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4-024. オークション開幕!

 オークション当日。

 俺とネフラは、競売会場となるヴィジョンホールに向かって歩いていた。

 途中、塩の道(ソルトロード)を行く箱馬車が何両も俺達を追い越していく。

 おそらくは競売へ参加する貴族達だろう。


「私達も馬車を使えばよかったね」


 地図を広げながら、ネフラが訴えかけてきた。


「時間に余裕を持って出てきたんだ。開始時刻には間に合うさ」

「そうだろうけど」


 ぶっちゃけ、貸衣装代と宿代でスッカラカン!

 ……とは言えない。


 明日以降はサルファー伯爵からの預かり金から資金をまかなうしかないな。

 全額、競売で使い切るはめにならなきゃいいんだけど……。


「ジルコくん。貸衣装の料金くらいは私が」

「遠慮するなよ! 次期ギルドマスターの俺がそのくらい面倒見てやるさ」


 ネフラの顔にまざまざと浮き出る心配の色。

 ギルドの資金どころか、俺の所持金もスカスカなこと、バレているかもな。

 ところで――


「似合っているよネフラ」

「は、恥ずかしいからやめてっ」


 ――俺とネフラは、貸衣装屋〈牡丹(ぼたん)〉から借りた服に着替えている。

 これから貴族の社交場に混ざるわけだからドレスコードは必須。


「ジルコくんもアマクニのものを選べば良かったのに」

「ゆったりとした服は性に合わなくてさ」


 俺は、過去に何度か着たことのあるエル・ロワ風の燕尾服(テールコート)を選んだ。

 体にフィットする服は動きにくくて敬遠していたのだが、どれもこれもヒラヒラしているアマクニの衣装よりはマシだった。


 一方で、ネフラは軽装のアマクニドレスを選んだ。

 白地に桃色の花柄が編み込まれた装束で、麻の布が垂れ下がった笠帽子まで含めて、実に目を引く装いだ。

 店主のシキさんによれば、このドレスはツボショウゾクと言って、貴族の女性が外出する際に身につけるものらしい。

 公の場では、ジュウニヒトエと言うドレスの方が適切らしいが、重くて動きにくいことを理由にネフラが固辞した。

 まぁ、小柄な彼女には似合っていると思う。


 ちなみに、俺もネフラも銃と本(武器)はそれぞれ巾着袋(オモニエール)の中に忍ばせている。


「なんだか二人並ぶとちぐはぐ」

「ん? まぁ、エル・ロワとアマクニだとな」


 しばらく歩くと、街路沿いに黒塗りの建物が見えてきた。

 尖塔のない四角柱の塔が連結しているような、どうにも奇妙な外観をしている。

 側面にはステンドグラスが規則的に添え付けられており、太陽光の反射でキラキラと幻想的な輝きをたたえている。


「あれがヴィジョンホールか。また奇妙な外観をしているなぁ」

「ドラゴグの建築様式だね」

「ドラゴグ人のセンスは、いまいちわからないんだよな」


 そうこうしているうちに、俺達はヴィジョンホールの敷地へと足を踏み入れた。


「凄い人だかり。こんなに貴族が集まっているのを見るの、凱旋式以来」

「ああ。ちらほら見たことのある顔ぶれもいるな」


 ヴィジョンホールの前には整備された広場があった。

 その周囲は厩舎に囲われており、貴族達の乗ってきた馬車がズラリと並んでいる。


「どこも四輪馬車(キャリッジ)ばかりだね」


 ネフラの言う通り、厩舎には軒並み絢爛豪華な四輪馬車(キャリッジ)ばかり停まっている。

 馬の数、車輪の数、箱の装飾、どれをとっても奢侈(しゃし)を尽くしているな。


「貴族は馬車の質を競い合うって聞いたことがあるが、あれはまさにそれだな」

「平民の多くは苦しい生活を強いられているのに……」

「貴族がこれじゃあ、国力回復に尽くすって話も疑っちまう」


 こういう光景を見せつけられるたびに思うことがある。

 平民の税の上に裕福な暮らしができているというのに、貴族連中は自分達の財産を分け与えることはしない。

 悔しいが、経済を回す商人ギルドの方がまだマシだと認めざるを得ない。


「伯爵がイベントと言うだけあって、かなり注目されてるみたい」

「きっと落札額で自分の経済力をアピールするんだろうな。貴族にとって競売は旨い投資先を見つけるためでもあるわけだ」

「復興の時代には後援者(パトロン)は必要不可欠だものね」


