4-026. 競り勝て、ジルコ!②
「――いよいよ午前の部、最後の品です! みんな、準備はいいかぁぁぁっ!?」
司会者の悪ノリに拍手で応える会場の貴族達。
会場の盛り上がりは早くも最高潮に達したというところか。
「ジルコくん、次が13品目! 若返りの秘薬!」
「ああ。そうだな……」
……意気消沈。
負けが許されない入札で三連敗を喫したことで、俺はすっかり気持ちが萎えてしまった。
勝ちが確定している入札などでは、何の意欲も湧かない。
「目玉商品のひとつ! 多くの女性が焦がれ続けた奇跡の秘薬!! 一嘗めすれば五十日、一口飲めば五千日、一気に飲めば五十年。肉体麗らかに若返るマーメイド・エキス、手に入れるのは誰だあぁぁぁっ!?」
司会者のセリフに聞き覚えの無い言葉が混じっていた。
若返りの秘薬じゃなくて、マーメイド・エキスだって……?
「なんだ、マーメイド・エキスって?」
「大仰な名前をつけて入札者を増やそうという魂胆だと思う」
ネフラの推測は的を得ていそうだ。
商売において、ハッタリは重要だからな。
司会者の頭上に、舞台袖からふわりとガラス容器が運ばれてきた。
容器には傷だらけで不透明な瓶が収められている。
その瓶にはボロボロのラベルが張られており、手書きで長めの文章が書かれているように見受けられた。
しかし、大陸共通言語ではないようで俺には読めない。
「ネフラ。瓶のラベルになんて書いてあるかわかるか?」
「ここからじゃ、そんな小さな文字見えない」
……だよな。
この距離からあんな小さな文字なんて、俺じゃなきゃ見えないか。
「それでは始めさせていただきます! まずは80万グロウからスタートォッ!!」
入札開始と共に、会場は今日一番の盛り上がりを見せる。
「90万グロウ!」
「95万!」
「100万で!」
「私は120万!」
「150万グロウだ!」
「えぇい、200万グロウでどうじゃ!!」
予想通り、入札額はどんどん吊り上がっていく。
俺としては終盤で入札に参加すれば済む話なので、わざわざ序盤から競りに参加することはしない。
そう思っていた矢先――
「250万グロウ!」
――突然、俺の隣から入札コールが聞こえた。
……ネフラだ。
「ど、どうした?」
「ちょっと言ってみたくて。……えへへ」
ネフラが気恥ずかしそうに笑う。
可愛いな、こいつ!
「ここに来て198番の美しいお嬢さんからの入札! 老後のために、金に糸目をつけず若返りの秘薬をゲットしておく腹積もりかぁっ!?」
司会者のテンションが上がり過ぎて、口調がかなり崩れてきている。
老後のためとか、女の子に失礼なこと言うなよな!
「260万!」
「270万で!」
「300万グロウ!」
「320万だ!!」
「うおおお、350万じゃあぁぁっ!!」
……さっきから、やたら気合の入った爺さんがいるな。
額も額だし、俺もそろそろ競りに参加するとしよう。
「700万グロウ!」
俺の入札コールで会場は静まり返ってしまった。
意趣返しに倍額コールしたことが悪目立ちしたのか……?
「ま、まさかまさかの700万でました! 当オークション始まって以来の最高額! さぁさぁ、197番の若き紳士に挑む者は現れるかぁ!?」
いくら貴族といえども、さすがに700万以上の入札はキツイだろう。
比較例をあげるなら、最高峰ギルド〈ジンカイト〉のA等級報奨金33年分だ。
そんな額をポンと出せる奴がいてたまるか。
「750万グロウ!」
……!?
「な、なんと! なんとなんと、750万グロウでました!! 142番の女性が勝負に乗ってきましたぁっ!!」
どんな大富豪だよ!
公爵クラスだって簡単に出せる額じゃないはずだぞ!?
「……くっ。は、800万グロウ!!」
「900万!」
「な、ん、だ、とぉ~~!?」
さっきと同じ若い女の声だ。
なんで若いのにマーメイド・エキスを求める!?
老後のためか!?
というか、なんでそんな金持ってんだ!?
「950万!!」
「1000万!」
……このままだと良くない。
いくら八百長とはいえ、これ以上の高騰はいくらなんでもマズイのでは?
