4-029. 黒ずくめの盗賊団③
クチバシ男の後を追って黒槍術士がステージから降りてきた。
「リーダー! 戦るなら俺が――」
「すぐに終わらせる」
そう言われて黒槍術士が足を止めた。
本気で一人で戦るつもりか……?
「ジルコさん、気をつけてください。賊の言うことなど信用できません」
「わかっている」
ヘリオの忠告はもっともだ。
賊の言うことなど露ほども信用できない。
俺がクチバシ男の相手を始めた途端、ステージ前にいる黒槍術士が襲ってくるかもしれないのだ。
「それに彼は精霊奏者です」
「それもわかっているよ。一瞬だって油断できる相手じゃない」
「はい。僕もトラウマを思い出しそうです」
ヘリオが剣と盾を構えながら俺の隣に立った。
……あれ?
俺は一対一であいつと戦うつもりだったんだけど。
「二人でいいのか? 後ろに転がってる男の回復を待ってもいいが」
「「必要ない!」」
クチバシ男の挑発的な言い回しに、思いがけずヘリオとかぶってしまった。
後ろからは床を叩く音が聞こえる。
……まぁカイヤは黙って見ていろよ。
「そうか。こちらとしても都合がいい。二人なら……1分というところだ」
「1分!? ずいぶんな過小評価だこと」
俺とヘリオを軽く見ていることが言葉の節々からうかがえる。
敵陣の真っ只中、かつ二対一の状況だというのに強気だな。
「ザナイト教授! 教皇様を連れてここを離れてくれ」
「その方がよさそうだね」
空になったグラスを傾いた円卓へと置くザナイト教授。
グラスは斜めになった天板の上を滑って床に落ち、割れてしまった。
「無事にまた顔を見せておくれよ」
割れたグラスを見ながら言うなよな……。
ザナイト教授は床に寝かされていた教皇に肩を貸して、会場の出口へと向かった。
その間、クチバシ男は何もせず押し黙っているだけだった。
「意外だな」
「意外とは?」
「てっきり教皇様の拉致でも企んでいるのかと思っていた」
俺の指摘をクチバシ男が鼻で笑う。
「教皇などいらない。捕えてもせいぜい身代金程度の利用価値しかないからな」
「身代金!? 不敬者め、教皇聖下を何と心得る!!」
「掃いて捨てるほどいる一介の人間、だろう?」
「貴様……っ!」
ヘリオが顔を真っ赤にして怒り始めた。
熱心なジエル教徒には不愉快極まりない発言だったのだろう。
「ヘリオ。防御は頼んだ」
「任せてください!」
ヘリオが前面で防御に徹し、俺が後ろで狙撃の機会を狙う。
付け焼き刃の陣形だが、まずは形を作らなければ攻めも守りもできない。
とはいえ、二人いる優位性は大きいぞ。
「まずはお手並み拝見」
クチバシ男が俺達を指さす。
その直後、ヘリオの構えた白銀の盾に衝突音が起こった。
風の精霊魔法特有の術――見えない刃だ。
「ぐっ!」
それも一撃では済まない。
二度、三度と、連続して見えない刃がヘリオの盾を斬りつける。
かなり強烈な斬撃なのだろう、踏ん張るばかりでヘリオが前に出られない。
「こちらが立っているだけで、そちらは疲弊していく。きみ達は何もできずに力尽きることを予言しよう」
「馬鹿にしてっ!」
絶え間なく襲い来る斬撃を受けながらも、ヘリオは半歩ずつ前進を始めた。
ここに来て、神聖騎士団の意地を見せてくれている。
俺もぼやぼやしていられない。
ヘリオの横から、クチバシ男へと狙いを定める。
すると――
「!?」
――突然、絨毯が床から剥かれて、カーテンのように射線上を覆い隠してしまった。
さらに、その前後には円卓の残骸までもが浮かび上がってくる。
「なんだこりゃ!?」
