4-028. 黒ずくめの盗賊団②
「厄介だな……」
ワイヤーに絡まったヨーヨーの紐を解きながら、俺は独り言ちていた。
競売会場に突如現れた黒ずくめの賊。
すでに三人倒したとはいえ、決して侮れる相手じゃない。
たった今倒したヨーヨー使いの暗殺者はかなりの手練れだった。
まだ敵は残っているのに顔面血だらけで左腕骨折とは、次期ギルドマスターの身としてはずいぶんな体たらくと言える。
競売会場も酷い有り様だ。
床や壁を伝う火の手が早く、いよいよ取り返しのつかない状況になりつつある。
しかし、皮肉にも今はそれがチャンスだ。
「まさか煙が目くらましになってくれるとはね」
床の絨毯が盛大に燃えてくれたことで、ステージ側は煙が掛かっている。
おかげで、大男はこちらの状況をまったく把握していない。
今なら無防備の敵を叩ける。
片手撃ちだと狙いを定めにくいが仕方ない。
俺は円卓の残骸を銃架代わりにして、引き金を引いた。
銃口から射出された橙黄色の光線が、煙を払い除けて標的の左足を貫通――
「よし!」
――したのだが、倒すには至らなかった。
グラリとよろめいたものの、大男はその場で踏み堪えたのだ。
「イ、イタイィィ!」
大男が叫びながら俺へと向き直る。
俺は目が合うと同時に、その顔を見てギョッとした。
奴は他の連中と同様に黒ずくめだったが、顔は仮面で隠してはいない。
その顔は左右対称ではなく、左側が著しく歪んでいた。
左目は右目よりも低い位置にあり、噛みしめた歯はところどころ欠けている。
しかも、左腕の無い隻腕だった。
「ニンム、ジャマ、コロセ」
大男はたどたどしい口調で言うと、掴み上げていた教皇様を地面に叩きつけた。
「なんてことするんだっ!!」
俺の怒鳴り声に一瞬だけ大男が怯んだように見えた。
なぜ……? と思ったが――
「ア”ア”ァァァァーーッッ!!」
――突如、大男は威嚇するように奇声をあげた。
さらに背中に背負っていた大剣を引き抜き、俺に向かって突進してくる。
「ジャマモノ、コロセッ!」
大男は右手一本で軽々と大剣を振りかぶった。
「おいおい、棒切れじゃねぇんだぞっ!?」
「コロセッ!!」
高速で振り下ろされる一撃。
かろうじて横に飛び退いて躱したものの、その威力は凄まじい。
床を斬りつけた大剣が、敷石を砕き割って深々と突き刺さるほどの破壊力……。
大学で戦った猿に勝るとも劣らない腕力だ。
「くっ!」
俺はすぐに大男と距離を取って煙の中へと身を潜めた。
この怪力に加えて、片足を撃ち抜いたにも関わらず駆け出してくるタフネス――こんな輩と真っ向勝負は危険すぎる。
「アアッ!? イ……ナイ」
煙に乗じたことで大男の視界から完全に隠れおおせた。
そして、すぐに相手の背後へと回り込んでミスリル銃を構える。
「しばらくお寝んねしていてくれ!」
両足へと、それぞれ数発ずつ光線をお見舞いする。
どんなタフネスであろうと、これだけ足を撃ち抜かれれば立つことすらままならないはずだ。
「グア”ア”ア”ッッ」
……と思ったのに、倒れない。
予想を超える大男のタフさに俺は困惑した。
両足の太ももを撃ち抜いて、骨も焼き切れているはずなのに、どうして立っていられるんだ!?
