4-034. 黄昏時の旅立ち
「素晴らしい! 素晴らしい試合だった!!」
二階の歩廊から、歓喜するプラチナム侯爵の声が聞こえてきた。
「まさに手に汗握るとはこのこと。〈音速のゲオルグ〉と呼ばれた男と互角以上に戦うとは、さすがは〈ジンカイト〉の次期ギルドマスターよ!」
「〈音速のゲオルグ〉……? この人が!?」
俺はその名を聞いて驚きを隠せなかった。
〈音速のゲオルグ〉とは、冒険者ならば知らぬ者はいないほどの伝説の人物。
かつて戦神とまで恐れられた剣士で、東アムアシアにおいて二千匹以上の魔物を駆逐した功績を誇る。
その伝説の冒険者の名が、確かセバスチャン・ゲオルギオス。
「あなたが!」
「……昔の話です。今は、こうして天井を見上げるほどに年老いてしまった」
謙遜だな。
計らずとも俺は伝説の冒険者と戦ったことになるのだが――
「侯爵。この試合って、結局どうなるんです?」
――果たして、俺は認められたのか。
「私が求めていたのは勝敗よりも勝負への気概だよ。それについては、きみはしっかり期待に応えてくれた」
「ということは……」
「ドラゴグ入国について手配しよう」
やったっ!
セバスとの勝負はうやむやになったけど、俺にとっては勝ちにも等しい結果だ。
「ジルコくん、大丈夫?」
歩廊にいるネフラが自分の鼻を指さしながら言った。
……ああ、俺の顔はまた血まみれになっているのか。
「とりあえず少し休みたい」
俺がその場にへたり込んだ時、セバスが声をかけてくる。
「申し訳ありません、ジルコ氏。これを解いていただけませんか?」
「あ。はい」
ワイヤーは彼の足に複雑に絡んでしまっている。
これはまた、解くのが大変そうだ……。
◇
それから間もなく、侯爵邸のエントランスにて。
俺は冷えたタオルで鼻を押さえながら侯爵と向かい合っていた。
隣にはネフラとヘリオの姿もある。
「今すぐ王国軍の駐屯所へ向かいたまえ」
「え?」
「今さっき伝書鳩が来ていたのを確認した。すでに斥候の選抜は終わって、先遣隊がドラゴグへ向かうそうだ」
「今すぐって……俺、ちょっと体がガタガタなんですけど」
「お望みのドラゴグ行きの切符だぞ? 無駄にする気かね」
……マジかよ。
賊との遭遇からこっち、連戦続きなんだが。
まぁ、文句は言えないよなぁ。
「わかりました……」
「それと、例の賊は〈ハイエナ〉と呼ばれる盗賊団だったそうだ」
「〈ハイエナ〉?」
「聞いたことはないか。最近、各地で高価な宝石を狙う賊がいるのを」
「それがあいつらだったんですか」
「顔を隠した黒ずくめの六人組。かねてより王国軍が警戒していた連中だ」
宝石狙いの盗賊団〈ハイエナ〉か。
でも、何か引っかかる。
連中の正体に繋がるような何かを見た気がするけど、思い出せない。
「すでに私の権限できみ達三名を先遣隊に加えるよう伝令してある」
「ありがとうございます。俺達のために尽力いただいて」
「贔屓したことは事実だ――」
公爵が不敵な笑みを浮かべる。
「――新たな時代を築くか、古い時代に埋もれるか。きみの〈ジンカイト〉がどんな答えを出すのか興味が湧いた」
「もちろん、前者です」
「期待は半分にしておくがね」
公爵がパンパン、と手を叩いた。
すると、どこからともなくメイド達が現れ、俺に近づいてきた。
「袋に小金貨50枚ほど収めております。当面の資金にお使いください」
「こちらはポーションでございます。市販されているものより少量ですが、同程度の回復効果が見込めます。一袋分ご用意しました」
感情のこもらないセリフで、メイド達が俺に荷物を押しつけていく。
「ど、どうも」
「件の駐屯所は、侯爵邸より東南の海峡門前広場の通りにございます」
「あの……」
「先遣隊の出発時刻は6時。あと30分もありませんので、お急ぎください」
「もしもし?」
「急でしたので馬車の準備はしておりません」
「……」
俺の言葉には完全に無反応。
徹底して命令以外のことはしない感じか。
「ジルコさん、動けますか!?」
「ジルコくん。ブリッジの複雑な区画を考えると急がないと間に合わない」
誰も俺を休ませてくれないのか!
