C-005. 毒鼠、手段を選ばない
〈マダム・ハウス〉の応接室にて。
あたしとジェミニは、マダム・シェバと顔を突き合わせて当座の話をしていた。
「〈バロック〉は復興の時代になってから急激に裏社会で勢力を伸ばし始めたんだよ」
「周りが浮足立ってる間に縄張りを拡げようって魂胆か。抜け目ないね」
「皮肉なことに、あたしが斡旋業を再開できたのも〈バロック〉が闇ギルドの敵対勢力を潰してくれたからさ」
「相変わらずマダムは悪運強いねぇ」
マダムは葉巻を吹かせながら話を続ける。
「勢力拡大に加えて〈バロック〉は宝石の収集に躍起になってるようでね」
「なんで地下組織が宝石なんか?」
「さてね。だけど〈バロック〉と接触するなら、わざわざ調べずとも簡単な方法があるってことさ」
マダムの言いたいことをあたしは察することができた。
一方、あたしの隣でジェミニが首をかしげている。
「? どういうこと? 調べないと接触も何もないだろ」
「〈バロック〉は宝石を狙ってるんだ。仮に、あたし達が高価な宝石を持っていれば向こうからそれを奪いに接触してくる。そう言うことだろ、マダム?」
あたしがマダムに向き直ると――
「その通り」
――彼女は予想通りの答えを返してきた。
「で、ちょうど闇ギルドには宝石に関する仕事がある」
「おあつらえだね。どんな仕事?」
「どこぞの貴族が家督争いで凄惨な殺し合いを展開した結果、殺された当主が呪いをかけた家宝の宝石……それの処分さ」
「いわくつきの宝石か。そりゃ表のギルドには依頼を出せないね」
「呪いをかけた元当主ってのが、かなり魔法に精通した御仁らしくてね。家督を奪った新当主の周りで、バッタバッタと人が死にまくったらしい」
こりゃ相当ヤバイ代物だな。
魔法のことは詳しくないけど、術者の死後も魔法効果が持続するってことは、設置魔法の類なのかね。
あれも事後発動の魔法だし、それの凶悪版てとこか。
「で、困り果てた新当主様がやむなく家宝の処分をウチらに依頼したってわけ」
「その依頼、今まで誰も請け負わなかったの?」
「報酬額が相当だからね。何人もいたよ。けど……」
ヴェールの上からでもマダムの顔が曇るのがわかった。
請け負った奴は全員不幸があったってわけね……。
「わかったよマダム。その仕事、あたし達が請け負う」
隣のジェミニを見やると、彼女はこくりと頷いた。
……何も考えていない顔をしてるね。
「処分方法の取り決めはあるの? 解呪とか、破壊とか……」
「宝石をワイバーン山脈の火山火口に投げ捨ててほしいってのが、先方からのご要望だよ」
「火口にぃ!? なんでわざわざそんな面倒な方法を?」
「エル・ロワ西部には、昔からワイバーン山脈にドラゴンが棲むって伝説があってね。活火山の火口を竜の口に見立てて、忌み物を放り込むことで現世の因縁ごと飲み込んでくれるんだと」
「そんな迷信にすがってでも助かりたいってわけか」
「まぁ、この依頼はもう達成する理由もないんだけどね」
「なんで?」
「すでに依頼主は死んじまってるから、報酬も出ないのさ」
「えっ」
すでに依頼主が死んでるとか、マジで忌み物だね……。
依頼主が死ねば支払われる報酬なんてない。
つまり闇ギルドは呪われた宝石をずっと手元に抱えていたわけだ。
「そんなわけで、気持ち悪いから早く処分したいと思ってたのさ」
「……マダムにとっては、まさに渡りに船だろうね」
「あんたはそれを使って〈バロック〉と交渉すればいい。もしかしたら、連中との接触があんたにとっての不幸になるかもね。あははっ!」