「イ、イダイイ”イ”ーーッッ!!」
大男は激痛に苛まれながらも、俺を睨みつけて大剣を振りかぶった。
「ガア”ア”ッ!!」
二撃目の素振りが再び床を割り、周囲の煙を払った。
……まずい。
これで大男の死角に逃れる手段を失った。
「ア”ア”ァァッ!」
奴が床に突き刺さった大剣を引き抜こうと、腕に力を込める。
ぼこぼこっと山のような力こぶが現れて大剣を持ち上げる一方、俺への注意は明らかに散漫した。
その隙をついて、力む腕へと光線を撃ち込んではみたものの――
「アッ、アイダァァッッ!!」
――痛みに怯んだだけで、大男は力を緩めることはなかった。
奴は腕に血管を浮き立たせながら三度大剣を持ち上げてしまう。
奇跡の加護を受けているわけでもない人間がこのタフネスとは、もはや異常だ。
「尋常ならざる腕力に体力……お前、魔薬をやっているのか!?」
「ジャマモノ、コロォォセェェッッ!!」
三撃目は上から下への斬撃ではなく横薙ぎのスウィングだった。
背後に跳んで直撃を躱したはいいが、まるで巨大なうちわに煽がれたかのように強烈な風がぶつかってくる。
「うわああっ!」
突風を受けて、周囲の円卓もろとも俺の体は宙に浮いた。
俺は火のついた円卓へと突っ込み、さらに宙を舞っていた円卓が落ちてくる。
幸い、落下する円卓に押し潰されることは避けられたが――
「うおわっ」
――続けざま、奴の大剣が円卓をぶった斬った。
間一髪。あと一秒でも這い出るのが遅ければ、円卓もろとも体が二等分されていたところだ。
「ウウ……マタ、ニゲラレタ」
割れた円卓から逃げおおせた俺を追って、大男が迫ってくる。
「くそっ。殺すしか……ないのか!?」
額か心臓をブチ抜けばさすがにこの大男でも死ぬだろう。
しかし、それにはどうしても抵抗がある。
考えが定まらないまま銃を構えた時、何者かが大男へと体当たりした。
真横からの不意打ちを受け、さしもの大男もバランスを崩して倒れ込む。
不意打ちを食らわせたのは――
「ヘリオ!?」
――さっきまで床に突っ伏していたヘリオだった。
いつの間に意識を取り戻したのか、盾を突き出して大男へと突撃したのだ。
「ジルコさん、僕が押さえ込んでいる間に!」
「わ、わかった!」
ヘリオは、倒れた大男に盾を押しつけて動きを封じてくれている。
奴を殺さずに行動不能にするには今しかない。
「うっ!?」
……なんてこった。
吹き飛ばされた衝撃で右肩を打ったのか、右手が痺れてしまっている。
この状態では、狙いを定めるのが困難だ……!
「くそっ! これじゃあ……」
震える銃口で狙いを定めようと試みていると、突然、誰かに左腕を掴まれた。
左腕に走る激痛。
それ以上に、負傷した腕を掴まれたことに背筋が凍った。
……誰だ!?
「貴様の左腕、折れているのだろう!?」
俺の腕を掴んだのはカイヤだった。
「カイヤ! 生きていたのか」
「勝手に殺すなっ」
強気な口を叩いているが、カイヤは床を這いずって俺のもとにやってきていた。
見れば、彼の両足は膝から下が血まみれで、嫌な方向へと曲がっている。
「お前、その足!」
「聞け! 私の足より、貴様の腕を治した方が早い」
カイヤが掴んでいる俺の腕へとエーテル光が伝わってくる。
これは癒しの奇跡だ。
少しずつ左腕の痛みが引いていく。
「傷を治してやるから、さっさとあの化け物を撃ち殺せ!」
「仮にも教皇庁の人間が易々と使う言葉じゃないな」
「黙れっ。こんな状況でなくば貴様など!」
「ああ。後は任せろ」
癒しの奇跡の光が止むと、俺の左腕は問題なく動くようになった。
即座に左手でミスリル銃の銃身を支え――
「グア”ア”ァァッッ!!」
――起き上がりざまにヘリオを突き飛ばした大男へと、引き金をひいた。
「ウグッ!」
光線は瞬時に大男の胸を貫いた。
狙いは肺だ。
「ウッ……グッ……アァッ」
大男は息苦しそうに両膝をつき、大剣を取り落とした。
並外れた頑強さを誇っていても肺に穴が空けば呼吸もままならないだろう。
さらにダメ押しと言わんばかりに、ヘリオが盾で後頭部を思いきりぶん殴る。
これには大男も白目を剥いて、床へと倒れた。
「ハァッ、ハァッ……。なんとか倒せましたか」
ヘリオが渋い顔をしながら、その場に膝をついた。
どうやら見た目よりもずっと重いダメージを負っているらしい。
「教皇聖下は無事か!?」
「そ、そうだっ」
カイヤの一声でハッとしたヘリオがすぐに教皇様のもとへと駆け寄る。
ヘリオが教皇様を抱き起こすと、その顔がホッと緩んだのが見えた。
