4-030. 黒ずくめの盗賊団④
「……むう。少々、派手にやり過ぎたか」
瓦礫ばかりの惨状を目にして、カイヤがポツリと漏らした。
竜巻に加えて、地盤隆起。
町ひとつ滅ぼしかねない災害が、同時にこの場で発生したのだ。
少々どころか十分にド派手な状況だと思う。
「一番の心配は、賊が押さえていた競売品だよ。まさか全部潰れていたりは……」
「そ、そんなことを気にして加減する余裕はなかったぞ!」
「数十万どころか、中には数百万グロウの値がついたものもあったしなぁ」
「貴様、この事態を私だけのせいにするつもりかっ!?」
商人ギルドだって、賊の制圧に貢献した人間にそんな請求はしてこないだろう……と思う。
賊の強襲を許したのは連中の手落ちでもあるわけだしな。
「ん?」
チカッと、俺の目に何かが光るのが見えた。
それは頭上高くからの光。
不審に思って見上げると――
「……カイヤ。油断するな」
――競売品の数々が、いまだ宙に浮かんでいるのが見えた。
「クチバシ男はまだ生きている!」
「まさか……。あの渦中にいたんだぞ?」
急いで立ち上がろうとした際、俺は足元の敷石が砕けてつんのめってしまった。
その時、頭の上を風が流れたように感じた。
「ぶはっ」
直後、俺の眼前に血しぶきが舞う。
……カイヤの血だ!
「なん、だと……っ」
カイヤは鎧をパックリと切り裂かれ、吐血しながら倒れた。
見えない刃――風の精霊魔法による斬撃だ。
「クチバシ男とは冴えないあだ名だな」
その声にぞわっと全身の毛が逆立つ。
すぐさまミスリル銃を手に取り、床を転げて円卓の残骸へと隠れた。
「……1分はとうに過ぎたか」
間違いない。クチバシ男の声だ。
円卓の陰から声のした方を注視すると――
「死ぬかと思いましたよ」
「確かに今のは際どかったな」
――土砂や残骸が山積みとなっているステージ側から、クチバシ男と黒槍術士が歩いてくるのが見えた。
二人とも外套がボロボロになった程度で、ほとんど傷がない。
クチバシ男がおもむろに外套を破り捨てる。
その時、俺は奴の首にネックレスが下がっているのを目にした。
ネックレスには、醜く変色して形の崩れた真珠がついている。
男はすぐにネックレスを襟の下に隠してしまったが、あの妙な真珠のネックレス……何か引っかかる。
いやいや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「よく無事でいられたな!?」
「上昇気流を発生させてすべての衝撃を上へと逃がした。風の精霊の働きには感謝だよ」
簡単に言ってくれるぜ。
あのタイミングで風の精霊を思い通りに操るなんて、至難の業だぞ。
こいつ、もしかしたら精霊魔法の練度はクロード以上かもしれない。
真っ向勝負が望めるカイヤも今や虫の息だ。
ネフラやヘリオの無事も確認できない以上、今の俺には奴を倒す決め手に欠ける。
どうする……!?
「あとは俺が戦りましょうか?」
「いや、もういい。時間をかけすぎた――」
クチバシ男は片手を頭上に掲げた。
すると、会場に散らばる残骸の山がガタガタと動き始める。
「――王国兵が突入してくる前に、全員で脱出する」
残骸を除けて宙へ浮き上がったのは、黒ずくめの仲間達だった。
後ろ手に縄で縛られた黒ドレスの女と、黒銃士。
気絶してぐったりしているヨーヨー使いの黒暗殺者に、大剣を振り回していた大男まで。
「逃げる気か!?」
「軍の精鋭部隊とまで戦り合うつもりはない。今回は少し欲張り過ぎた」
ぬけぬけとよく言えたものだ。
この状況で逃げきれると本気で思っているのか?