「わかったよ! 行こう!!」
タオルをメイドに返して、俺は荷物の整理を始めた。
ポーションの入った袋をリュックに押し込み、金貨袋はヘリオへと投げ渡す。
……っと、挨拶もしていかなきゃな。
「侯爵、お世話になりました」
「この私が手を貸したのだ。無駄にしないでくれよ」
「セバスさんも手合わせありがとう」
「礼を言うのはこちらです。昔を思い出して熱くなれました」
二人に見送られながら、俺達は侯爵邸を後にした。
庭に出て早々、俺は夕日に顔を照らされて目がくらんでしまった。
まぶしい――
「んん? 待てよ」
――その時、俺は閃いたことがあった。
「……そうか。こういう方法もあったか」
「ジルコくん?」
「ネフラ、ヘリオ。悪いんだけど少しだけ駅逓館に寄らせてくれ」
「時間は大丈夫?」
「どうしても必要なことなんだ。今後のために」
すでに二度、俺はミスリル銃を破られた。
今後、もしもあいつらに比肩する敵と対峙した時、俺には新しい力が必要だ。
その力はすでに俺の中でイメージできている。
あの方法ならば、きっとクロードやクチバシ男にだって通じるはずだ。
◇
駅逓館に立ち寄り、俺は王都への手紙をしたためた。
宛て先は〈ジンカイト〉の親方で、用件はふたつ。
ひとつは、試作品の宝飾銃を至急ドラゴグへと送ってもらうこと。
〈ハイエナ〉を相手にするのなら、やはりミスリル銃に近い性能の銃は必要だ。
ワイバーン便ならドラゴグにも短期間で届く。
もうひとつは、新武装についての開発依頼だ。
さっき閃いたばかりの妙案だが、俺にとっては理に適っているはず。
親方ならきっと短期間で形にしてくれるだろう。
手紙を受付に預けた後、俺達は大急ぎで駐屯所へ向かった。
現場に到着した時には出発時刻を過ぎてしまっていたが、駐屯所の前では三人の王国兵が俺達を待ち構えていた。
「……ジルコ、ネフラ、ヘリオだな。待ちわびたぞ」
最初に話しかけてきたのは、三人の中でも年長者らしき男だった。
腕章をつけているので、たぶん兵士長だと思う。
「ず~いぶん待たせてくれたじゃねぇか」
「遅いです。侯爵様には出発時刻をお伝えしていたはずです」
続いて、長身の男と小柄な女性が当てこすりな態度で訴えてきた。
「すまなかった。あなた達三人が先遣隊?」
「私はブリッジの兵を統括する兵士長だ。先遣隊のメンバーはこの二人になる」
兵士長に紹介された二人のうち、男の方が俺を睨みつけながら近づいてきた。
「ジルコ・ブレドウィナー。〈ジンカイト〉のサブマスターで、銃の名手なんだってなぁ」
長い金色の髪を後頭部で束ねた、軽薄な印象の男。
ブレストアーマーをまとい、前腕には小振りの盾が。
籠手や具足などは、斥候という役割ゆえかライトなものを着用している。
背中には雷管式ライフル銃を背負っていることから、銃士であるとわかる。
「化け物揃いのギルドじゃ地味な活躍しかしてないのに、よくもまぁ次期ギルドマスターに指名されたもんだ」
……嫌味たっぷりだな。
とりあえず俺達が歓迎されていないことは理解した。
「デュプーリク・サントリナだ。先に言っとくが、変な名前とか言うな」
「変な名前だな。俺はジルコ、この子はネフラ、そっちはヘリオだ。よろしく」
「話聞いてんのか、てめぇ……!」
挑発に挑発で返すのは冒険者同士の自己紹介ではよくあること。
これで頭に血が上るようじゃ、まだまだだな。
「デューくん。初顔合わせの相手に、そんな皮肉を言うものじゃないよ」
睨み合う俺とデュプなんとかの間に、女性兵が仲裁に入ってきた。
少女と言っても差し支えないほどの童顔で、丸みを帯びた顔は可愛らしい。
見た目はヒトの女性だが、ピンク色の髪から動物の耳が生えている。
ヒトとセリアン――おそらくはネコ族――のハーフのライカンスロープか。
装備はデュプーリクと大差ないが、腰回りには何本も宝飾杖を吊るしていることから、魔導士であることがうかがえる。
「私はキャッタン・カトレーア。〈ジンカイト〉だからって大きな顔しないでくださいね。せっかく大命を仰せつかったのに、いきなり公権力に踏みにじられて腸煮えくり返っているんで」
「……はい」
物腰が穏やかなので理性的かと思ったら、とんだ毒舌家だった。
「つまらん言いがかりをつけるなキャッタン。この三人は侯爵だけでなく教皇からの推薦もあるのだぞ!」
