4-027. 黒ずくめの盗賊団①
黒ずくめの魔導士と銃士に向き合う俺。
……と、その後ろに隠れているネフラ。
会場には貴族達の怒号や悲鳴が飛び交い、火のついた床からは煙が広がり始めている。
時間が経てば経つほど、事態が悪化する状況だ。
早急になんとかしないとマズイ。
「てめぇ、ただのザコじゃねぇな? 何者だ」
黒銃士が警戒した様子で話しかけてくる。
なんとかしたいが、今は睨み合いを続けるしかない。
現状を打開する糸口を探すため、俺はあえて相手に話しかけることにした。
「変わった銃を持っているな」
「……気になるかい? 連射可能な銃なんて、銃士には魅力的だろ?」
物理的な銃弾で連射可能とは、すごい構造の銃だ。
ドラゴグの新しい技術だろうか。
……って、感心している場合じゃないな。
「つっても、てめぇはここでくたばるけどな!」
黒銃士は右手の銃に加えて、さらに左手の銃を俺へと向けた。
こいつ、両手で銃を扱えるのか……。
「こいつを殺るのは、あたしだっつっただろ!」
いきなり黒ドレスの女が叫んだ。
彼女が手前に描いた魔法陣は、赤く光り輝いている。
「見てな、一撃で火だるまさ!」
いけない、魔法を発動される。
……こうなったらっ!
「借りるぞ!」
「えっ!?」
背中に寄り添っていたネフラの腕から笠帽子をひったくり、輪投げの要領で投擲した。
笠帽子は思いのほか狙い通りに10mの距離を飛んで行き――
「一体、何の真似――」
――黒ドレスの女が完成させた魔法陣へと直撃した。
「――ぎゃっ!」
魔法陣と接触した笠帽子は、エーテル光に焼かれて激しい光を放つ。
目くらましには十分だ。
俺はすぐさまネフラを抱きかかえて、最寄りの円卓の陰へと隠れた。
「てめぇっ!」
直後、黒銃士の銃撃が円卓にヒットした。
二丁同時による連射の威力は大したもので、ものの数秒で円卓の天板が半分ほど弾け飛び、脚が折れて傾いた。
「雷管式ライフル銃より、よっぽど性能が高いな!」
銃撃は、14発の銃声が響き終わったところで止んだ。
盾代わりに使った円卓はボロボロで、大きな穴が空いて向こう側が見えるほど。
……これで打ち止めか?
「ギリギリ、円卓がもったか……」
今の連射で14発。
さっきの2発を加えれば、計16発。
撃ち終わった後、空撃ちの音が聞こえてきたことから推測するに、一丁につき8発まで弾を込めておくことができるようだ。
銃身の長さは雷管式ライフル銃の半分程度で、グリップのすぐ上に円筒のような部品がはめ込まれている。
撃鉄を起こした時に円筒が回転するのが見えたが、どうやらあそこが薬莢を収めている機構らしい。
「ちっ! おいキャス、さっさと次の円を描け!!」
「名前で呼ぶな、馬鹿!」
……大層な銃を持っている割に、お間抜けさんか。
キャスと呼ばれた黒ドレスの女が、再び魔法陣を描き始める。
それと同時に、黒銃士は片方の銃を腰のホルスターへと戻し、右手に残した銃に新しい弾を詰め始めた。
……それにしても。
「なんて隙だらけな奴らだ」
俺は呆れながらも、円卓に空いた穴から銃口を突き出して引き金を引いた。
狙いは黒ドレスの女の魔法陣だ。
「ぎえぇっ!」
光線は描き途中の魔法陣と衝突し、照明弾のような閃光を放った。
その強烈な光を受けて、黒ドレスの女はもちろん、隣の黒銃士も目がくらんで手元の銃弾を床へとばら撒いた。
「熱っ! 顔、火傷したぁーー!!」
「くそ! 目が……っ」
両手で顔を押さえる女に、足元に落ちた銃弾を拾おうと膝を折る男。
どちらも戦場でする行為じゃない。
こいつら、ただ者じゃないとは思ったけど……素人なのか?
