表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/302

4-034. 黄昏時の旅立ち

「素晴らしい! 素晴らしい試合だった!!」


 二階の歩廊(ほろう)から、歓喜するプラチナム侯爵の声が聞こえてきた。


「まさに手に汗握るとはこのこと。〈音速のゲオルグ〉と呼ばれた男と互角以上に戦うとは、さすがは〈ジンカイト〉の次期ギルドマスターよ!」

「〈音速のゲオルグ〉……? この人が!?」


 俺はその名を聞いて驚きを隠せなかった。

 〈音速のゲオルグ〉とは、冒険者ならば知らぬ者はいないほどの伝説の人物。

 かつて戦神とまで恐れられた剣士(フェンサー)で、東アムアシアにおいて二千匹以上の魔物を駆逐した功績を誇る。

 その伝説の冒険者の名が、確かセバスチャン・ゲオルギオス。


「あなたが!」

「……昔の話です。今は、こうして天井を見上げるほどに年老いてしまった」


 謙遜だな。

 計らずとも俺は伝説の冒険者と戦ったことになるのだが――


「侯爵。この試合って、結局どうなるんです?」


 ――果たして、俺は認められたのか。


「私が求めていたのは勝敗よりも勝負への気概だよ。それについては、きみはしっかり期待に応えてくれた」

「ということは……」

「ドラゴグ入国について手配しよう」


 やったっ!

 セバスとの勝負はうやむやになったけど、俺にとっては勝ちにも等しい結果だ。


「ジルコくん、大丈夫?」


 歩廊(ほろう)にいるネフラが自分の鼻を指さしながら言った。

 ……ああ、俺の顔はまた血まみれになっているのか。


「とりあえず少し休みたい」


 俺がその場にへたり込んだ時、セバスが声をかけてくる。


「申し訳ありません、ジルコ氏。これを解いていただけませんか?」

「あ。はい」


 ワイヤーは彼の足に複雑に絡んでしまっている。

 これはまた、解くのが大変そうだ……。





 ◇





 それから間もなく、侯爵邸のエントランスにて。

 俺は冷えたタオルで鼻を押さえながら侯爵と向かい合っていた。

 隣にはネフラとヘリオの姿もある。


「今すぐ王国軍の駐屯所へ向かいたまえ」

「え?」

「今さっき伝書鳩が来ていたのを確認した。すでに斥候(せっこう)の選抜は終わって、先遣隊がドラゴグへ向かうそうだ」

「今すぐって……俺、ちょっと体がガタガタなんですけど」

「お望みのドラゴグ行きの切符(きっぷ)だぞ? 無駄にする気かね」


 ……マジかよ。

 賊との遭遇からこっち、連戦続きなんだが。

 まぁ、文句は言えないよなぁ。


「わかりました……」

「それと、例の賊は〈ハイエナ〉と呼ばれる盗賊団だったそうだ」

「〈ハイエナ〉?」

「聞いたことはないか。最近、各地で高価な宝石を狙う賊がいるのを」

「それがあいつらだったんですか」

「顔を隠した黒ずくめの六人組。かねてより王国軍が警戒していた連中だ」


 宝石狙いの盗賊団〈ハイエナ〉か。

 でも、何か引っかかる。

 連中の正体に繋がるような何か(・・)を見た気がするけど、思い出せない。


「すでに私の権限できみ達三名を先遣隊に加えるよう伝令してある」

「ありがとうございます。俺達のために尽力いただいて」

贔屓(ひいき)したことは事実だ――」


 公爵が不敵な笑みを浮かべる。


「――新たな時代を築くか、古い時代に埋もれるか。きみの(・・・)〈ジンカイト〉がどんな答えを出すのか興味が湧いた」

「もちろん、前者です」

「期待は半分にしておくがね」


 公爵がパンパン、と手を叩いた。

 すると、どこからともなくメイド達が現れ、俺に近づいてきた。


「袋に小金貨50枚ほど収めております。当面の資金にお使いください」

「こちらはポーションでございます。市販されているものより少量ですが、同程度の回復効果が見込めます。一袋分(12個)ご用意しました」


 感情のこもらないセリフで、メイド達が俺に荷物を押しつけていく。


「ど、どうも」

(くだん)の駐屯所は、侯爵邸(ここ)より東南の海峡門前広場の通りにございます」

「あの……」

「先遣隊の出発時刻は6時。あと30分もありませんので、お急ぎください」

「もしもし?」

「急でしたので馬車の準備はしておりません」

「……」


 俺の言葉には完全に無反応。

 徹底して命令以外のことはしない感じか。


「ジルコさん、動けますか!?」

「ジルコくん。ブリッジの複雑な区画を考えると急がないと間に合わない」


 誰も俺を休ませてくれないのか!