マダムがケラケラ笑いながら言った。
人死にが出るほどの呪いがかけられてるってのに、笑い事じゃないよ。
「冗談じゃない。不幸は〈バロック〉に押しつけてやるさ!」
「そうなることを願ってるよ」
マダムとの交渉は成立した。
あたしは呪われた宝石――通称カース・ダイヤを持って、その処分のためにワイバーン山脈の火山へ向かう。
その情報をマダムが裏社会に流す。
カース・ダイヤは見た目だけなら美しいブラックダイヤとのことだから、宝石収集をしている〈バロック〉の目に必ず留まるはず。
「伝え聞くに、〈バロック〉は宝石収集をいくつかのグループにやらせてるらしい。グループによって方針がまったく違って、脅して奪うだけの連中から、所持者を殺してから奪い取るって連中までいるそうだよ」
「命懸けの仕事だろ? 危険は承知の上だよ」
「死ぬんじゃないよ、ジャスファ」
どうやらマダムは本気であたしを心配してくれてるみたいだ。
……なんだか気恥ずかしいね、こういうの。
◇
その後、あたし達は宝石の回収にプリンシファの廃れた教会に訪れていた。
ここの地下納骨堂にカース・ダイヤが隠してあるのだ。
納骨堂はカビの臭いが酷く、あたしの目には全体がぼんやり緑色に映っている。
手元のランタンの火が消えれば真っ暗なので、オイルが無くなる前にさっさとダイヤを見つけ出さないとね。
「狭いし薄暗いなぁ……。それに臭い。虫もいるし、さっさと用を済ませて出ようよジャスファ~」
……それに、ジェミニもうるさいし。
納骨堂の奥で古びた扉を見つけた。
マダムからもらった鍵でその扉を開くと、中には小さな宝箱が置かれていた。
箱を開けてみると――
「あった。これがカース・ダイヤか」
――真っ黒に煌めく漆黒のダイヤがそこにはあった。
あたしはダイヤを手に取って、すぐに袋へと収めた。
ジェミニじゃないけど、目的の物さえ手に入ったならこんな不気味な場所からはさっさとおさらばだ。
「戻るよジェミニ。……ひっつくんじゃないよ」
「だ、だってぇ」
ガキじゃあるまいし、暗い・狭い・昆虫を怖がるんじゃないよ。
あたしは腕にしがみついてくるジェミニを鬱陶しく思いながらも、納骨堂を後にした。
◇
納骨堂を出ると、廃教会の前でマダムが馬を用意して待っていた。
馬には両脇に荷物がくくりつけられている。
頼んでおいた金や食料が入っているのだろう。
「見つけてきたかい」
「ああ」
あたしは袋の中からチラリと黒光りするダイヤを見せた。
「カース・ダイヤは良家の家宝として扱われるほどの価値があるからね。隠し場所には悩まされたよ」
「だろうね。廃教会の……しかも、棄てられた納骨堂にこんな物があるなんて、誰も思わないだろうよ」
「要望通りに活動資金として18000グロウほど、大金貨と小金貨で半々、袋に詰めて馬に持たせてある。それと武器にはこれを使いな」
マダムが鞘に入れられた二振りのナイフを差し出してきた。
あたしはそれらを受け取るや、片方のナイフを鞘から抜いてみた。
「へぇ。宝飾短剣か、いいね」
「ワイバーン山脈のふもとには魔物の生き残りがいるって聞くからね。どうせ武器を新調するなら、宝飾短剣の方が良いだろうと思ってさ」
「良い判断だよ。ありがとマダム」
あたしは宝飾短剣を両脇のベルトにくくった。
腰に感じるこの重みには、やっぱりしっくりくる。
「なんで魔物が残ってると宝飾短剣がいいんだ?」
ジェミニが唐突に口を挟んできた。
冒険者のくせにそんなことも知らないってマジか?
