4-019. アカデミアの奇人③
「おい、起きろ! 客人をほっぽりだして、今度はお寝んねかい?」
ザナイト教授が倒れているクランクの頭を何度か小突く。
「ぐむっ……む?」
クランクが目を覚まし、むくりと起き上がった。
しばらく放心していたが、俺の顔を見るなりギョッとして飛び跳ねた。
「き、貴様! この人殺しっ!!」
人殺しとか、どの口が言うんだこの男。
猿にゴブリンの脳を移植するなんて物騒な実験までしておいて……。
「訴えてやるぞ! 僕はこの都の権力者には顔が利くんだ!!」
俺はクランクを無視し、地面に落ちていたミスリル銃を拾い上げてホルスターへと収めた。
……考えてみたら、大学には若返りの秘薬の件で交渉に来たのだった。
つい感情が先走って、秘薬の持ち主であるクランクと険悪な関係になってしまったのはまずかったな。
「落ち着きなよ、クランク」
「あっ!? ザナイト、いつの間にこっちに……」
「あのねぇ。迎えに来るって手紙返しておいて、放置するとは何事だい?」
「それは仕方ない。迎えの時間に実験体の覚醒が重なった上に、彼が実験体と戦い始めてしまったんだ! だから悪いのは彼だ!!」
クランクが俺を指さして、いけしゃあしゃあとほざいた。
こいつ、また絞め落としてやろうか……!
「七年ぶりに会うのに、相変わらずのクズっぷりだね。安心したよ」
「ふん。たった七年で何が変わると言うんだっ」
クランクが肩や尻の汚れを払いながら、ぐちぐち言い始める。
彼がおもむろに頭を下げた際、ぽとりと帽子が落ちた。
その時――
「「あ……!」」
――思わぬものが目に入って、俺とネフラは同時に声を上げた。
クランクの両耳が、ピンと尖っていたのだ。
「エルフ……だったのか」
「今さらそんなことに気づいたのか?」
クランクは地面に落ちた帽子を拾い上げてポンポンと土を払った。
それを頭にかぶるや、校舎に向かって歩き始める。
「どこ行くんだ!?」
「ふん。旧友はともかく、招かれざる客まで歓迎する気はない」
クランクは校舎に戻る途中、庭に残っていた学生達に声をかけた。
「そこに転がっている実験体を手術室へ運び込んで治療しろ。覚醒後のデータを取っておきたい。ついでに、役立たずの衛兵どもを叩き起こしておけ!」
それだけ指示すると、校舎の中へと消えて行ってしまった。
客人をこの場に置きっぱなしにしたまま、何を考えているんだ……?
「……ついてこい、ってことか?」
「たぶん」
俺もネフラもクランクの意図を察しかねる。
そんな俺達を見て、ザナイト教授はくすくすと笑っていた。
「あいつは、自分の考えていることは口に出さなくても相手に伝わると思っているんだ。筋金入りの自己中なのさ」
「あなたはクランクと知り合いなんですか?」
「まぁね。四百年前から、私とあいつはリヒトハイムで問題児だったよ。〈コイヌールの三厄災〉なんて呼ばれてたなぁ」
「三厄災なのに二人?」
「もうひとり、スフェンてやつがいたのさ。百年以上前に元老院を怒らせて追放されてしまったけどね。まぁ、クランクも五十年ほど前に追放されたんだけど」
「はぁ……」
国から追放されるとか、何をやらかしたんだよ……。
それにしても四百年前からの付き合いとは、さすがエルフ。
俺達ヒトとは人生のスケールが違う。
「さて。私達も校舎に入ろう。研究室の場所は私が知ってる」
ザナイトが白衣の裾を揺らしながら校舎へと入っていく。
俺とネフラは顔を見合わせて――
「……虎穴に入らずんば、だ」
「うん」
――彼女の後についていくことにした。
◇
ヘルメギストス大学校舎の地下。
その北側通路の突き当たり――薄暗くじめじめっとした角部屋が、クランクの研究室だった。
「この部屋、なんでこんなに冷えているんだ?」
俺は研究室に足を踏み入れて、すぐに室内温度に違和感を覚えた。
吐く息が白くなるほどの寒さなのだ。
「棺から固体炭酸が溶けて漏れ出してるんだろ」
「ひ、棺!?」
ザナイトが、さらりと恐ろしいことを言いだした。