「でも兵士長。もともと決まってた三人を外して、こいつらと入れ替えられたんですよ。俺ぁ、うまく連携取れるか自信ねぇなぁ」
「デュプーリク、貴様も王国兵ならば個人の感情など捨てて、国の貢献に尽くすことだけを考えろ!」
「へいへい」
デュプーリクもキャッタンも、不満げな態度を隠さない。
先行き不安になってきたぞ。
「討伐隊の本体は召集中の精鋭が揃うまでは動けない。お前達は現地で〈ハイエナ〉の情報を入手次第、速やかに共有せよ! これは国家の威信を懸けた重大な使命であることを胸に刻み、心してかかれ!!」
さすが兵士長。
決める時にはバシッと決めてくれる。
「現地での先導はデュプーリクが務める。急な連携となるが、きみ達も惜しみない協力を頼むぞ」
最後にそう告げて、兵士長は敬礼の後に踵を返した。
……なんだか哀愁を感じさせる背中だな。
兵士長の姿が広場から消えた途端、デュプーリクが俺の肩を叩いた。
「先遣隊のリーダーは俺だ。俺の言うことには絶対服従だぞ」
「仮にも仲間に対して言葉を選べよな」
「野郎どもはデュプーリクさん、と呼べよ。そこの可愛い子ちゃんは、デューって呼んでくれていいぜ♪」
「あんまり調子に乗ってると、その後ろ髪切り落とすぞ」
不安だ。不安しかない。
この二人とドラゴグに渡って、うまくやっていけるのだろうか。
……う~ん。無理そう。
◇
俺達は厩舎であてがわれたジャイアントモアへとまたがり、海峡門の前に待機していた。
ジャイアントモアは、王国軍が長距離移動用に調教した飛べない鳥だ。
脚力だけなら軍馬をも凌駕するという。
軍ではかなり重宝している足のようで、先遣隊には三匹までしか許可されなかったらしい。
一匹目には、デュプーリクとキャッタン。
二匹目には、俺とネフラ。
三匹目には、重武装を考慮してヘリオが一人。
この編成で騎乗している。
「ちょっと強く抱きつきすぎだ、ネフラ」
「ごめん」
俺の後ろに騎乗するネフラが、力いっぱい抱きしめてくるので苦しい。
慣れない動物に不安がっているのだろうか?
……らしくないな。
その時、ふわりと俺の鼻に塩の香りが届いた。
その香りは俺達の正面にそびえ立つ海峡門から漂ってきたものだ。
「いつ見ても仰々しい扉だな」
歯車の回転音が轟く中、巨大な白い扉が左右に開かれていく。
西方領域の街を潮風から守るため、都市部と湖上は長大な壁によって仕切られている。
その壁の一角にある海峡門こそ、エル・ロワとドラゴグを湖上横断橋によって繋ぐ境界なのだ。
「見なよ、ネフラ。海峡門が開いていく」
「天使が道を指し示してる。……素敵」
ネフラの言葉は言い得て妙だ。
海峡門の扉には、中央の星(宝石?)を四方から指差す天使達の彫刻が施されている。
閉門時、彫刻は中央を指差しているのだが、あまりにも扉が巨大なために、開門時には開かれた扉の先を指差すように見えるのだ。
門をくぐる者に対する建築家の粋な演出だな。
「先導する。ついてこいっ!」
デュプーリクの号令に従い、ジャイアントモアを走らせて門をくぐり抜ける。
潮の香りが立ち込める中、俺達はグランソルト海に渡された湖上横断橋を走りだした。
「凄い……。凄いっ!」
グランソルト海の壮大な景色を目にしたネフラが、感嘆とした声をあげた。
橋の外を見渡せば、遥か彼方まで美しい塩湖が広がっている。
しかも、今は夕暮れだ。
水平線へと沈みゆく太陽が広大な湖面を赤く照らしだし、世にも美しい絶景を演出してくれている。
こんな光景を見れば、誰だって気持ちが高まるだろう。
「なぁネフラ。世界は広いだろう!?」
「うん。広い! そして何より……美しい!!」
国をまたげば、世界が広がる。
それが冒険。
そして、俺は冒険者だ。
いつか思う存分、余すことなく世界を旅したい。
そのためにも今は解雇任務をやり遂げることだけ考えよう。
来たるべきいつかのためにも、〈ジンカイト〉はどうしても必要な場所だから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回で第四章はいったん区切りとなります。
次回よりジャスファ編を挟んだ後、
第四章をドラゴグ編として再開いたします。
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