表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/302

4-018. アカデミアの奇人②

 猿の咆哮(ほうこう)と共に、赤い魔法陣から炎が飛び出した。


「ネフラ!」

「はいっ」


 俺は声掛けと同時に足を止め、ネフラは本を開いて俺の前へ。

 そこにめがけて熱殺火槍(ファイア・ランス)が飛んでくるも――


「無駄よ!」


 ――炎はたちまちネフラの本へと吸い込まれて消えた。

 その光景を目の当たりにして、猿は困惑している様子だ。

 魔法が無効化されるなんて稀有な体験をすれば、誰だってそうなるわな。

 次は、こちらの攻撃(ターン)と行こう。


「隙だらけだっ」


 ネフラの横から飛び出し、棒立ちとなっている猿へとミスリル銃(ザイングリッツァー)を構える。

 狙いは、その超重量を支える足の膝関節だ。


「食らえ!!」


 引き金を引いた直後、銃口から放たれた橙黄色の光線が標的を貫く。


「アガァァァッ!」


 猿が悲鳴をあげながら横転した。

 膝にはぽっかりと拳大の穴が空いており、煙を上げている。


「やった!」

「まだだ。油断するなネフラ!」


 ぴょん、と飛び跳ねて喜ぶネフラを即座に(いさ)める。


 魔法が使えることがわかった以上、奴はただの猿じゃない。

 どれだけ状況が優勢であっても、魔法攻撃は一撃食らえば逆転されるほどの威力を持っているのだ。


「ごめんなさい……」

「慎重に距離を詰めるんだ。相手は一匹、油断しなければ制圧はすぐだ」


 俺は銃口を向けながら。

 ネフラは新しいページをめくりながら。

 ぞれぞれ猿との距離を詰めていった。


「アガガッ……!!」


 痛みにうめいていた猿が俺達の近づく気配に気付いた。

 しかし、片膝を撃ち抜かれてしまっては立ち上がることなどできまい。

 引き金を引き、猿が握っていた宝飾杖(ジュエルワンド)を即座に破壊する。

 先端に備え付けられていた宝石を砕いた今、もう魔法は使えない。


「ガアアァァッッ!!」


 叫んで威嚇(いかく)したって怖くもなんともない。

 身動きも取れず、魔法も封じられた今のお前は、ただの猿なんだからな!


