との間合いをじりじりと詰め始める。
その時、俺に閃きが起こった。
「貴族令嬢と……お近づきになりたいというやつで……」
「はぁ?」
「貴族の女性を口説きたいんだ、文句あるかっ!!」
「……ごめんなさい。もう一度よろしいかしら?」
「俺もそろそろ結婚を考えている。仮にも〈ジンカイト〉で戦ってきた俺なら、貴族の女性との婚姻も許されるだろう!?」
フローラは口を開いたままぽかんとしている。
「あ、そ、そうね……。あなたも21? 22だったかしら? 結婚しててもおかしくない年齢ですものね……」
フローラが目を泳がせている。
明らかに引いているな。
俺だってこんな心にもないデマカセがよく口から出てきたもんだと、自分自身に引いているよ。
「そういうことを考え始めた矢先、園遊会の話を聞いた。これはいい機会だと思って、お前に頼みに来たんだ」
「わざわざここまでやってくるなんて、たしかに本物の覚悟のようですわね。正直、引きましたけど……」
「どうだ!? ダメか……?」
「まぁ、殿方の成り上がりたいと言う気持ちは私もわかりますし……」
「俺の同行を許してくれるか!?」
「仕方ありませんわね。知らない仲でもありませんし、園遊会に同行するのを許してあげますわ」
やった! うまくいったぞ!!
これでコイーズ侯爵の園遊会に潜り込める!
一歩前に進んだ喜びを分かち合おうと、隣のネフラを見やると――
「……」
――すっげぇ引いてた。