「はい、はい、っと」
ひとつ、ふたつ、とミスリル銃の引き金を引く。
続けざまに橙黄色の光線が二人の片足を貫いた。
「ぐあっ」「ぎゃっ」
手玉だな。
思ったほど厄介な相手じゃなかった。
「ネフラ、この二人を縛っておいてくれ! 必要なら本で頭をぶん殴れ!!」
「了解」
二人の拘束をネフラに任せ、俺はステージ側の問題へと意識を移した。
見れば、煙の向こうには身長200cmはあろう大男が、片手で教皇様の首を鷲掴みにしている。
なんて無礼な奴だ!
「まずいじゃないかっ」
俺はすぐに床を蹴り、教皇様のもとへと駆け出した。
「気をつけて」
すれ違いざま、ネフラから激励を受けた。
これほど士気高揚に繋がる声と言葉はない。
「任せろ!」
そう返答した後、俺は立ち込める煙を突っ切った。
だが、その時――
「どこ行くんでぇ?」
――煙の中で、俺にささやく何者かの声が聞こえた。
と同時に、背中が熱くなった。
「ぐあっ!?」
とっさに床を転げて煙から距離を取る。
背中をつけた床を見下ろすと、べっとりと俺の血が染みついていた。
今の一瞬で、背中を切られたのだ。
煙へと視線を戻すと、小柄な男が姿を現した。
「お、お前……っ」
「けっけっけ。バカップル黙らせたのはいいが、油断大敵だぜ旦那ぁ」
その男の背丈は低く、黒ドレスの女と同じくらいだ。
恰好は黒銃士とお揃いで、黒い宮廷衣装に黒い外套、さらに黒塗りの仮面までつけている。
右手には円盤型の道具を掴み、左手にはダガーを逆手持ち。
「その恰好……まだ仲間がいたか」
ダガーを扱うということは、暗殺者か……!?
しかし、右手の円盤型の道具は今までお目にかかったことがない。
手のひらに収まるサイズだが、投擲武器の類だろうか。
「死にたくなけりゃ、武器を捨てて両膝をつきなぁ~」
「この状況でそれは無理な相談だ」
「相談じゃねぇ~。命令だぁ~」
黒暗殺者――便宜上、今はこう呼ぶ――は、俺との間合いをじりじりと詰めてきていた。
チラリと黒暗殺者の後方へ目を向けると、大男に掴み上げられている教皇様の姿が見える。
これ以上はモタモタしていられない……!
「戦る気なら、片足撃ち抜かれることを覚悟しろよ」
「片足で済ませてくれるんですかい!? お優しいねぇ~」
迫りくる黒暗殺者に対して、俺のミスリル銃は床を向いている。
銃身を起こした瞬間、奴は飛び込んでくるだろう。
互いの距離は5mにも満たない……タイミングはミスれない。
俺の頬を冷や汗が伝うのと同時に――
「なんだ、あんたエルフ? 超美人じゃん!」
――後ろから、黒ドレスの女のすっとんきょうな声が聞こえてきた。
今の、ネフラに向けて言ったのか……?
どうでもいいことが頭をよぎった瞬間、黒暗殺者が瞬時に間合いを詰めてきた!
「ヒョウッ!!」
奇抜な掛け声と共に、黒暗殺者は左手のダガーで俺の顔を切り上げてくる。
スウェイして躱すことはできたが、この近距離で銃は役に立たない。
後方に飛び退き、銃を構え直そうとした時――
「がふっ!」
――突然、何かが顔面を叩いた。
「……!?」
鈍器で殴られたような痛みが顔に残る中、数m先に留まったままの黒暗殺者を見ると、例の円盤型の道具が手元に戻るところだった。
「な、なんっ……!?」
「なんだそれ、ってぇ~?」
黒暗殺者は手のひらを下にして、手首をスナップする。
すると、円盤型の道具がゆっくりと手から離れていった。
中指から円盤には紐(糸?)が伸びていて、スルスルと規則だった動きで上下している。
「旦那、ヨーヨーってオモチャ知りません? ドラゴグじゃ、ガキの遊び道具として有名なんですがねぇ~」
オモチャだって……!?
顔に受けた衝撃は、まるで鈍器で殴られたような感覚だったぞ!
