メス堕ちしてて草!
当日に思い付けてれば良かったのに。
2月14日。校内は甘い香りで満たされている。そんな錯覚を覚える程、今日の彼女は浮き足立っていた。
高校入学から2年間使っているスクールバッグには、友達から1歩進むためのチョコレートが忍んでいる。
馴れないお菓子作りに悪戦苦闘しながらも、精一杯の想いを込めた甘いチョコレート。
いつ渡そうか、どんな風に渡そうか。時には妄想に逸れながら、今朝は登校してきたのだ。
高鳴る胸と膨らむ期待に、気付けば小走りで教室に向かっていた。
そんな彼女の教室前に見慣れぬ人影。
(あれ? Sセンパイじゃん)
彼女は3年生の有名なセンパイで、半年前まで生徒会の副会長を務めていた。リーダー気質で人使いが荒く、副会長ながら実質的な生徒会の長であった。イニシャルがSな事からそのまま「Sセンパイ」又は「サドセンパイ」と呼ばれている。
(何でうちらの教室居んの?)
真面目なイメージのSセンパイだが、何故か今日に限りチョコ菓子を食べている。
(Sセンパイも学校でお菓子食べるんだ、つか何で○ッポ? どうでもいいけど。あいつもう来てっかな)
彼女がドアに向かうと中から誰かが出てきた。彼女の想い人、真山君だ。
(真山! 急に出てくんなし! 心の準備が!)
だが事態は彼女を待ってはくれず、激流の様に進んでいく。
Sセンパイが、チョコ菓子をくわえたまま真山君の襟を掴み引き寄る。
「え!?」
驚きに開いた真山君の口に、短くなったチョコ菓子ごとキスをするSセンパイ。
ややあって唇が離れる。
「私のモノになりなさい、答えは?」
「・・・はい」
Sセンパイは勝ち誇るように、彼女に視線を向けた。つられて真山君も彼女を見る。
ポォっとした顔から、我に返って照れ笑い。
「メス堕ちしてて草!」
そんな風に強がり教室に逃げ込むのが精一杯だった。
一部始終を見ていた友人が慰めてくれる。
「まぁ、ほら、あたしがいんじゃん! それにメス男子とか無いわ~!」
「・・・さっきまでちゃんと男子だったじゃん」
「どうせすぐ別れるって。3年はもう殆ど学校来ないし、春から大学生でしょ? すれ違いですぐ別れるって! よくあるパターンだよ!」
「・・・あげる」
本命チョコが友チョコに。
そんな彼女の落ち込み様を見てられなくなった男子がいた。
彼は力強く机を叩く。突然の暴力的な音に、一瞬教室が静まり返る。その間隙に彼は言い放った。
「その娘、私が貰い受ける!」
「ウッセー! キモオタは黙ってろ!」
だが彼女の友人が負けじと叫び返した事で、彼の勇気はただの奇行に成り下がった。
「ったく、おとなしくしてろっての、ねえ? あれ? どこ行くの?」
本命から友チョコに変わったチョコが、今また義理チョコに変わり、彼女から彼へ。小さく呟かれた感謝は彼に聴こえただろうか。
「え、マジ? 次はあれ? キモオタだよ?」
「別に。欲しいって言うからあげただけだし」
それを見ていた男子数名。
「「「「「その娘、私が貰い受ける!」」」」」
「ウッセー!バーカ! もうねぇわ!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
前書きに当日に思い付けば良かったと書きましたが、失恋話なのでむしろこれで良かったのかも。
最後までお読みいただきありがとうございました。