研究室の中を見渡すと、そこかしこに長方形の木箱が積み上げられている。
その箱は、大人がちょうど一人入れる程度の大きさだ。
「木棺かよ……」
しかも、棺を閉じている蓋の隙間からは何やら白い気体がゆっくりと漏れ出ていて、俺達の足元を漂ってくる。
まるで死体から霊魂が抜け出ているようで、背筋がぞっとした。
「なんで棺が……死体がこんなにあるんだっ!?」
「死体とは失礼な! 立派な実験材料だぞ!!」
奥で椅子に腰掛けていたクランクが怒鳴りつけてきた。
「墓泥棒までやっているのかよ」
「そんな非効率なことはしない。専門業者からひとついくらで買い上げるんだ」
「……イカレ野郎め」
墓泥棒から死体を買いつけるなんて、つくづく狂っていやがる。
あまりのおぞましさに吐き気を催すほどだ。
ネフラなんてすっかり怖がってしまって、俺に引っ付いているじゃないか。
「そう慌てなさんな。まずは自己紹介してくれないかな、二人とも」
ザナイトはおもむろに棺へと座ると、俺達に話を振ってきた。
棺を椅子代わりにするなよ……。
「俺は冒険者のジルコ。この子は相棒のネフラだ」
「初めましてジルコくん。ネフラくん。……で、きみ達の用件はなんなの?」
ザナイト教授が急かすように尋ねてくる。
俺もさっさと本題を切り出したいと思っていたところだ。
「クランク教授。あんたが若返りの秘薬を持っていると聞いて訪ねてきた」
「それはご苦労なことだな。……で?」
「俺に秘薬を譲ってほしい。ダイヤモンドと交換というのはどうだろう?」
「嫌だねーーー!!」
……まぁ、こうなるよな。
きっと俺に首を絞められたことを根に持っているんだ。
「若返りの秘薬って何のこと? そんな物いつ作ったんだいクランク」
「作ったのは僕じゃない。……まぁ、大天才の僕になら作れないこともないが」
「はいはい。で、秘薬って何なのさ」
「賢者の七遺物のひとつだ。昔、僕が不死の霊薬の研究のためにコイヌール先生から一瓶いただいた」
コイヌール?
さっきザナイト教授が言っていた〈三厄災〉とやらのことか?
先生って……人の名前だったのか。
「別にいいじゃないか。あげちゃえば?」
「馬鹿なことを言うな! 先生からのいただき物をそう簡単に手放せるか!!」
クランクがジロリと俺を睨みつけてくる。
「しかし、今の僕が注力しているのは人造人間だ。若返りの秘薬など、別段必要なものでもない」
「なら!」
「でも、ダメだねーーー!!」
……こいつ、ムカつく。
四百年以上生きているくせに、このガキっぽさはなんなんだ!?
舌まで出しやがって……!
「とは言え、ひとつだけ考えてやってもいい条件がある」
「なんだ!?」
「お前の隣にいる女の子を実験材料に差し出せ!」
「殺すぞてめぇ」
俺は自分でも驚くほど速やかに、ミスリル銃を抜いてクランクへと向けていた。
「ジルコくんっ!」
「……あっ。すまない」
ネフラに銃を押し下げられて我に返った。
うっかり引き金に指をかけるところだった……危ない危ない。
「こ、こいつ今、僕を撃つ気だったぞ!?」
「きみが下らないこと言うから。見てみなよ、二人の睦まじさを。理想的なつがいじゃないか」
ザナイト教授が言った直後、ネフラが顔を耳まで真っ赤にして俺から離れた。
つがいとは、俺もちょっと気恥ずかしい。
「この子に何の実験をするつもりだったの?」
「だってハーフエルフだぞ! エルフと同等のエーテル素養を持ちながらも、寿命がヒトのそれと同じ程度になるというハーフの不思議体質、ぜひ解明したい!!」
ネフラがハーフエルフだと見抜いていたのか。
しかし、そんなことのために大事な相棒のネフラを提供できるわけがない。
「ダメに決まっ――」
「絶対に死んでも嫌です」
俺が言う前にネフラがキッパリと断った。
これほど明確に拒絶の意思を示すネフラは初めて見る。
「ふん。ハーフエルフは闇市場で高値がつくからな。それだけの資産、手離したくない気持ちもわかる」
こいつ、言うに事欠いてネフラのことを資産だと!?
もう許せん……!!