どうやら大事ない様子だ。
「やぁジルコくん。終わったかい?」
……視界の外から、呑気な声が聞こえてくる。
声の主に向き直れば、脚が折れて傾いている円卓に座っている女性が見えた。
ザナイト教授だ。
「いやぁ~。特等席での死闘見物。友との連携による勝利。実に感激したね!」
言いながら、グラスに注がれたワインを味わっている。
……何なのこの人。
「ザナイト教授。まだ賊は残っているかもしれないので、すぐに退避してください!」
「そう急かしなさんな。かの最強ギルド〈ジンカイト〉の活躍を、こんな間近で見られる機会なんてそうそうないじゃないか」
「そんな悠長なこと言っている場合じゃないでしょ!」
その時、煙が充満しているステージ上から突風が吹き荒れた。
舞台袖や緞帳を焼いていた火は瞬く間に掻き消え、武装した男達が何人も会場側へと吹っ飛ばされてくる。
「なんだ!?」
俺やヘリオ、ザナイト教授の視線が一斉にステージへと向けられる。
ステージ上を風が巻く中、舞台袖から出てきたのは――
「騒がしいと思ったら、なんだこれは!?」
「……想定外の戦力がいたようだな」
――槍を持った黒ずくめの男と、奇妙なマスクをかぶった人物だった。
「きみの言う通りまだ敵は残っていたようだね」
新手の二人組を見て他人事のように言うザナイト教授。
その声を聞いてか、ステージ上からマスクの人物が俺達へと視線を下ろした。
「興味深い状況だ。貴族どもが出口に殺到している中、ステージの傍で呑気に酒をあおるゲストに、我々に抵抗する連中とは」
マスクの人物はややくぐもった声で言った。
声からして男だと思うが、その姿はあまりにも異様だ。
その人物は、黒い宮廷衣装に黒い外套という風貌こそ他と変わらないが、異彩を放つマスクで顔を隠していた。
マスクには目を覗かせる丸い二つ穴が空いており、クチバシの形状をした円錐状の筒が口元から伸びている。
今日日、炭鉱で働く鉱夫だってもっとまともなマスクをつけるぞ。
傍らに立つ黒槍術士――便宜上、今はこう呼ぶ――が他の賊と変わらない恰好をしている分、よけい奇異に見える。
「ちっ。他の四人はみんなやられちまってますね」
「合図からたった数分でこの様か」
「どうします? 何なら俺が全員始末――」
「待て。そう簡単な相手じゃなさそうだ」
はやる黒槍術士をクチバシ男が諫める。
二人の話しぶりから察するに、賊のリーダーはこのクチバシ男らしい。
「用は済んだ。わざわざ相手をして長居する理由もない」
クチバシ男が言うと、舞台袖からキラキラした物が大量に浮遊してきた。
冠に、剣に、宝石に、額縁……?
どうやらそれらはオークションに出品された競売品のようだ。
賊の正体は競売品目当ての盗賊団か。
それにこの男、風の精霊の精霊奏者に違いない。
「動くな!」
銃口を向けるや、男の操る競売品群が空中でピタリと静止した。
「動けば撃つ!」
「珍しい形状の銃を持っているな」
クチバシ男が俺の銃に興味を示した直後。
浮遊していた競売品のひとつが急に俺へと向かって飛んできた。
とっさに引き金を引いてしまい、その品は粉々に砕け散ってしまった。
「ばっ! なんてことを、何十万グロウもする品だぞ!?」
「そ、そんなこと言ったって仕方ないだろっ!」
横からカイヤの声が聞こえて、俺は引き金を引いたことを後悔した。
もしかして今壊した競売品は俺が弁償することになるのか!?
「なるほど、珍妙だ。光を撃ち出すカラクリとは」
こいつ、もしかしてそれを確かめるために競売品を捨てたのか?
信じられないことをする奴だ!!
怒鳴りたいところだが、ここはいったん頭を冷やそう……。
「……その通り。一瞬でお前の悪趣味なマスクをブチ抜ける代物だ」
「非常に興味深い。ぜひそれも欲しいな」
「こいつは盗人にくれてやれるほど安くない!」
言ったそばから手元の銃が見えない力に引っ張られるような感覚を覚えた。
……これはもしや、風の精霊のイタズラか!?
それを察した俺は、闇雲に引き金を引いてステージ上を光線で撃ちまくった。
すると、銃に感じていた違和感は次第に消えていった。
「勘がいい」
「そういうズルはやめてほしいな!」
「失礼した。非効率なのは嫌いでね」
「なら、次はどうする!?」
「力づくでいただこう」
クチバシ男が外套をはためかせてステージから飛び降りた。
今度は盗賊団のリーダーが相手か。
得体は知れないが、精霊奏者の相手なら初めてじゃない。
ブチのめして素顔を拝んでやろうじゃないか!