 競売の時間が迫ってきて、広場に集まる貴族の数も一層増えてきた。

 着飾った紳士淑女ばかりの空間は息が詰まる。


「混雑してきましたので、少々早く開場いたします!」


 広場の案内係が、声を張り上げて周囲の貴族達に開場を伝えた。

 同時にヴィジョンホールの扉が次々と開かれていく。


 扉の前では、テールコート姿の男達が貴族の誘導を行っている。

 そのうち一人は商人ギルドの紋章が編まれた緑色のスカーフを首に巻いていた。


「あれがジニアスの言っていた入り口係員かな」


 俺は扉へと向かうなり、その男にジニアスから受け取った四角札(カード)を差し出す。

 男は顔色を変えずに四角札(カード)を受け取ると、他とは(・・・)別の扉に俺達を通させた。

 その扉の先では――


「ああっ! ようこそいらっしゃいましたっ!!」


 ――緑色のスカーフをつけた女性が待っていた。


「あれ? きみは……」

「私を覚えておいでですか!?」


 女性は興奮気味に俺へと駆け寄ってきた。

 見れば、彼女は商人ギルドの本部で俺に悪態をついた職員だった。


「まさか〈ジンカイト〉の方とご縁ができるなんて、感激です!」


 ずいぶんはしゃいでいるな。

 そんな様子だと……。


「早く案内して」


 ……やっぱり。

 ネフラのドスのきいた声に、女性職員は顔を引きつらせた。

 麻の布のせいでその横顔は読み取れないが、職員の反応から察するにジトリと睨みつけているといったところか。


「ど、どうぞこちらへ」


 彼女についていくと、シャンデリアのある広い部屋へと通された。

 内装もVIPルームといった風情だ。


「俺達、こんな部屋に案内されるほど優良顧客になったのか?」

「ここにお連れしたのは、ジニアス様からの伝言を仰せつかってのことです」

「ジニアスから? 本人はどうしたんだ」

「ジニアス様は競売の進行管理で多忙でして、私が代わりに」


 ジニアスの出迎えはなし、か。

 競売を取り仕切る役目らしいから、それも仕方ないか。


「伝言てなんだい?」

「今回、ジルコ様とネフラ様が(くだん)の品を入札する場合に限り、ある権限を貸与させていただくこととなりました」

「ある権限?」

「無償落札権です」


 それを聞いて俺はハッとなった。

 無償落札権とはつまり……。


「八百長か」

「悪く言えば、です」

「そんなことが可能なのか? 最低落札価格が80万グロウの品物だぞ!?」

「我々の予測では、落札価格は200万以上を想定しています」

「だったら尚更だ!」

「ジニアス様がお決めになったことですので」

「……マジかよ」


 ジニアスのやつめ。

 八百長とは思い切った裏技を用意してくれたものだ。

 確かに、それなら入札で誰よりも高い落札額を提示し続ければ必ず勝てる。

 しかも胴元とグルなら、絶対に明るみに出たりはしない。


「けれどジルコくん、八百長なんて不正だよ」

「わかっている」

「ジルコくんはこういうの、あまり好きじゃないよね……」

「そうさ」

「それでも受けるの?」

「……受ける!」


 ネフラの心配もわかる。

 しかし、今の俺には他に選択肢がないのだ。


「ジニアスからのご厚意だ。ありがたく受け取るよ」


 室内にあるもうひとつの扉へと案内される途中、俺達はバッジを手渡された。

 俺のバッジは197、ネフラのバッジは198、と書かれている。


「競売参加者様に割り振られた番号です。競売中は必ずそのバッジを目立つところにつけておいてください」

「わかった」

「お約束の品は13番目の競売で出品されますので、お間違いのなきよう」

「うん。ありがとう」

「それではお二人とも、競売をお楽しみください!」


 彼女が扉を開くと、その先は競売会場に繋がっていた。

 競売という独特の熱気で、すでに場が沸き立っているのを肌身に感じる。


「ジルコくん。コート、重そうだね」


 ネフラが俺の胸元をつつきながら言った。


「……まぁ、念のためな」


 着崩れたテールコートの襟を正し、俺は競売会場へと足を踏み入れた。

 先に入場していた貴族達の賑わいを目にして、今さらながら心臓の鼓動が高鳴っていく。

 例え八百長の祭り(イベント)だとしても、始まる直前のこの雰囲気は好きだ。