「わかったよ! 行こう!!」


 タオルをメイドに返して、俺は荷物の整理を始めた。

 ポーションの入った袋をリュックに押し込み、金貨袋はヘリオへと投げ渡す。

 ……っと、挨拶もしていかなきゃな。


「侯爵、お世話になりました」

「この私が手を貸したのだ。無駄にしないでくれよ」

「セバスさんも手合わせありがとう」

「礼を言うのはこちらです。昔を思い出して熱くなれました」


 二人に見送られながら、俺達は侯爵邸を後にした。

 庭に出て早々、俺は夕日に顔を照らされて目がくらんでしまった。

 まぶしい――


「んん? 待てよ」


 ――その時、俺は閃いたことがあった。


「……そうか。こういう方法(・・・・・・)もあったか」

「ジルコくん?」

「ネフラ、ヘリオ。悪いんだけど少しだけ駅逓館(えきていかん)に寄らせてくれ」

「時間は大丈夫?」

「どうしても必要なことなんだ。今後のために」


 すでに二度、俺はミスリル銃(ザイングリッツァー)を破られた。

 今後、もしもあいつら(・・・・)に比肩する敵と対峙した時、俺には新しい力が必要だ。

 その力はすでに俺の中でイメージできている。

 あの方法(・・・・)ならば、きっとクロードやクチバシ男にだって通じるはずだ。





 ◇





 駅逓館(えきていかん)に立ち寄り、俺は王都への手紙をしたためた。

 宛て先は〈ジンカイト〉の親方で、用件はふたつ。


 ひとつは、試作品の宝飾銃(ジュエルガン)を至急ドラゴグへと送ってもらうこと。

 〈ハイエナ〉を相手にするのなら、やはりミスリル銃(ザイングリッツァー)に近い性能の銃は必要だ。

 ワイバーン便ならドラゴグにも短期間で届く。


 もうひとつは、新武装についての開発依頼だ。

 さっき閃いたばかりの妙案だが、俺にとって(・・・・・)は理に適っているはず。

 親方ならきっと短期間で形にしてくれるだろう。


 手紙を受付に預けた後、俺達は大急ぎで駐屯所へ向かった。

 現場に到着した時には出発時刻を過ぎてしまっていたが、駐屯所の前では三人の王国兵が俺達を待ち構えていた。


「……ジルコ、ネフラ、ヘリオだな。待ちわびたぞ」


 最初に話しかけてきたのは、三人の中でも年長者らしき男だった。

 腕章をつけているので、たぶん兵士長だと思う。


「ず~いぶん待たせてくれたじゃねぇか」

「遅いです。侯爵様には出発時刻をお伝えしていたはずです」


 続いて、長身の男と小柄な女性が当てこすりな態度で訴えてきた。


「すまなかった。あなた達三人が先遣隊?」

「私はブリッジの兵を統括する兵士長だ。先遣隊のメンバーはこの二人になる」


 兵士長に紹介された二人のうち、男の方が俺を睨みつけながら近づいてきた。


「ジルコ・ブレドウィナー。〈ジンカイト〉のサブマスターで、銃の名手なんだってなぁ」


 長い金色の髪を後頭部で束ねた、軽薄な印象の男。

 ブレストアーマーをまとい、前腕には小振りの盾が。

 籠手や具足などは、斥候(せっこう)という役割ゆえかライトなものを着用している。

 背中には雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)を背負っていることから、銃士(ガンナー)であるとわかる。


「化け物揃いのギルドじゃ地味な活躍しかしてないのに、よくもまぁ次期ギルドマスターに指名されたもんだ」


 ……嫌味たっぷりだな。

 とりあえず俺達が歓迎されていないことは理解した。


「デュプーリク・サントリナだ。先に言っとくが、変な名前とか言うな」

「変な名前だな。俺はジルコ、この子はネフラ、そっちはヘリオだ。よろしく」

「話聞いてんのか、てめぇ……!」


 挑発に挑発で返すのは冒険者同士の自己紹介ではよくあること。

 これで頭に血が上るようじゃ、まだまだだな。


「デューくん。初顔合わせの相手に、そんな皮肉を言うものじゃないよ」


 睨み合う俺とデュプなんとかの間に、女性兵が仲裁に入ってきた。


 少女と言っても差し支えないほどの童顔で、丸みを帯びた顔は可愛らしい。

 見た目はヒトの女性だが、ピンク色の髪から動物の耳が生えている。

 ヒトとセリアン――おそらくはネコ族――のハーフのライカンスロープか。

 装備はデュプーリクと大差ないが、腰回りには何本も宝飾杖(ジュエルワンド)を吊るしていることから、魔導士(ウィザード)であることがうかがえる。


「私はキャッタン・カトレーア。〈ジンカイト〉だからって大きな顔しないでくださいね。せっかく大命を仰せつかったのに、いきなり公権力に踏みにじられて(はらわた)煮えくり返っているんで」

