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4-014. 身儘の魔女

 クリスタは走行する馬車の荷台にふわりと着地した。


「ごきげんよう。ジルコ、ネフラ」


 俺とネフラを一瞥するなり、彼女は積み荷の上にお尻を乗せた。

 そして、手にしていたブラックダイヤの宝飾杖(ジュエルワンド)を胸の谷間へと押し込む。

 ……いくら短い杖とはいえ、そんなしまい方あるのか!?


「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、どうしたのジルコ」

「まさか空を飛べるなんて知らなかったよ」

「あら、そう? そういえば、あなた達の前で飛んだことはなかったわね」


 クリスタは積み荷の上で足を組み、くすりと笑った。

 馬車に揺られて、魔法装束(ソーサレスドレス)の裾が慌ただしくめくれ上がる。

 短い裾から露になる太ももを目にして、俺は目のやりどころに困った。


「ジルコさん、その女性は……?」


 御者台の方からスロウの声が聞こえてきた。

 振り返ると、スロウが頬を赤くしてクリスタを見入っていた。


「えぇと……彼女はクリスタリオス・パープルオーブ。ギルドの仲間――」

「クリスタリオス・ルーナリア・パープルオーブ、よ」


 紹介の途中でかぶせられてしまった。

 クリスタは少々ムッとした顔をしている。

 通り名をうっかり省略してしまったことが気に障ったらしい。


「す、素敵なお名前ですね。クリスタリオスさん、と呼んでも?」

「もちろん。よろしくね、ウサギさん」


 スロウはだらしない顔を見せながら、嬉しそうにウンウンと頷いた。

 この男、可愛い見た目をしているくせに女好きなのか?


「ちゃんと前向いて手綱を握れよ、スロウ!」

「あ、はい。これは失礼」


 そう言って、スロウは正面に顔を戻した。

 荒れ地を走っているのだから、もっと緊張感を持ってほしい。


魅了(チャーム)の魔法でも使ったのか?」

「まさか。私ほどにもなれば、そんなものなくとも人を魅了することなど造作もないわ」

「あそう……」


 クリスタの傲慢(ごうまん)な自己評価には強い説得力を感じた。

 豊満な胸元に、スリットから覗かせる脚線美。

 こんなものを見せられては、男なら誰だって気が迷ってもおかしくない。

 ……まずい。完全にクリスタの術中だ。

 このままペースを握られるのは俺としてはうまくない。


「空を飛べたら、通行税に悩まされることはないんだろうな」

「町から町に移動するたびに飛び回りはしないわよ。それに、そんなものをケチるほど寂れた生活は送っていないわ」


 そうだろうよ!

 お前達が後先考えずに銀行から金を借りまくっているせいで、今のギルド財政に繋がっているんだ。

 依頼(クエスト)で稼いでいるなら少しは借金を返しやがれ!