「グウオオォォォォッッ!!」


 ……と思ったら、猿め。

 背中の大剣を引き抜いて、それを杖代わりにして立ち上がってしまった。

 まだ抵抗する気力が残っているのか。


「グウウゥゥ……ッ」


 猿は左手で貫かれた膝を押さえながら、右手で大剣を振りかぶった。

 片腕だけであの大きさの剣を持ち上げるとは……。


「ネフラ、離れろ!」


 ネフラに声をかけた後、俺は弧を描くようにして猿の背後へと回り込んだ。

 あの腕力は驚異だが、俺は何も力比べをしたいわけじゃない。

 あとは剣の持ち手を撃ち抜いて制圧完了だ。


「大人しくしろっ」


 猿の背後から、大剣を握る右手を撃ち抜く。

 手のひらには穴が空き、指先の力を失った猿は大剣をポロリと取り落とした。

 これで終わりだ。

 俺がそう確信した直後――


「グオオオッ!!」


 ――猿は身を捻るようにして俺へと振り返り、左手で空中を落ちていく大剣の剣身を鷲掴みにした。

 そして、刃が指に食い込むのも構わず、大剣の腹で俺を殴りつけた。


「ぐあっ!」


 とっさにミスリル銃(ザイングリッツァー)の銃身で防御したものの、その力は凄まじく、俺は勢いよく吹き飛ばされてしまった。

 かろうじて頭からの墜落は避けたものの、背中から落ちて呼吸ができない。


「げほっ、げほっ! ……ぐっ……うぅ」


 なんとか呼吸が回復したので立ち上がった。

 猿の方は、足を引きずりながらも俺へと向かってきていた。


「グルルルッ……!」


 口からはよだれを垂れ流し、興奮のあまり白目を向いている。

 どう見ても正気を失っているようにしか見えない。


「武器を捨てて動くな! これ以上やるなら殺すことになる!!」


 この猿は、見た目は猿だが中身はゴブリンだったはず。

 それを思い出し、言葉での説得を試みるが――


「ゴルルルァァァッッ!!」


 ――どうやらダメなようだ。


 猿は自分に向けられた銃口に怯む様子も見せず、大剣を振り下ろしてきた。

 とっさに後ろに飛び退いて直撃は免れたが、大剣の腹が地面を抉り、大量の雑草と土が巻き上げられて俺の視界を覆い隠してしまった。

 さらに、追い打ちをかけるように――


「ゴルルルァァァァッッ!!!!」


 ――猿の馬鹿でかい声が、俺の鼓膜を揺さぶる。

 その音に、わずかに反応が遅れた。

 視界を塞ぐ土埃を振り払った時には、俺の前まで距離を詰めた猿が大剣を振り上げていた。


「マジかよ」


 一瞬、背筋が凍る。

 俺がつま先に力を入れるよりも早く、猿は大剣を振り下ろした。

 とてもじゃないが今の体勢では躱すのは無理だ。

 一方で、猿の方も万全の一撃じゃない。

 ならば――


「受け止めてやるっ!!」


 ――俺の頭へと振り下ろされる刃に、ミスリル銃(ザイングリッツァー)を横にして突き上げた。

 ガァンッ、という衝突音と共に、凄まじい衝撃が俺を襲う。

 銃身を突き出した両手を。

 それを支える両腕を。両肩を。胴体を。

 そして両足へと、一瞬にして衝撃が貫いていった。


「ぐぐううぅぅ……っ!!」


 これ以上ないほどに歯を食いしばり。

 骨が砕けたのではないかと思うほどの痛みを耐えて。

 かろうじて、なんとか、ミスリル銃(ザイングリッツァー)で猿の痛烈な一撃を受け止めた。

 だが、その代償はなかなかに大きい。

 ……足が動かねぇっ!


 一撃で押し潰されるのは免れた。

 しかし、いまだに危機は去っていない。


「ゴルルァァッッ!!」


 猿が俺の筋力を遥かに超える膂力(りょりょく)で、ミスリル銃(ザイングリッツァー)へと大剣を押し込んでくる。

 体へと圧し掛かる重みがどんどん増していく。

 俺は片膝をつき、そしてすぐにもう片方の膝も地面につくはめになった。

 このままでは押し潰されるのは時間の問題だ。


「な、ん、で、お、れ、は……!」


 なんで俺は、こんな馬鹿でかい猿と力比べをしているんだ。

 背後を取ったとはいえ、うかつに猿に近づいたのは俺の失策だった。

 その結果、こんな格下の相手にこの様とは……。


「うおおお……!」

「ゴルルルアアァァッッ!!」


 こんな無様な姿、あいつらに見られでもしたら――


 クリスタなら、蔑みの表情を浮かべて眺めているだろう。

 ゾイサイトなら、呆れ果てて立ち去るだろう。

 クロードなら、やれやれと言いつつ助けてくれるだろうか。

 ジャスファなら、笑いながら石でも投げつけてくるに違いない。


 ――情けない。

 次期ギルドマスターともあろう者が!


「ぐぐぐぐっ」


 こんなつまらんことで、やられてたまるかっ!!


「ぐがあぁああ――」


 全身全霊を懸けて俺は左腕を押し上げた。

 ゆっくりと銃身が傾いていき――


「――あああぁぁっ!!」


 ――圧し掛かっていた大剣を、銃身で滑らせることに成功した。

 銃身を伝って斜めに滑り落ちた刃先は、俺の右肩をかすめて地面へとめり込む。

 さらに、勢い余った猿が足を滑らせてその場に横転。

 これ以上ない好機だ。


「悪いな。その腕いただくぜ」


 俺は痺れる指先をかろうじて動かし、地面に向かって引き金を引いた。

 引くだけではない。引き続けた。

 それによって銃口から射出される光線は維持され、そのまま横薙ぎに動かす。

 地面を焼く光線は、倒れていた猿の左腕を二の腕から切断した。


「グガアアアァァァッッ!!」


 焼き切れた腕が地面に転がる。

 猿が激痛に身を震わせ、地面の上を駄々をこねるように暴れ始めた。


「元気があり余っているな、お前」


 斬り撃ちによって破損した宝石を装填口から捨て、新しい宝石に入れ替える。

 そして、暴れる猿の頭部へと銃口を向けた。

 だが――


「……くっ」


 ――引き金は引けなかった。


 この猿は、猿じゃない。

 イカれた錬金術師(アルケミスト)によって、ゴブリンの脳に入れ替えられた哀れな動物なのだ。

 否。脳がゴブリンなら、人……なのか?