「精霊奏者は盾を持つ必要すらないんだよ」
クチバシ男を中心に周囲の物が次々と浮遊し始めた。
浮遊物のせいで射線は塞がれ、クチバシ男に照準を合わせられない。
「いかに強力な武器でも、当たらなければどうということはない」
クチバシ男の言うことも一理ある。
直線的な攻撃しかできない銃には、障害物が多いほど不利になる。
しかし、それは普通の弾丸を使った場合だ。
俺は装填口から屑石を取り出し、代わりにサファイヤを押し込んだ。
二級品のサファイヤだが、これなら屑石など比較にならないほどの出力を期待できる。
セットする宝石の輝きが強いほど威力が増すのがミスリル銃の強みだ。
「みくびるなよ!!」
俺は浮遊物などお構いなしに、クチバシ男へと青い光線を撃ち放った。
光線は空中に散乱する障害物を一気に貫き、男の肩をかすめた。
「なにっ」
驚いた声を上げて、クチバシ男は後方へと飛び退いた。
瞬間、奴の意識が俺達から逸れる。
それは戦場において決定的な隙。
その隙をヘリオが逃すはずもなく、盾を突き出してクチバシ男へと突進していく。
「うおおおおっ!!」
宙に浮かんでいた残りの障害物も押し退けられ、射線が開いた。
今なら奴の悪趣味なマスクを撃ち抜ける。
だが、射殺はできないので、狙いは足に絞らざるを得ない。
改めてクチバシ男に向かって引き金を引こうとすると――
「……おおぉぉえええぇぇっ!?」
――ヘリオが奇声を上げながら宙に舞った。
突然の出来事に俺も驚いたが、すぐに原因はわかった。
クチバシ男の周囲に巻き起こった空気の渦によって、ヘリオの体が空中へと巻き上げられたのだ。
「竜巻を見たことはあるかな?」
クチバシ男がヘリオを見上げながら言った。
余裕のつもりか?
俺から目を離すとは撃ってくれと言っているようなものだ。
……しかし、相手に銃を向けようにも銃身が嫌にブレてしまう。
「なんだ……?」
気づけば、旋風の余波が俺にまで及んできていた。
銃身がブレるのは、その旋風に撫でられていたからだ。
一方、ヘリオを巻き上げている空気の渦は勢いを増し、その規模を見る見るうちに拡げている。
まさに小さな竜巻が俺の目の前で発生していた。
「うわっ」
目前で巻き起こる渦にいよいよ体が引っ張られる。
一瞬でも足の踏ん張りを緩めたら、俺まで巻き上げられてしまいそうだ。
「子供の頃、竜巻に何軒もの家屋が巻き上げられる光景を見た。当時はその凄まじさに自然の偉大さを感じたものだが――」
言いながら、クチバシ男は両の手のひらを叩いた。
「――今やその自然も、我が力の一部となった」
それが合図となり、一気に竜巻の勢いが増した。
……ヤバい。
とても銃を構えていられる状態じゃない。
それどころか踏ん張っている足すら引きずられて、まともに立つことすらもしんどくなってきた。
「あぁあ――ジルコさ――おおっ――」
悲惨なのはヘリオだ。
彼は竜巻に飲まれたまま、今も空中をぐるぐると振り回され続けている。
その恐怖と苦痛は想像するに余りある。
このままだと、ヘリオは近いうちに天井へと叩きつけられてしまう。
いくら頑強な鎧で身を守っていようとも、中身は無事に済まないだろう。
なんとかしてやりたいが――
「ぐぐっ。動け、ない……!」
――ごめん。やっぱりダメだ。
ヘリオは俺に助けを求めている様子だが、こっちだって気を抜けばお前の二の舞になっちまう。
本来あり得ない密室での竜巻が、これほどの脅威とは……。
まさに攻防一体となった精霊魔法だ。
「立っているだけとはいかなかったが、これなら想定通り1分で済みそうだ」