 ……とは言えない。


「なんだか不満そうな顔ね」

「いや、別に……」


 不満を漏らせば、どんな反撃を食らうかわかったもんじゃない。

 ……くそぅ。

 完全にクリスタに主導権を握られてしまっている。


精霊奏者(エレメンタラー)でもないのに、空を飛べる人間がいるとは思わなかった」

「そうね。普通の魔導士(ウィザード)ならそんなことできないわ」


 ネフラが会話に割り込んできてくれたおかげで、クリスタの刺すような視線から解放された。

 いつの間にか額に滲んでいた汗をそっと拭う。

 未来で殺された(・・・・・・・)トラウマが、彼女に対する苦手意識を一層強めているのかもしれない。


「やっぱりクリスタリオスは凄いのね」

「もちろんよ。私はその他大勢の凡夫とは出来が違う、選ばれし者なのだから」

「あなたがそれを言っても誇張には聞こえない」

「でしょう? 今日はずいぶん私を立ててくれるわね、可愛いネフラ」


 クリスタが妖艶な笑みを浮かべながら言うと、ネフラはビクッとして積み荷の陰に隠れた。

 クリスタを心底怖がっているのはネフラも一緒か……。


「ところで、あなた達どちらまで?」

「ヴァーチュだ」


 この女に下手な嘘は逆効果だ。

 もし嘘をついたことを知られようものなら、どんな嫌味を言われるか。


「この時期にヴァーチュまで? ……ふぅん」


 クリスタが(いぶか)しむような様子で俺を見入ってきたが、狼狽(うろた)えてはダメだ。

 彼女は俺が解雇通告を行っていることを知っている節がある。

 自分がその対象であることはクリスタも察しているのだろうが、万が一にでもその方法が若返りの秘薬で懐柔する、という手段だと悟られてはならない。

 秘薬の存在をクリスタに知られれば、彼女が自ら入手に乗り出すかもしれない。

 そうなれば、彼女と交渉する材料が失われてしまう。


「そろそろ銃を下ろしてくれない? レディに対して失礼よ」

「あっ。……すまない」


 俺はいつの間にかクリスタへと銃口を向けていた。

 無意識のうちに、彼女に対する警戒心が働いたのだろうか。

 俺はミスリル銃(ザイングリッツァー)を元通りホルスターへと収めて、その場に座った。


「ふふふ。いい子ね」


 クリスタが満足げにほほ笑みながら、俺を見下ろしている。

 その目がいつ殺意のこもった冷たい眼差しになるのか、俺は気が気ではなかった。





 ◇





 その後、俺達の馬車は農道を進んで元の街道へと合流した。

 当初の予定通り、スロウが手紙を届ける必要のある最初の町へと立ち寄り、今日はここで宿を取ることになった。

 空の暗雲は晴れ、代わりに夕焼けが町を照らしていた。


「僕は駅逓館(えきていかん)に立ち寄って、馬の替えと積み荷の引き渡しをしてきます」

「俺はちょっと宝石店を見てくる。ネフラは宿の手続きを頼む」

「わかった」


 ネフラやスロウと別れて、俺が町を歩きだすと――


「アンへのプレゼントでも買うの?」


 ――当然のように、クリスタが俺の後をついてきた。


「なんで俺についてくるんだ」

「別にいいでしょう。何もすることがないのだから」


 ここで邪険にするのも後が怖い。

 俺は仕方なくクリスタの同行を認めることにした。


「アンの誕生日のこと、きみも知っていたんだな」

「厳密には、あなたから誕生日プレゼントをもらう、という話だけれどね。あの子、ギルドで会うたびにその話をしてくるわよ」

「言いふらしているのか……」

「口にした言葉は強い力を持つ。あなたが約束を破れないように、あの子なりに手を尽くしているのよ」

「よしてくれよ。俺は約束を反故になんてしないぜ」

「戻って本人に言っておやりなさい」


 そう言われて、俺は気がついた。

 ブリッジまでおよそ七日。

 とんぼ返りしても、王都に戻るまで最低二週間はかかってしまう。

 つまりアンの誕生日当日に祝ってやることは不可能なのだ。

 出がけにアンが怒りだしたのは、それが原因だったのか……!


「……まずったな」

「どうしたの?」

「アンの誕生日にギルドに帰れそうにない」

「ヴァーチュからなら、急げばギリギリ間に合う距離だと思うけれど?」

「そ、そうかな……」


 ……ヤバい。

 うっかりヴァーチュより遠くへ行くことを匂わせてしまった。

 勘の良いクリスタのことだ。

 どんな些細な情報で俺の企みを看破されるかわからない。

 彼女の前での言動には十分な注意を払わなければ……。


「ねぇ、ジルコ」

「なんだい」

「ヴァーチュへ何をしに?」


 ……やっぱり聞いてくるよな。


「言う必要があるのか?」

「私の時を無駄にするつもり?」

「質問を質問で返すなよ」

「二度は言わないわ」


 我儘(わがまま)すぎる。

 強引に馬車に相乗りした上、今だって勝手に俺についてきているくせに。


「さすが〈身儘(みまま)の魔女〉クリスタだな」

「その呼ばれ方は好きじゃないわ。それに私をクリスタと呼ばないで」


 俺の背中をピリピリと嫌な気配が叩いてくる。

 直接見なくとも、クリスタの顔が不満の色に染まっているのが手に取るようにわかってしまう。

 さて、どうやって言い(つくろ)えば俺は無事に済むだろうか……?