「魔物は宝石に宿るエーテルを嫌って近寄りたがらない。だから宝石を武器にあつらうことで、普通の武器を使うよりも魔物に効果的なんだよ」
「へぇ~。あたい、宝飾武具を持ってる奴はただ儲かってるのを自慢したいだけなんだと思ってた」
こいつ、よく闇の時代を生き残れたな……。
兄貴の苦労が想像できるよ。
「嘘か真か。聖剣を持つ勇者を、魔物の群れが途中で進路を変えてまでやり過ごそうとしたって話もある。より強力なエーテルを内包した宝石は、それだけ魔物にとって脅威らしいね」
マダムが言ったのは、巷でまことしやかに囁かれている勇者の武勇伝ってやつだ。
あたしは勇者とパーティーを組んだことないから、その話が本当かどうかなんて知らないけど……あいつなら十分ありえそうだね。
「でもカース・ダイヤが凄い宝石なら、それを持ってるだけでも魔物除けになるんじゃないのか?」
ジェミニの指摘あたしもハッとした。
確かに、あれだけ美しい見た目のダイヤなら十分に魔物除けになりそうだ。
「そう思うだろう? でも、魔物が避けるどころか近寄ってくるって話だよ」
「んな馬鹿な。魔物を寄せつける宝石なんて聞いたことがない」
「以前、行商を装って高名な魔導士に鑑定を依頼したんだけどね。カース・ダイヤに内包されたエーテルは著しく淀んでいるんだと」
「エーテルが淀むって……どんな魔法をかければそうなるのさ」
「さてね。呪いってのは例えだけど、人間が怨念を込めて描いた魔法陣には、その感情まで宿るのかもね」
あたしは手元のカース・ダイヤを覗き込みながら、鈍い輝きを見入った。
この宝石は見た目だけ美しくて魔物には効果のない珍品ってわけか。
その上、不幸を招くってんだから手離したい気持ちはわかる。
「……もう行くよ。世話になったね、マダム」
「ああ。ジルコの動向はパーズの駅逓館にある連絡掲示板に書いておくよ。以前使ってた符牒、覚えてるね?」
「もちろん」
あたしが馬にまたがると、その後ろにジェミニが飛び乗ってきた。
気味悪いほどニコニコしてるけど、なんなんだ?
「馬に乗るのがそんなに嬉しいのかい?」
「だって、あたい馬に乗るの初めてだから」
……こいつ、本当に冒険者やってたんだよな?
兄貴の兄妹愛の深さが伝わってくるよ。
ジェミニが兄貴を殺されて、ジルコへの憎しみを募らせるのはわかる気がする。
「ジャスファ――」
馬を走らせようとした時、マダムが話しかけてきた。
振り向いた時の彼女はなんとはなしに落ち着かない様子に見えた。
「――聞きたいことがある」
「何?」
「ネフラってのが〈ジンカイト〉にいただろ?」
「ああ、今もいるよ。ジルコにくっついてる」
「……そうか」
マダムの様子がおかしいね。
いつもの彼女じゃないみたいだ。
「どうかしたの?」
「いや。……個人的な頼みがあるんだけど、聞いてくれるかい」
「個人的な頼みって……マダムが?」
「そのネフラって子を傷つけないでやってほしい」
「はぁ? なんでマダムがネフラを気遣うんだよ。知り合いなのか?」
「昔、ちょっと顔を合わせた程度だよ」
「だったらなんでそこまで?」
あたしの率直な疑問を受けてマダムは黙ってしまった。
明らかに様子がおかしい。
こんなマダム、初めてだね……。
「……あれは見た目も良いし、頭も良い。いつか手に入れることがあれば、高値で売れるだろうから傷物にしてほしくないんだよっ」
「奴隷商は辞めたんじゃ……」
「もういいよ。さっさと行きな!」
「よくわかんないけど、マダムの言うことなら聞いてあげるよ。あたしも、あの子を殺すことまでは考えてないし」
あたしは最後にそう伝えると、馬を走らせた。
◇
西に向かって荒野を駆ける中。
ジェミニがあたしの後ろで子供のようにはしゃぐ一方で、あたしの心には不愉快な雑音が混じり込んでいた。
……これは嫉妬?
あたしがネフラに嫉妬してるってのか?
「……ハッ。なんでだよ、馬鹿馬鹿しい」
「ジャスファ! 今、何か言った?」
「何も言ってねぇよっ!」
あたしは馬を急がせた。
マダムは、すぐにあたしがカース・ダイヤを持ってワイバーン山脈へ向かっていることを広めてくれるだろう。
となれば、到着するまでの数日でその情報は〈バロック〉の耳に入るはず。
向こうがどんな手で仕掛けてくるかわからないが、あたしとしてはできるだけ有利な状況で奴らを迎えたい。
「ジェミニ! これから忙しくなるよっ!」
「ああ! 楽しみだっ!」
準備は整えた。
あとは手段を得るだけだ。
もう少しだけ待ってなよ、ジルコ。
あたしのことを忘れて遊んでるようなら、吠え面かかせてやるからね!
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