「まだ言うか……っ」
余裕ぶったクチバシ男の言葉が癪に障る。
風の精霊と契約する精霊奏者は、どうしてこう嫌みったらしい奴ばかりなのか。
「ネフラッ!」
俺はネフラの名前を叫んだ。
彼女を戦いに引っ張り出すのは心苦しいが、四の五の言ってはいられない。
いくら強力な精霊魔法でも、ネフラの事象抑留なら否応なく封じ込められる。
「ジルコくんっ」
すぐにネフラは俺の呼びかけに応えてくれた。
彼女の声に振り向くと……俺は、自分の浅はかな考えに怒りを覚えた。
すでに渦の影響は会場全体にまで及んでいたのだ。
離れた出口にすら強風が吹き荒れており、貴族達が壁にもたれかかりながら身を守っている。
俺に位置関係が近いネフラに至っては、竜巻に吸い寄せられないように懸命に円卓へとしがみついている始末だ。
その円卓も吸い込む力が増してズルズルと引きずられている。
「なんとかしないと……!」
そうこうしているうちに俺の足もいよいよ浮き上がり始めた。
初めて味わうが、この無重力的な感覚は気持ちが悪い。
このまま渦に巻き上げられようものなら、その時点で一巻の終わりだ。
現状を覆す方法は何かないのか!?
そう思った矢先――
「情けない奴らめ!!」
――がなり立てる声と共に、会場に激震が走った。
「こ、今度はなんだっ!?」
なんと敷石がせり上がり、その下から土砂が這い出してきた。
這い出た土砂は、竜巻の真下から小さな山のようになって膨れ上がり、吹き荒ぶ竜巻を横に倒した。
その後はもう、局地的な災害だった。
ステージ側へと倒れた竜巻は渦が四散し、気流が床から壁へと流れた。
その圧力によって、天井は瓶の蓋を開けるようにして吹っ飛んでしまった。
その一方で、ステージはもはや原型を留めていない。
足場はひしゃげてめくり上がり、平台と共にバラバラに解体されて天井に空いた穴から空へと吐き出されて消えた。
……後に残ったのは、異様なまでの静けさだった。
「す、凄いな……」
尻もちをつきながら俺は空を見上げていた。
頭上高くに見える青空は、命懸けの戦いが起こっていたことを忘れてしまうほどに晴れ晴れとしている。
視線を落として周囲を見回すと、まさに竜巻の去った直後といった風情だ。
豪勢な競売会場が今はもう見る影もない。
この有り様では、クチバシ男もその傍にいた黒槍術士も無事には済むまい。
「ははははは! 思い知ったかっ!!」
高笑いに振り返ると、瓦礫の上をカイヤが歩いてきた。
足の負傷はすでに治癒したようで、勝ち誇った顔で俺を見下ろしている。
「相手が風の精霊ならば、こちらは土の精霊をぶつけてやれば済む話よ!!」
すっかり忘れていたが、この男も精霊奏者だったな。
契約しているのは土の精霊で、先ほど土砂を操ってみせたのも土の精霊魔法によるものだろう。
「どうだ。甘く見ていた相手に助けられる気分は?」
「まさかお前に助けられるなんて、思わなかったよ」
「ふん。例え〈ジンカイト〉であろうとも、神聖騎士団を下に見ることは許さん!」
「別に、下に見てなんかいないよ……」
予期しなかった意外な伏兵。
カイヤのおかげで今回は救われた。
「さっさと立て、ブレドウィナー! 賊の死体を探すぞ」
「その前にヘリオだろ?」
「仮にも神聖騎士団の副団長だぞ。この程度で死ぬ軟弱な男ではない」
「だといいけどな……」
さすがは神聖騎士団の同志。
こんな状況でも仲間を信じるこの気持ち、俺も見習わないといけないな。
……いやはや。
解雇する側の俺がそんなことを思うなんて、世の中矛盾だらけだ。