4-025. 競り勝て、ジルコ!①
開幕コールが会場に轟き、気分が上がってきたところ――
「競売を始める前に、イベントを盛り上げるゲストの紹介をさせていただきます!」
――ゲスト紹介だと。
こんな物欲塗れのイベントにゲストだなんて、一体どんな欲深い奴が招かれてきたんだか。
「教皇領よりご来訪いただきました、オブシウス教皇聖下です!!」
「えっ!?」
司会者の言葉に驚いた直後――
「えぇっ!?」
――舞台袖から本当に教皇様が出てきて二度驚いた。
驚愕する俺を差し置いて、会場の面々は拍手喝采でもって教皇様を迎える。
「このような場にお招きいただき、感謝申し上げると共に――」
教皇様の挨拶が続く中、俺もネフラも困惑していた。
まさか教皇様がこんな俗な場に姿を現すとは夢にも思っていなかったからだ。
「今や教皇様を動かすほどの影響力があるのかよ、商人ギルドは……」
「あ。あそこ、ヘリオさんがいる」
言いながら、ネフラが指さしたのは舞台袖だ。
舞台の端にチラリとヘリオ達神聖騎士団の姿が見える。
しかも、その一員にはカイヤまで……。
「――見聞を広めるためにも、私も競売に参加させていただきます。皆様、どうかお手柔らかに」
最後に笑いを誘うと、教皇様は舞台袖へと引っ込んでいった。
「……マジかよ」
「マジだね」
ネフラと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた時。
「続いてのゲストは、遠路はるばる西方リヒトハイムよりお越しいただいた――」
「ザナイト! お邪魔するよぉー」
……マジかよ。
今度は、ザナイト教授がスキップしながらステージ上に現れたぞ。
白衣をヒラヒラさせて、揺れる二つの山が目に留まった俺は思わず息を呑んだ。
「皆さん、本日はお招きに預かりありがとう! 私はここ数十年、ずっと先祖のミイラと睨めっこしていまして。たまには外に出ようかな、と思った矢先にこのイベントに招待いただきました」
あの人、商人ギルドに呼ばれてブリッジに来ていたのか。
大学に居たのは競売に参加するついでに立ち寄っていたんだな。
「私も落札したい品があるので、狙いがかぶった人は優しくしてくれると嬉しいな。以上、よろしくお願いするよ!」
彼女は満面の笑みを浮かべながら舞台袖へと引っ込んでいった。
競売に参加する気まんまんのようだけど、引きこもりのエルフが欲しがる品ってなんだろう?
「ゲスト紹介は以上となります! それでは、競売を始めて参りましょう!!」
教皇には神聖騎士団の精鋭が。
ザナイト教授にはエルフの護衛が。
それぞれ傍らについて、ステージから程近い円卓へと着席した。
まさかのサプライズがあったものの、これで競売が始まる。
少し冷静になって、落札するべき品物を整理しよう。
俺は今回の競売で四つの品を落札する必要がある。
ひとつは若返りの秘薬。
これは商人ギルドとの裏取引で、八百長で確実に落札できることになっている。
不本意だが、俺の命と〈ジンカイト〉の存続には代えられない。
あとの三つはサルファー伯爵との契約履行に必要な三種の宝石。
タンザナイトに、マスグラバイトに、アレキサンドライト。
最低落札価格は合計して276000グロウだが、伯爵から預かり金として55万グロウ用意してもらっている。
55万グロウもあれば、三つとも落札できると思うが……。
「本日最初の品をご紹介します!」
ステージ上でテールコートの男が杖を一振りすると、空中に火文字で競売品の名前が書きだされていく。
どうやら彼、競売の司会進行役らしい。
――No.1 サンクトエイビスの宝剣――
「遡ること八十三年前! 東アムアシア屈指の強国サンクトエイビス王国が、人類の先頭に立って魔物の群れと戦い、敗れ去りました――」