俺みたいな若造が1000万グロウとか、さすがに怪しまれるぞ。
現に、さっき俺を慰めてくれた同卓のオッサン達が怪訝な眼差しを向けてきている。
「1000万! これは凄いっ!! さぁさぁどうなる、男と女の頂上決戦!!」
司会者も煽るのやめてくれ~!
「せ、せ……1200万グロウ!!」
冷や汗が顔を伝う中、俺は声を張り上げていた。
もうどうにでもなれだ。
このまま行くところまで行ってやろうじゃないか!
「1350万!」
「1400万!!」
「……1500万!」
「1550万!!」
「……」
……来ない。
競り合いの末、ついに入札コールが止んだ。
相手の女は諦めてくれたのか?
「……」
……諦めてくれたようだ。
「142番のお嬢さん! 本当にもうよろしいのですか? 世界に九つしか存在しないとされる若返りの秘薬でございますよ!? 今を逃せば、次に手に入る保証はございませんよ!?」
司会者よ、これ以上相手を焚きつけるようなことを言うな!
このまま入札を終わらせてくれ!!
「……マーメイド・エキス、これにて落札と相成りますっ!!」
司会者が杖を振り上げた瞬間、15500000という入札額の火文字が爆ぜた。
直後、入札額はさらに大きな火文字となって空中に現れ、燦々と会場を照らしだした。
めちゃくちゃ派手な演出だ。
「なんとなんと、落札額1550万グロウ! グランソルトオークション始まって以来の最高落札額となりましたぁぁぁぁ!!」
会場からの視線と拍手を一身に受け、俺の心に罪悪感が湧き起こってくる。
まさか不正だとバレたりしないよな?
〈ジンカイト〉の冒険者が――しかも次期ギルドマスターが、胴元とグルになって競売で不正をしたなんて知れ渡ったら、ギルドの評価が地に落ちかねない。
「197番の若き紳士へ拍手――ん? おおっと、この紳士……意外な人物でした!」
司会者が手元のメモと俺を交互に見ながら、驚きの顔を浮かべている。
どうやら俺の素性を今知ったようだ。
……まさかとは思うが、俺の名前を出す気じゃないだろうな?
「なんとなんと、落札者はまさかの最強ギルド――」
あ、言う気だ。
落札したのが俺だと知られたら、面倒なことが起こりそうなのに。
そんな予感を抱いた直後――
「ウッザ」
――女の声と共に、後方の円卓席からステージまで、一筋の炎が走った。
それはステージの舞台袖と緞帳に火をつけ、天井のシャンデリアを落とした。
「ぎゃあっ! な、なんだぁっ!?」
目の前にシャンデリアが落ちてきて、司会者が腰を抜かした。
会場には悲鳴が上がり、貴族が慌ただしく席を立ち始める。
状況確認のため後方へと注意を向けると、火のついた円卓がひっくり返った。
床の絨毯へと燃え移った火は、瞬く間に周囲へと延焼していく。
「何事っ!?」
「誰かが火属性の魔法を使ったんだ!」
吹き荒ぶ熱風からネフラをかばう。
すでに会場は逃げまどう貴族達で混乱の渦中だった。
「入札なんて遊びだろ。競り負けたからって、いちいちキレんなよ」
「ウザいもんはウザいんだよ!」
……場違いすぎる会話が聞こえてきた。
出口へと殺到する貴族達と、それを守りながら誘導する身辺警護達。
そんな彼らとは逆に、ステージ側へと歩いてくる不審な男女。
今の会話はこの二人のものに違いない。
男の方は、細身だが長身。
真っ黒い宮廷衣装の上には黒い外套を羽織り。
黒塗りの仮面をつけていて、素顔はわからない。
両手に短筒の銃らしき武器を持っているが、見たことのない形状だ。
女の方は、男と比べるとずいぶん小柄。
露出の少ない漆黒のドレスで着飾り。
顔は、黒いヴェールで覆い隠している。
宝飾杖を持っていることから、彼女は魔導士……会場に火をつけた張本人か。
「お前達、何者だ!?」
「「ん?」」
俺の声に黒ずくめの男女が足を止めた。
「なんだ、この野郎は」
「なんで逃げないのよあんた。死にたいの?」
見れば、黒ドレスの女の胸元には142番と書かれたバッジがついている。
こいつ……さっきまで俺と秘薬を競っていた女だ。
「おっ。この野郎、197番だぜ。お前に競り勝った野郎だ」
「ふん。あたしらと大して歳も変わらなそうじゃん。こんな奴が1500万なんて大金持ってんの?」
……持ってません!
そんなことより、こいつら一体何者だ?