 何にせよ、戦闘不能に陥った猿にとどめを刺す気は失せた。

 一方で、言いようのない感情が込み上げてくる。


「なぜ、とどめを刺さない?」


 突然、背後から声をかけられた。

 振り返ると、そこには顔色の悪い奇抜なヘアスタイルの学生が立っていた。

 何やらさっきと様子が違う印象だ。


「放っておいても何もできやしない」

「失敗作なわけだから、とどめを刺してもらって構わないんだが」

「お前なぁ! この猿がこんなことになったのも、元はと言えばクランク教授とやらのせいだろうが!」

「だからといって、どうしろと?」

「今すぐ教授を連れてきてくれ! そいつにこの猿を治療させた後、謝罪させてやる!!」

「治療も謝罪もする理由なんてあるか?」

「とにかく連れてきてくれ! 絶対に謝らせてやる!!」

「僕は悪くない」

「え」


 学生が露骨に不愉快そうな顔を浮かべている。

 そして、今の言葉――


「お前、まさか」

「学生の芝居が堂に入っていたかな?」


 ――この学生(・・・・)と俺の認識にはズレがあった。


「お前が――」

「今頃気づくとは勘が鈍い。僕がクランクだ」


 その刹那。

 俺の中の言いようのない感情が怒りとなって爆発した。


「てめぇがぁぁっ!!」


 言うが早いか、俺は銃を放り出して目の前の男の胸倉を掴み上げていた。


「な、何をするっ」

「猿も、ゴブリンも、てめぇの実験道具じゃねぇんだぞ!!」

「何を言うっ! 猿も、ゴブリンも、僕が金で買ったものだ! 自分の所有物を何に使おうが、僕の自由じゃないか!!」

「……!」


 猿はともかく、ゴブリンも金で買ったって言うのか?

 ゴブリンも人間だっていうのに、金で命を自由に扱えると思っているのか、このイカレ野郎がっ!!


「ゴブリンの命は、何グロウだ……? てめぇの命は、何グロウだ……っ!?」

「あばばばばば……っ。や、やめ……くるし……っ」


 クランクの青白い顔が、一層青くなっていく。

 このまま理性を捨て去って絞め殺してやりたいところだが――


「ジルコくん、やりすぎっ!」


 ――ネフラの声が耳に届いて、俺はパッと両手を離した。


「あばっ」


 クランクは背中から地面に倒れ、白目を剥いて泡を吹き出した。

 ビクビクと痙攣しているが……まぁ死にはしないだろう。


「少しは反省しろ、イカレ野郎」

「ジルコくん……」


 傍に立つネフラが怯えたような顔で俺を見上げている。

 今の俺、ずいぶん怖い顔しているんだろうなぁ。

 ……気まずいな、くそっ。


「なぁ、大学には常駐の癒し手(ヒーラー)はいないのか!?」


 周りで腰を抜かしている学生達に尋ねるも、誰も返答してくれない。

 猿の脅威はもうなくなったって言うのに……。

 まさか教授を昏倒(こんとう)させた俺を怖がっているんじゃないだろうな。


「このまま猿を放置したら失血死しちまうぞ……!」


 今はもう猿は大人しくなり、小さくうめくだけに留まっている。

 ……出血し過ぎて、意識が朦朧(もうろう)としているのだろう。


 いっそのこと、頭を撃ち抜いてやれば楽に死ねるか?

 でも、それではあまりにこの猿が――ゴブリンが報われない。

 俺が歯噛みしていると――


「出迎えがないと思ったら、なんだいこの騒ぎは」


 ――女性の声が近づいてきた。


「おやおや。クランクが白目剥いて倒れてら! その近くには大きなお猿さんまで」


 どこかで聞き覚えがある声。

 声の主に向き直ると、俺は驚いた。


「ん、きみが犯人か。猿殺し? クランク殺し? どっち? どっちも?」


 俺はこの女性に見覚えがある。

 体にフィットしたワンピースを着て、その上から白衣を羽織った女性。

 雪のような白い肌に、グラマーな体型。

 透き通るような碧色の目は寝惚(ねぼ)(まなこ)で、なびく金色の髪はボサボサだ。

 耳の先は尖っていて、両の耳たぶにサファイヤのイヤリングをつけている。

 クロードの記憶の中で(・・・・・・・・・・)見た彼女(・・・・)にそっくりだ。

 否。絶対に本人だ。


「ザナイト……教授?」

「いかにも! 私が霊性生命神秘学の権威、ザナイトだ!!」


 不意にその名を口走ってしまった俺に、彼女は大きな胸を張って自己紹介を始めた。


「ところで、きみは誰?」

「あ」


 ……しまった。

 俺は彼女のことを知っているけど、彼女は俺を知らないのだった。


「きみ、私のこと知ってるのかい? どこかで会ったかな?」

「あー。えぇと……」

「どうも私の記憶にはない顔だなぁ」


 ザナイト教授が、ぬっと顔を近づけてきた。

 息がかかるほど間近で顔を見上げてくるザナイト教授に、俺は――


「……!」


 ――不覚にも、ワンピースの開けた胸元から覗かせるたわわ(・・・)な胸の谷間に目が行ってしまった。

 いや、しかし、これは不可抗力というものだ!


 その時、ドスン、という音が聞こえた。


「ジルコくん――」


 俺の背中に、よく聞き知った声と刺すような視線が届く。


「――少し、近いんじゃないかな」


 落ち着いているようで、にわかに怒気を含んでいるネフラの声。

 きっと彼女の足元には本が落ちているのだろう。

 その顔は……たぶん笑っていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブックマーク、感想、評価など お待ちしております。



以下より「最強ギルドの解雇録」の設定資料を閲覧できます。

《キャラクター紹介》  《ワールドマップなど各種設定》


【小説家になろう 勝手にランキング】
cont_access.php?citi_cont_id=365597841&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