「……ヴァーチュで」

「で?」

「親友が死んだ」

「え」

「その墓参りに、きみの許可なんていらないだろう」


 すまないメテウス。

 お前の死をこんなことに利用してしまって。


「……誰が?」

「メテウスだよ。きみも知っているだろう」

「そう。彼が……」


 背中に感じていた威圧的な気配が、少しずつ静まっていくのがわかった。

 クリスタも人の不幸に同情するような一面があるんだな。


「ねぇ、ジルコ」

「なんだよ」

「もうすぐ日も隠れて、夜になるわ」

「何の話をしているんだ」

「私は、夜の静寂がこの上なく好きなの」

「はぁ?」


 突然そんな好みを公表されても返答に困る。


「夜の静寂ほど心落ち着くものはそうそうないと思うの」

「そうかな……。まぁ、そうかもな」

「その静寂を破る無粋な(やから)がいようものなら、私は烈火のごとく怒るでしょうね」


 そこまで聞いて、俺はクリスタが何を言いたいのかを察した。

 静寂とは、今の自分が居る環境。

 無粋な(やから)とは、解雇通告をする俺のこと。

 ……これは、脅しだ。


「おやすみなさい、ジルコ。良い夢が見れますように」


 俺が振り返ると――


「!?」


 ――すでに彼女の姿は街路から消えていた。





 ◇





 翌日――太陽が地平線の彼方から顔を出し始めた頃。

 まだ薄暗い空の下、俺とネフラは町の厩舎(きゅうしゃ)に停まっている馬車の前にいた。


「おはようございます!」

「おはよう。朝から元気だな、スロウ」

「馬に飼料をやり終えたら出発しますので、少々お待ちください」


 見れば、荷台に繋がれた馬が桶に顔を突っ込んでいる。

 馬は一度に数kgもの飼料を食べるから、出発にはまだしばらくかかりそうだ。


「ジルコくん。クリスタリオスは?」

「さぁ。俺達とは別の宿に泊まったみたいだから、わからないな」


 俺の前から消えて以降、クリスタの姿は見ていない。

 あわよくば、彼女にはこのまま出発の時間に間に合わないでほしい……と思った俺は卑怯者だろうか。

 その時、俺の背後から――


「おはよう。ウサギさん」

「あっ! おはようございますぅ~」


 ――あまり聞きたくない声が聞こえてきた。

 その声に鼻の下を伸ばすスロウを見て、俺は自分の悩みが馬鹿らしくなった。

 溜め息をついた後、俺は声の主へと振り返る。


「おはよう。クリスタリオス」

「ジルコ、昨晩はよく眠れたかしら?」

「ああ。悪い夢も見ず、ゆっくりと眠れたよ」

「それはよかったわね」


 ふふふ、と悪戯(いたずら)っぽい顔を浮かべるクリスタ。

 昨日の脅しに俺が堪えたかどうかを試したのか?


「ネフラ。食料の買い出しにいくから付き合いなさい」

「えっ。でも」

「馬を急かすことはないわ。来なさい」

「うぅ……」


 ネフラが困惑した顔で俺に視線を送ってくる。

 どう答えたものか、と思っていると――


「まだしばらくかかりますから、行ってきてくださいネフラさん!」


 ――スロウが余計な後押しをしてしまった。


「ネフラ、手伝ってやってくれ」

「うぅ~」


 俺を睨んで不満を訴えるものの、ネフラは渋々クリスタについていった。

 ごめんな、ネフラ。

 お前にはクリスタの機嫌取りを頑張ってもらいたい。


「いやぁ、ジルコさんが羨ましいなぁ――」


 二人の後ろ姿を見送っていると、突然スロウが言い始めた。


「――お二人とも絶世の美女じゃないですか。まさに両手に花ってやつですね!」


 こいつ、俺の苦労も知らないでよくもそんなことを。

 それはクリスタの本性を知らないから言えることなんだぞ!


「ほんと羨ましい。〈ジンカイト〉にはあんな美女がたくさんいるんでしょ?」

「たくさんって……。別にウチのギルドはそんなこと――」


 俺の脳裏に、次々とギルドの女性冒険者が思い浮かぶ。


 ジャスファ。

 フローラ。

 ルリ。

 ジェリカ。


「――あるかもな」


 たしかに、〈ジンカイト〉の女性冒険者は美人揃いだ。

 しかし、それはあくまで外見の話。

 彼女達がいかに扱いにくい存在なのかは、身内の人間にしかわかるまい。


「いいなぁいいなぁ。あんな美人達が傍にいるから、〈ジンカイト〉はどんな危険な依頼(クエスト)もこなしてしまう最強ギルドになれたんですねぇ!」

「ギルドの名誉のために言っておくけど、それは違うからな」


 勇者しかり、世間に知れ渡った英雄には一定数のファンがつく。

 それは〈ジンカイト〉の冒険者も例外じゃない。

 特に、殺伐とした冒険者ギルドに(はな)を添える女性冒険者には、熱烈な支持が高じて後援者(パトロン)となる者もいるほどだ。

 そんな連中がジャスファやフローラ、クリスタの本性を知ってどう思うか。

 ……ちょっと気になるところではある。

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