司会者が杖で合図すると、舞台袖から煌びやかな装飾の剣がくるくると飛んできて、彼の頭上で静止した。
風属性の魔法か、あるいは風の精霊によるものか……。
舞台袖には何人か競売の演出を盛り上げる魔導士が隠れているようだ。
「――この宝剣は、かの騎士女王シャナクが死の間際まで振るい続けた宝飾剣! 剣身に施されたルビー、サファイヤ、エメラルドは、太刀筋に三色の軌跡を伴って千の魔物を滅したと伝えられております!!」
空中で宝剣が高速回転を始め、解説通りに三色の軌跡を引くのが見えた。
……便利だな、魔法って。
「いまだ魔物の残党蔓延るサンクトエイビスの王城跡地にて、商人ギルドの探検隊が命からがら発見した正真正銘の宝剣! ドワロウデルフの鍛冶師鑑定書付きです! まずは――」
空中に書かれた商品名の下に、新たな火文字が燃え上がった。
数字の1000000だ。
「――100万グロウから開始いたします!!」
会場の貴族達が一斉に手を上げ、入札額を口走っていく。
「105万グロウ!」
「110万で!」
「120万!!」
「150万でどうじゃ!?」
入札額が更新されるたび、火文字の数字がそれに合わせて変化していく。
なかなか凝った演出じゃないか。
しばらく傍観していると――
「――298万グロウで落札となります! 53番の紳士、おめでとうございます!!」
――最初の入札は、盛況のうちに終わりを迎えた。
遠目に見えるテーブルで、ふくよかな男性が立ち上がるのが見えた。
周囲の貴族達は彼に向けて盛大な拍手を送っている。
競りの落札者は周囲から惜しみない賛辞を受け、自身の経済力を存分にアピールできるというわけだ。
「落札した品は我々が保管し、競売終了後に落札者様へとお渡しいたします。その際、当方まで番号札と落札額をお持ちください!」
……なるほど。
落札と同時に金を払う仕組みじゃないのか。
確かに、毎回そんなことをしていたら場の熱気が冷めちまうもんな。
「続いての品は――」
◇
「――90万グロウで、229番の紳士が落札となります! おめでとうございます!!」
ようやく6品目の入札が終わった。
若返りの秘薬は13品目と聞いているから、まだしばらく先だな。
「続きましては、希少宝石タンザナイト! 西アムアシアはタンザニカ王国、その領土内の鉱山からのみ原石が発掘されるという品でございます!!」
……と思ったそばから、これだ。
舞台袖から、透明なガラス容器に収められた青紫色の宝石が飛んでくる。
司会者の頭上に浮遊するそれは、まさしく俺の求めた宝石に違いない。
「現在、政治情勢の混乱によりタンザニカへの入国は困難となりました! このタンザナイトは、近年わずかに流出したものを商人ギルドの情報網を駆使して手に入れた品でございます!! もちろん真贋鑑定書付き!」
空中に競売品の名前と値が書きだされていく。
――No.7 希少宝石タンザナイト――
――72000――
「パンフレットに提示済みの72000グロウより開始いたします! 宝石コレクターの方はぜひともご参加くださいっ」
司会者が杖を掲げると、貴族達が一斉に口を開く。
「75000!」
「80000!」
「90000グロウだ!」
「なんの、95000グロウでどうじゃ!?」
入札コールが飛び交い、あっという間に値が吊り上がってしまった。
これは嫌な予感がするぞ……。
「10万グロウ!」
俺は挙手と同時に入札額を叫んだ。
頼むから誰も競ってこないでくれ、という気持ちを込めながら。
「197番の若き紳士が10万グロウ! さぁさぁ、他にはございませんか!? 他では入手困難な宝石でございますよ!?」
司会者がステージ上をうろうろしながら、貴族達を焚きつけている。
「20万グロウ!」
「何ぃっ!?」
いきなり入札額が二倍に跳ね上がった。
冗談じゃない!