「ヴィジョンホールはすでに包囲されているはずだ。お前達に逃げ場はない!」
俺は円卓から身を乗り出すと、クチバシ男に銃を向けた。
撃っても周囲の残骸を盾にされるだろうが、何もしないよりはけん制になる。
「……きみがジルコ・ブレドウィナーだったか。道理で手強いわけだ」
「ジルコ!? こいつが〈ジンカイト〉の〈火竜の手綱〉ですか!?」
クチバシ男に俺の正体を勘付かれた。
別にどうということはないが、今後のことを考えるとミスリル銃に目を付けられたのは厄介かもしれない。
そして黒槍術士。
驚くのはいいが、〈火竜の手綱〉で呼ぶのはやめてくれ。
「ブレドウィナーって、〈ジンカイト〉のサブマスターのっ!?」
上からも俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
視線を上げると、ふわりと空中高くに浮いている黒ドレスの女が俺を見下ろしている。
ふわふわ浮いているくせに、ジタバタと空中を蹴るような真似をしているのは、縄を解こうとでもしているのだろうか。
「あの〈冷熱の勇者〉アルマスと何度もパーティーを組んで、あちこちの魔人討伐に出向いたんでしょ!?」
なんて微妙な情報を知っているんだ、この女は。
……あと、足をバタつかせているせいでスカートの中が見えているぞ。
「ねぇジルコ! 勇者様ってどんな人だった!? 口癖とか、趣味とか、特技とか、どんなだった!? 聞かせてよ!」
想定外の質問が飛んできたので俺は面食らってしまった。
この状況で訊くことがそれか?
「黙っていろ!」
クチバシ男が言うと、黒ドレスの女達が空中を滑って一ヵ所へと吸い寄せられた。
そして、ちょうど真下にあった円卓へ向けて叩き落とされる。
「ぐはっ」「ぎゃっ」
円卓は連中の重みをまともに受けて、中央からパカリと割れてしまった。
……クチバシ男の狙いが理解できない。
仲間を集めて円卓に落とすなんて、一体何を考えているんだ?
「ちぇっ。こんな任務でまさか四人もやられるとはな」
愚痴りながら、黒槍術士が仲間達の突っ込んだ円卓へと駆けだした。
その後をクチバシ男が続く。
「動くな!」
俺の警告など意に介さず、奴らは円卓へ向かう足を止めない。
しっかりと照準を定めているにも関わらずだ。
……この期に及んで舐められているのか、俺は。
いざとなれば残骸を盾に光線を防ぐつもりなのだろうが、俺だってただ正面に撃つだけの能無しじゃない。
「お前達の目的と黒幕は、監獄備え付けの医療院ででも聞かせてもらう――」
俺は銃身を空に向かって掲げ、引き金を引いた。
銃口から天に向かって青い光線が伸びる。
そして、引き金を引いたまま、銃身をクチバシ男に向かって振り下ろした。
「――くらえっ、斬り撃ち・墜天!!」
長大な光の剣が空を斬って標的へと振り下ろされる。
お前が天井を吹っ飛ばしてくれたおかげで使える大技だ。
その身にとくと味わえ!
「美しい光だ――」
クチバシ男は、足を止めて空に輝く青い光を見上げた。
まさか逃げも防御もせずに棒立ちとは、どういうつもりだ!?
「――いつか手に入れよう」
青い光線が男の頭上に差しかかった時。
「えっ!?」
突如として光線が狙いから逸れて、あらぬ方向へと床を斬り裂いてしまった。
俺の手元がブレたわけじゃない。
光が相手の頭上で不自然に捻じ曲がったのだ。
「蜃気楼を見たことはあるかな?」
「な、何……!?」
「離れた場所の景色が近くに見えたりする自然現象のことだが、あれは空気の密度差によって生じる光の屈折で起こっている」
クチバシ男の手前の空間がわずかに揺らいでいる。
「理屈は同じだ。光は屈折する――光線も直進するだけではないんだ」
クロードが行ったミスリル銃対策と似ている。
あいつは属性魔法によって水の膜を作り、光線に対処した。
しかし、こいつは空気(?)を操作して光線に干渉する手段を取ったらしい。
自分で事細かに事象を設定できる属性魔法と違って、精霊魔法をこれほど緻密なレベルで使いこなす奴など極めて稀だ。
精霊魔法に限れば、この男はやはりクロード以上の使い手……!?