俺が再び銃の握り手に触れた時――
「ぶぐわぁっ!」
――クランクの顔面をミスリルカバーの本が直撃し、奴はバランスを崩して椅子から転げ落ちた。
本を投げつけたのは言うまでもなくネフラだ。
「下品な男、恥を知れっ!!」
ネフラの顔を覗き見ると、顔を真っ赤にして激怒していた。
これほどマジギレしたネフラも初めて見る。
「やれやれ。心無い天才は害悪だねぇ」
本を拾って、ネフラへと手渡すザナイト教授。
四百年来の馴染みが顔を潰されたのに彼女はずいぶん嬉しそうだ。
「ぐぐっ……。凶暴な女は嫌いだ……!」
床に尻をついていたクランクが、よろよろと立ち上がった。
鼻を押さえる指の隙間からは鼻血が流れ落ちている。
ざまぁみろだ。
「やるじゃないか、ネフラ」
「恥ずかしいところ見せちゃった」
言いながら、ネフラが照れ笑いを浮かべる。
「……交渉決裂、か」
「当たり前だ! こんな暴力を振るわれて頼みなど聞けるかっ」
クランクが鼻血をぶちまけながら怒鳴り散らした。
そこにザナイト教授が割り込んでくる。
「そうは言うけどさ、クランク。きみ、本当に秘薬を持ってるの?」
「何を言う!?」
「棺の数、全部で十四基か。つまり十四体の死体を買い集めたわけだ」
「正規の手続きで買ったものだぞ。何も問題はない!」
「あれれ、妙だな。きみは何年も前から資金繰りに苦慮していただろ。そんなお金あるの?」
「む、昔のことだっ」
「ブリッジではドラゴグの慣習にならって遺体は火葬される。きみが手に入れた死体は、この都で買いつけたものではないね?」
「うっ」
「検問の厳しいブリッジに、よその町から死体を運ばせるのはかなりの労力だ。十四体ともなれば、値も張るだろう」
「ううっ」
「大方、商人ギルドに死体を発注したんだろ。で、きみは見返りとして――」
「言うなぁぁっっ!!」
……呆れた。なんて奴だ。
ザナイト教授の推理が意味するのは、つまり――
「秘薬を担保に実験材料を手に入れたなんて、先生に顔向けできないっ!!」
――というわけか。
「白状したね。恩師の形見すら使い捨てるクズっぷり……清々しいよ」
「ううう、うるさいっ! 貴族どもが研究資金を出さなくなったのが悪いんだ! 僕は悪くないっ!!」
なんてこった。
若返りの秘薬はすでに商人ギルドの手に渡っていたのか。
ならば、なんとかして彼らから手に入れるしかない。
より交渉難易度が上がってしまったが、どうする……?
「くそっ。クロードといい、あんたといい、錬金術師ってのはほんと勝手な生き物だな!」
俺は苛立ちを吐き出すために、傍の棺を蹴飛ばした。
……ごめん、中の人。
「今、クロードと言ったか?」
「え?」
「……その記章! お前〈ジンカイト〉の冒険者か!!」
今さら気づいたのか。
そう言えば、この男にはクロードが師事していたんだったな。
「あいつは――クロードは今どこにいる!?」
突然クランクが俺に掴みかかってきた。
「な、なんだよ急に!?」
「言えっ!」
クロードが生きていることを漏らすわけにはいかない。
あいつもこんな男に自分の生存を知られたくはないはずだ。
「クロードは……死んだよ。教皇庁の聖剣盗難事件の折に犠牲になって、な」
教皇庁には、そのように触れ回ってもらうように伝えてある。
これもすべて教皇様の慈悲の成す業だ。
「……そう。クロードくん、死んだんだ」
ザナイト教授は、虚空を見つめながら小さくつぶやいた。
一方、クランクは――
「あの馬鹿者め! せっかく素質を見込んで人造人間の知識を授けてやったのに、ふらりといなくなったと思ったら死んだだと!?」
――青白い顔を赤くまでして怒り猛っていた。
「助手になるという契約まで反故にしやがって!」
「たぶん身から出た錆だと思うぜ」
「このままでは後れを取り戻せない! スフェンのやつに先を越されてしまうぅ~~!!
「いいかげん、離れろ」
しがみつくクランクを引き剥がし、俺は踵を返した。
「帰るのかい、ジルコくん」
部屋を出ようとした時、ザナイト教授に呼び止められた。
「ええ。お別れです」
「そうだね。でも、きみ達とはまた会える気がするな」
その優しいほほ笑みを目にして、俺はドキリとしてしまった。
俺も彼女とまた会えることを期待しているのか……?
そう思った瞬間、俺はネフラに廊下へと突き飛ばされた。
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