どうして競売を潰すようなことをするんだ!?
「まさかとは思うが、競り負けた腹いせにこんな真似を……?」
「あっはっは! そういうことにしてもらってもいいよ」
黒ドレスの女が笑いながら答えた。
「ふざけるな! 冗談で済むと思うなよ!!」
この状況で平然としている様子から、ただ者でないことは明白。
俺はすぐさま巾着袋からミスリル銃を取り出し、二人へと向けた。
だが、銃口を向けられた二人は涼しい顔をしている。
「その銃口、あたしらに向けてる暇あんの?」
「何ぃ!?」
「大事なゲスト、守らないとまずいんじゃない?」
言いながら、黒ドレスの女が俺の後ろを指さす。
……俺の後ろ――ステージ側から、ヘリオ達の声が聞こえてくる。
「やめろ! 教皇様を離――ぐわっ!」
「神聖騎士団を舐め――がはっ!」
……ヘリオとカイヤのやられ声だ。
何やってんだ、あいつら!
「なんだよ。ゲストが酷い目に遭ってんのに、確認すらしないのかい」
黒銃士――便宜上、今はこう呼ぶ――は俺を振り向かせようと、挑発的な物言いをしてくる。
だが、ここでこの二人から目を離すことなどできない。
俺と相手の距離は10mほど離れているが、片や魔導士に、片や銃士。
隙を見せればこの距離でも一撃で殺られかねない。
「ネフラ! 教皇様はどうしてる!?」
俺のすぐ後ろにいたネフラに、状況確認を促す。
「お、大男が教皇様を……! ヘリオ達は全員、床に倒れてるっ」
……マジかよ。
その大男もこの二人の仲間だろうが、神聖騎士団の数人を短時間で倒したってことか?
「ザナイト教授は!?」
「……円卓に座ったまま、お酒飲んでる」
「んな馬鹿な!?」
「本当。たぶん身辺警護だと思うけど、連れのエルフ達は床に倒れてる」
「……」
ザナイト教授のマイペースは、こんな緊急事態でも変わらないのか。
「あんた、大層な銃持ってるけどさ。戦るつもり?」
「お前達次第だ。武器を捨てて投降すれば傷つけはしない」
「はぁ? あんた馬鹿ぁ? 捨てるわけないっつーの」
「どっちにしろ、お前達はもう無事には済まない。商人ギルドの競売を襲撃するなんて、無茶なことをしたもんだ。金の恨みは恐ろしいぜ?」
俺が脅しをかけるなり、二人は笑い始めた。
「あひゃひゃひゃひゃ! 面白い冗談だ。表じゃ大層な組織なんだろうが、俺達を潰せるとでも思ってんのか?」
「つーかさ、あんたの方こそ無事にゃ済まないよ?」
黒ドレスの女が、杖で魔法陣を描き始めた。
警告を無視するなら、こちらとしても戦るしかないな。
俺は引き金を引こうとしたが――
「!!」
――黒銃士がネフラへと銃口を向けていることに気づいて、躊躇してしまった。
「食らいな!」
黒銃士の方が引き金を引くのが早かった。
飛んできた銃弾を、とっさにミスリル銃の銃身に当てて軌道を反らす。
ギリギリ間に合ったからよかったものの、一瞬でも遅れていればネフラに当たっていたかもしれない。
「……へぇ。やるじゃん、お前」
黒銃士は次弾を装填する素振りも見せず、撃鉄を起こしただけで俺へと銃口を向けた。
……なんで新しい弾を装填しないんだ?
不審に思っていると、黒銃士が引き金を引いた。
すると、再び銃弾が発射されて――
「なっ!?」
――想定外の攻撃に、俺はまともに銃弾を浴びてしまった。
しかし、胸に当たったことが幸いし、大きく仰け反っただけで済んだ。
加えて、後ろからネフラが支えてくれたおかげで転倒も免れた。
「げほっ、げほっ!」
……とはいえ、さすがに胸への銃撃は堪える。
「おいおい、なんで銃弾を弾いてんだ。下に鎖帷子でも着こんでんのか?」
黒銃士は困惑した様子で銃を構え直した。
その隣では、赤い魔法陣が完成しようとしている。
「余計なことしないでよ! そいつ仕留めるの、あたしなんだから」
「いいや、俺が殺る!」
正面には殺る気満々の魔導士と銃士。
片方の攻撃を躱したとしても、もう片方に撃たれる。
さて、どうしたものか……!?