「……はい」


 物腰が穏やかなので理性的かと思ったら、とんだ毒舌家だった。


「つまらん言いがかりをつけるなキャッタン。この三人は侯爵だけでなく教皇からの推薦もあるのだぞ!」

「でも兵士長。もともと決まってた三人を外して、こいつらと入れ替えられたんですよ。俺ぁ、うまく連携取れるか自信ねぇなぁ」

「デュプーリク、貴様も王国兵ならば個人の感情など捨てて、国の貢献に尽くすことだけを考えろ!」

「へいへい」


 デュプーリクもキャッタンも、不満げな態度を隠さない。

 先行き不安になってきたぞ。


「討伐隊の本体は召集中の精鋭が揃うまでは動けない。お前達は現地で〈ハイエナ〉の情報を入手次第、速やかに共有せよ! これは国家の威信を懸けた重大な使命であることを胸に刻み、心してかかれ!!」


 さすが兵士長。

 決める時にはバシッと決めてくれる。


「現地での先導はデュプーリクが務める。急な連携となるが、きみ達も惜しみない協力を頼むぞ」


 最後にそう告げて、兵士長は敬礼の後に(きびす)を返した。

 ……なんだか哀愁を感じさせる背中だな。


 兵士長の姿が広場から消えた途端、デュプーリクが俺の肩を叩いた。


「先遣隊のリーダーは俺だ。俺の言うことには絶対服従だぞ」

「仮にも仲間に対して言葉を選べよな」

「野郎どもはデュプーリクさん、と呼べよ。そこの可愛い子ちゃんは、デューって呼んでくれていいぜ♪」

「あんまり調子に乗ってると、その後ろ髪(ポニー)切り落とすぞ」


 不安だ。不安しかない。

 この二人とドラゴグに渡って、うまくやっていけるのだろうか。

 ……う~ん。無理そう。





 ◇





 俺達は厩舎(きゅうしゃ)であてがわれたジャイアントモアへとまたがり、海峡門の前に待機していた。

 ジャイアントモアは、王国軍が長距離移動用に調教した飛べない鳥だ。

 脚力だけなら軍馬をも凌駕するという。

 軍ではかなり重宝している()のようで、先遣隊には三匹までしか許可されなかったらしい。


 一匹目には、デュプーリクとキャッタン。

 二匹目には、俺とネフラ。

 三匹目には、重武装を考慮してヘリオが一人。

 この編成で騎乗している。


「ちょっと強く抱きつきすぎだ、ネフラ」

「ごめん」


 俺の後ろに騎乗するネフラが、力いっぱい抱きしめてくるので苦しい。

 慣れない動物に不安がっているのだろうか?

 ……らしくないな。


 その時、ふわりと俺の鼻に塩の香りが届いた。

 その香りは俺達の正面にそびえ立つ海峡門から漂ってきたものだ。


「いつ見ても仰々しい扉だな」


 歯車の回転音が(とどろ)く中、巨大な白い扉が左右に開かれていく。


 西方領域(ウエストリージョン)の街を潮風から守るため、都市部と湖上は長大な壁によって仕切られている。

 その壁の一角にある海峡門こそ、エル・ロワとドラゴグを湖上横断橋(ビッグブリッジ)によって繋ぐ境界なのだ。


「見なよ、ネフラ。海峡門が開いていく」

「天使が道を指し示してる。……素敵」


 ネフラの言葉は言い得て妙だ。

 海峡門の扉には、中央の星(宝石?)を四方から指差す天使達の彫刻が施されている。

 閉門時、彫刻(彼ら)は中央を指差しているのだが、あまりにも扉が巨大なために、開門時には開かれた扉の先を指差すように見えるのだ。

 門をくぐる者に対する建築家の粋な演出だな。


「先導する。ついてこいっ!」


 デュプーリクの号令に従い、ジャイアントモアを走らせて門をくぐり抜ける。

 潮の香りが立ち込める中、俺達はグランソルト海に渡された湖上横断橋(ビッグブリッジ)を走りだした。


「凄い……。凄いっ!」


 グランソルト海の壮大な景色を目にしたネフラが、感嘆とした声をあげた。


 橋の外を見渡せば、遥か彼方まで美しい塩湖が広がっている。

 しかも、今は夕暮れだ。

 水平線へと沈みゆく太陽が広大な湖面を赤く照らしだし、世にも美しい絶景を演出してくれている。

 こんな光景を見れば、誰だって気持ちが高まるだろう。


「なぁネフラ。世界は広いだろう!?」

「うん。広い! そして何より……美しい!!」


 国をまたげば、世界が広がる。

 それが冒険。

 そして、俺は冒険者だ。

 いつか思う存分、余すことなく世界を旅したい。

 そのためにも今は解雇任務をやり遂げることだけ考えよう。


 来たるべきいつか(・・・)のためにも、〈ジンカイト〉はどうしても必要な場所だから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回で第四章はいったん区切りとなります。

次回よりジャスファ編を挟んだ後、

第四章をドラゴグ編として再開いたします。


「おもしろい」「続きが気になる」と思った方は、

下にある【☆☆☆☆☆】より評価、

またはブックマークや感想をお願いします。


応援いただけると、執筆活動の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、感想、評価など お待ちしております。



以下より「最強ギルドの解雇録」の設定資料を閲覧できます。

《キャラクター紹介》  《ワールドマップなど各種設定》


【小説家になろう 勝手にランキング】
cont_access.php?citi_cont_id=365597841&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