「この熱気。やっぱり祭りっていうのは、わくわくするな」





 ◇





 競売会場は、ステージと向かい合うようにして円卓が並んでいた。

 円卓にはフルーツ山盛りの銀皿、高級な酒類が置かれており、シャンデリアの灯りで煌びやかに照らしだされている。

 一方、円卓からやや離れたステージ側は薄暗く、緞帳(どんちょう)も下りたままになっていた。


「この光景、まさに奢侈(しゃし)の極みだな」


 俺はステージから程よく近い円卓を選び、その空席に腰掛けていた。

 隣の席には、もちろんネフラが座っている。


「まるでオペラ会館みたい」


 会場を見渡しながら、ネフラがつぶやくのが聞こえた。


「ネフラ、オペラなんて観たことあるのか?」

「……ない。本の挿絵で見ただけ」


 ネフラの言う通り、ここはオペラ会館にすら見劣りしない会場だ。

 円卓に並べられている贅沢品にしても、全盛期の〈ジンカイト〉でさえ気軽に買い込める代物ではない。

 あまりの価値観の違いに、場違い感を思い知らされる。


「なんだろう。席についていない人も多いね」


 ネフラが気にかかったのは、円卓からつかず離れずの場所に立っている連中のことだろう。

 見た目こそ執事と見紛う恰好だが、強面(こわもて)に加えて手元の武器……。

 この場に集まった貴族達の身辺警護(ボディガード)なのだろう。


「場違いなのは、連中も一緒か」


 俺が思わず失笑したその時、ステージの緞帳(どんちょう)が開き始めた。


「時は来たれりっ!」


 真っ暗なステージから、ひと際大きな声が場内へと響き渡った。


 競売参加者達がステージに目を向けると、テールコートに身を包んだ男が暗がりより現れる。

 彼は羽ペンほどの長さの杖を持ち、先端から小さな火を灯している。

 間違いない。彼は魔導士(ウィザード)だ。


「紳士淑女の皆さま! 四年に一度、世界の中心で(もよお)されるイベントへようこそ!!」


 男は火のついた杖をかざしながら、舞うようにステージ上を踊り始めた。


「この四年! 商人ギルドは西から東、北から南へと駆け回り、世界の逸品・名品・珍品を集めに集めました!! 本日、この場に集められた品物はそのどれもが過去最高・最上・最大と断言できますっ!!」


 男はステージを舞う傍ら、魔導士(ウィザード)が魔法陣を描く要領で巧みに空中へと火文字を描いていく。

 ずいぶん凝った演出だ。


「そして、今こそ商人ギルドは旧き世界からの脱却を訴えます!」


 彼が描きだした文字は――


「復興の時代が次の千年紀(ミレニアム)(つむ)ぎましょう! エル・ロワとドラゴグが世界へ向けて団結の意思を示しましょう!! さらに!!」


 ――新世界へトゥ・ザ・ニューワールド


「商人ギルドが世界のリーダーとなり、法と秩序と経済のもと、人々を未来へ導く羅針盤となりましょう!!」

 

 突如、空中に描かれた新世界(・・・)の火文字が炸裂し、瞬く間にステージ上に置き並べられた燭台、吊り下げられたシャンデリアへと火を灯した。


「グランソルトオークション、開幕でございます!!」


 眩い明かりが灯されたステージ上に、竜と天使が背中合わせにたたずむ巨大な氷の彫像が姿を現す。

 しかも、その足元には金貨が大量に散りばめられ、さらに彫像の真ん前に黄金の天秤が鎮座している。


 始まりの合図が示された直後、競売参加者達の膨脹していた期待と熱気が爆発。

 その場のすべての人間が席を立ち、拍手が沸き起こった。

 ……俺とネフラも、一瞬遅れて周りにならう。


「すっごい演出。でも、これって……」

「エル・ロワとドラゴグをダシにして、まさかまさかの商人ギルド世界征服宣言ときたもんだ。こりゃあ――」


 過去千年、法と秩序が世界を守ってきた。

 だが、商人ギルドはその規律にさらに資本(・・)を加えるつもりだ。

 世界を金で動かす。

 それが、商人ギルドが望む未来というわけか。


「――冒険者にとって肩身の狭い未来になりそうだ」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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