ひとつ目の宝石でいきなり20万以上も使わせる気か!?
「ジルコくん……」
隣に座るネフラから不安げな眼差しを向けられる。
彼女は巾着袋に入れた本の代わりに、笠帽子を胸に抱きかかえているのだが……その笠、潰れそうになっているぞ。
「ええいっ、ままよ!」
このまま競っていくしかない。
入札額がいくらになろうとも、落札し損ねたらそこでお終いなのだ。
「22万グロウ!」
「おおっとぉ! 197番様が反撃! さぁさぁ、この勝負どうなるぅ!?」
司会者め、楽しんでいるな。
俺には楽しむ余裕なんてこれっぽっちも無いっていうのに……。
「44万グロウ!」
「ぐ、ぬ、ぬ……!!」
また倍額コールかよ!
ふざけんなよ、こっちは遊びじゃないんだよ!!
「まさかの倍プッシュ! 111番のご婦人、宝石への情熱を感じます!」
俺の席からは、その111番のご婦人とやらは見えない。
相手はもしかしたら宝石コレクターかもしれない……厄介だ。
「ジルコくん。これ以上は残りの宝石を落札できなくなっちゃう!」
「だからってここで競り負けたら、伯爵との契約を果たせなくなる!」
「でも……」
「限度いっぱいまで行く!!」
止めるなネフラ。
ここまで来たら、もう行くしかないんだ……!
「50万グロウだっ!!」
「おおっ! 50万、50万でましたぁ!! 対するご婦人、この勝負にお乗りなされるかぁぁぁっ!?」
おい司会者!
頼むから煽ってくれるな!!
「100万グロウ!」
「なん……だと……!?」
三度の倍額コールに会場がざわめいた。
倍、倍、倍、と……なんなんだ111番のご婦人ってのは!?
「希少とはいえ、たった4.6gの宝石になんと100万! さぁさぁ、若き紳士の反撃はいかほどかぁっ!?」
……ぐぬぬ。
場を盛り上げるのが仕事とはいえ、その煽り方はあまりにも酷ってものだ……。
100万グロウがコールされた時点でこっちの資金じゃ反撃不可能なんだよ!
「ぐぐっ……」
俺が歯噛みしながら押し黙っていると、司会者は察したように手を上げて入札を打ち切った。
「決着! 100万グロウで、希少宝石は111番のご婦人のものにぃぃっ!!」
……負けた。
後ろの方の円卓で女性が一人立ち上がるのが見えた。
周囲から送られる拍手に対して、彼女は手を振って応えている。
「気を落とすな若者よ。あれはヴェニンカーサ伯爵夫人だ。相手が悪い」
同じ円卓に座っていた貴族のオッサンが慰めの言葉をかけてきた。
さらに、その隣に座る男も同調する。
「あのご婦人が噂に名高いヴェニンカーサ伯爵夫人か」
「その通り。夫はドラゴグの名士だ。資金力ではさすがに勝てんさ」
「しかし、あえて入札額を倍々で引き上げていくとは、たまげたなぁ」
「じわじわ競るよりも、一気に勝負をかけた方が安く済むと踏んだのだろう」
「大したご婦人だ。わかっていても、あの判断はなかなかできない」
……解説ありがとう、オッサン達。
悔しいけど俺には到底勝ち目のない相手だってことがわかったよ。
その後、8品目……そして9品目と、目当ての宝石が立て続けに出品された。
そして、そのすべてで俺はヴェニンカーサ伯爵夫人に競り負けた。
まさに彼女は宝石コレクター。
出品された宝石すべてを彼女が独占し、会場は大いに盛り上がった。
反面、俺のテンションはダダ下がりだ……。
「サルファー伯爵、何て言うかな」
「皮肉20、嫌味30、暴言50ってところだな」
頭を抱える俺に、ネフラは苦笑いで応えてくれた。