「もちろん、仕事用に悪~い改良されまくった代物ですがねぇ~」
「……オモチャを殺しの道具にするなんて、ドラゴグの倫理はどうなってる!」
「それは、その……ドラゴグですからぁ~」
俺がミスリル銃を構えるのと、黒暗殺者がヨーヨーを投擲するのは同時だった。
しかも、狙いがやたら精密だ。
「ぐはっ」
ヨーヨーは再び俺の顔面を叩くと、すぐさま持ち主の手元まで戻っていく。
今の一撃で鼻から大量に血が噴き出した。
鼻の骨、折れていないだろうな……。
「ぐっ……このっ」
「けっけっけ。旦那、冒険者でしょう? どこのギルドか聞かせてくださいや」
「教えてやるもんかよ!」
俺はサイドステップで相手と向かい合ったまま移動を始めた。
敵のヨーヨーを相手に、直線的な攻めは危険だと判断したからだ。
「けっ! 逃がしませんよぉ~」
俺のステップする方向にかぶせるように、黒暗殺者が追随してくる。
……こいつ、さっき倒した二人よりも強い!
足運びからして、実戦経験をかなり積んでいることがわかる。
「ちぇいっ!」
三度、黒暗殺者からヨーヨーが投擲される。
しかし、今度は俺が銃身を上げる方が早い。
このまま空中でヨーヨーを撃ち落としてやる!
「今だ!」
飛んでくるヨーヨーに狙い定めて、引き金を引くと――
「あ、それっ」
――黒暗殺者が指先の紐を引っ張り、ヨーヨーの円盤を空中で跳ね返すようにして手元まで引き寄せてしまう。
そのせいで、俺の放った光線は虚しく空中へと消える。
「嘘だろ!?」
「大層な銃をお持ちですがねぇ――」
黒暗殺者は、戻ってきたヨーヨーを受け取らなかった。
そのまま身をひねって一回転させ、遠心力を上乗せしたヨーヨーを改めて俺へと放ってきたのだ。
「――当たらなければねっ!!」
バキッ、という鈍い音が俺の左腕に響いた。
「ぐあああっ!」
左腕に走る激痛。
……これは折れたかもな。
「はいよっ、とどめぇぇぇっ!!」
しなる紐を引っ張り、即座に手元へとヨーヨーを引き寄せる黒暗殺者。
今度は、真上から俺の頭めがけて振り下ろしてくる。
「くっ――」
あの強度の物体をまともに受けたら頭が割れてしまう。
こうなったら、かなりリスキーだがアレで凌ぐしかない!
「――っそおぉぉっ!!」
俺はミスリル銃をヨーヨーに向かって放り投げた。
「旦那、ヤケクソはいけませんぜ!」
黒暗殺者は巧みに指を操り、ヨーヨーの軌道を変えて銃との衝突を回避した。
まったく大した操作技術だ。
……だが、俺の狙いは違うんだな。
「へ?」
ヨーヨーは俺の顔面を撃つ直前に、方向を変えて床へと突っ込んだ。
「なっ、なんでぇ~!?」
黒暗殺者が困惑するのも当然だ。
なぜなら――
「見えないか? 見えないなら、悪運尽きたってことさ!」
――空中に舞ったミスリル銃と、俺の右手の指先が細いワイヤーで繋がっていることを知らないのだから。
ワイヤー付き手袋を装備していた俺は、事前に銃身へとワイヤーを結んでおいた。
ヨーヨーの紐にはワイヤーが絡みつき、まんまと操作不能に陥ったのだ。
間髪入れず、俺は右手を引いてミスリル銃を手元へと取り戻す。
「あっ」
「これで終わりだ!」
引き金を引く数は三回。
三つの光線が刹那の間隔で、黒暗殺者の両手首を武器もろとも、さらに片足を貫いた。
「そ、そんなぁ~!?」
自慢の武器を撃ち砕かれ、さらにバランスを失った黒暗殺者は顔面から床へと突っ込む。
尻を突き上げたまま床にキスするその姿は、あまりにも滑稽だった。
「これでも千回は死にかけてるんでね。とっさの悪知恵は働くさ」
腐っても最強ギルド〈ジンカイト〉の冒険者。
ここは意地を見せなきゃな。