「その銃はいずれいただく。今日のところはこれで退かせてもらう」
負け、だな。
ミスリル銃を封じられては銃士としては完敗だ。
……だが、俺自身はまだ負けちゃいない。
「いいや。そんな悠長なことは言わせない」
俺は銃身から離した左手をテールコートの内側へと突っ込んだ。
コート裏に仕込んでいたナイフを手に取り、クチバシ男へと投擲する。
「!!」
クチバシ男はとっさにナイフを払おうとしたが、失敗。
ナイフの刃が奴の手のひらを貫いた。
「なん、だとぉ……!?」
一瞬でも防御が遅ければ顔面にぶち当たっていた角度だ。
さすがのクチバシ男もひやりとしたことだろう。
「……? な、なんだ……体が……」
クチバシ男はふらりとよろめき、片膝をついた。
早くも効果てきめん、と言ったところか。
「これは……毒か!?」
「ご名答。知人を真似て、少しばかりズルをさせてもらった」
ナイフの刃にはバジリコックの神経毒が塗ってある。
無臭無色の暗殺にピッタリな代物だが、古くなっていて相手を痺れさせるくらいにしか使えない。
だが、この場においては十分に役立ってくれた。
「〈ジンカイト〉のサブマスターは、引き金引けるだけじゃ務まらなくてね」
「き、貴様……!」
「少しは見直してくれたかい。続きは監獄で話そうか」
銃を構えて足を踏み出すと、クチバシ男が笑い始める。
「ふ、ふふふ。侮っていたよ、ジルコ・ブレドウィナー。とっさの機転、素晴らしい」
「過去の失敗があってこそさ」
「失敗から学ぶ人間は好きだよ。今回は痛み分けということにしよう」
「次回なんてねぇよ!」
俺が駆けだそうとした瞬間、足元から風が吹き上げた。
また竜巻かと思って身を強ばらせたが、俺に何か影響があるわけではなかった。
影響があったのは……相手側だ。
「会場に日が差したのは僥倖だった」
そう言うと、クチバシ男は跳ねるようにして仲間のいる円卓へと飛んで行った。
加えて、会場高くに浮遊していた競売品の数々が、男を追うように円卓へとボトボトと落ちていく。
俺はその光景を見て、あることを思い出す。
……クロードが岩塊を浮かせて、空へと逃げおおせたことを。
まさか奴もそれをやる気か!?
「待――」
円卓へと向き直った時、強風に煽られて転んでしまった。
顔を上げた時には、凄まじい気流が円卓ごと真下の絨毯を宙へと押し上げているところだった。
……やはり、だ。
動けない仲間に、大量の競売品。
それらすべてを円卓――と、絨毯――に乗せて、空中逃走を図る気だ。
「冗談じゃない。逃がしてたまるか!」
起き上がりざま、俺は装填口から砕けたサファイヤを投棄し、新しくルビーをセットした。
ルビーの出力ならサファイヤと同等の威力を発揮できる。
俺は浮かび上がる円卓へと銃口を向けた。
しかし――
「う、撃てないっ!?」
――引き金を引いても何も起きなかった。
装填口から宝石の圧縮音は聞こえてくるのに、光線が射出されない。
内部のカラクリに問題が生じたのかもしれない。
「まさか……壊れちまったのか!?」
クロードの件からこっち、何週間も未整備のままだったツケか。
よりによって、このタイミングで壊れるとは……。
「足の傷、もし痕が残ったらぶっ殺しにいくからな!」
高度を上げていく円卓から、黒ドレスの女がひょこっと顔を出して言った。
「待てぇぇぇっ!!」
俺の叫び声も空しく――
「ごきげんよう。また次の機会に」
――クチバシ男の言葉を最後に、連中は空へと飛び去って行った。
それは、さながら童話に出てくる空飛ぶ絨毯のように。
……まんまと逃げられた。
「くっそぉぉっ!!」
俺は悔しさのあまりに床を叩いた。
感情に任せて、何度も、何度も、何度も……。
「ジルコくん」
血が滲み始めた俺の手を止めたのはネフラだった。
アマクニ衣装はところどころ痛んでいたが、彼女自身は無傷のようだ。
「とりあえずは、みんな無事だったことを喜ぼう?」
ネフラの屈託のない笑みに、俺はホッと気が安らいだ。
……可愛い。天使だ。
「ごめんネフラ。もう心配ない」
「でもミスリル銃が……」
ミスリル銃を撃ち損じるところを見られていたのか。
余計な心配をかけてしまったみたいだ。
「王都に戻れば親方が修理してくれるさ。それよりも、目下の問題は――」
ちょうどその時、会場に王国兵が大挙して押し入ってきた。
「――賊の始末をどうつけるか、だ」
おそらくこの騒ぎはブリッジだけに留まらない。
きっと王国軍を巻き込んだ大捕り物に発展するだろう。
……俺には、そんな予感がしていた。
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