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第三十三話 曇天満ちる夢都の中で、幼女はその名を謳う

二か月もの間を開けての更新となってしまい、誠に申し訳ございませんでした。

これからも少しずつではありますが、更新はきちんと続けていく予定ですので、どうかこの作品を今後もよろしくお願いします。


 ところ変わって、アルフレッドがスティフと結んだ夢の世界にて。


「レンはあのヨウに言ってくれましたガ……サテ、こちらハどうしまショウか」


 変わらぬ憂鬱な鈍色の空の下、彼は困ったように呟いた。

 彼の視線の先には、錬と同様にロンドン市街の喫茶店に座らされているスティフの姿がある。

 ――そもそも、彼女をこの夢の世界に呼び寄せたのは彼にとって誤算だった。

 既に事情を話した錬や、これから話すつもりの陽菜とは違って、アルフレッドは彼女に頼るつもりは毛頭なかった。

 確かに彼女には、外見上の年齢には不相応な知性が見て取れる。それは彼自身、出会った時に盗み聞きした会話の中身から知り得ていた。

 だが、それでも年下の子どもには変わりない。そんな相手にまで情けない自分の重荷を背負ってもらおうとするほど、アルフレッドは恥知らずではなかった。


「とユーカ、ワタシたちはそこまでしてもらうほどの関係じゃないデスしネー……」


 また、最初にフードコートで議論を行って以降、二人にはろくに言葉を交わした覚えがない。

 アルフレッドのことを対等に扱い、助けてくれそうな錬たちとは違って、彼はスティフとの距離感をいまひとつ測りかねていた。

 故に本来ならば、そのような彼女をこの夢の世界に招くつもりはなかった。

 こうなってしまったのは、ただただスティフが自分の魔法の発動圏内に収まっていたから――それだけだった。

 だからといって、ただでさえ忌まわしく感じられるこの魔の都に錬たちとのやり取りが終わるまで彼女を一人寂しく閉じ込めておくというのも気が引ける。

 そう考えて、彼は申し訳なさそうな声で、ぼんやりと不思議そうに宙を眺める幼女に声をかけた。


「エート、スティフちゃん?」

「回答。発声対象、アルフレッド・アンブローズを認識」


 特徴的な答えを返すスティフ。

 同時に、彼女はそれまであてもなく彷徨わせていた視線を突如空中のとある一点に固定した。

 一見すれば、その先には何もなく、ただ曇天が広がっているだけのように見える。

 ――そこに、本来ならば分からないはずのアルフレッドの視点が存在するということを除けば、だが。

 錬のように辺りを見回す素振りもなく、彼女はなんの迷いなくアルフレッドの視点を見抜いた。

 しかし、そのことに対する驚きは彼の中にはなかった。


「やはり、こちらが見えているのデスね……」

「肯定」


 素直に頷いた彼女に、アルフレッドは自身の知識を思い出す。

 ――【魔眼保有者(バロール・ホルダー)】。通常では見えない幽霊などの非実在的存在を捉えることができる、もしくは認識するだけで視界内に何らかの影響を及ぼすことができる異能の瞳を持つ者。

 スティフはそのような特殊な者の一人だったのだ、と彼は納得した。

 一般人の中であれば畏怖され、崇め立てられるような代物だが、アルフレッドたちの過ごしていたような魔法の世界であればごくありふれた代物だ。そもそも、魔法を見ることが出来るというだけで一つの【魔眼(バロール)】として成立するのであり、それを持たなければ彼らの世界へ入門する事すら出来やしないのだから。

 先ほど話した錬の様子から察するに、二人は純粋な魔法使いの家系というわけではないように考えられる。突然変異か、もしくは先祖返りか。いずれにせよこちら側の知識はそこまで深く持っているわけではないだろう、と彼は推測した。

 それにしても、そのような眼の持ち主が偶然にも魔法使いの起こそうとしている事件に関わってくるとは、いったいどれほどの確率なのか。仮にも幻惑、隠蔽に長けた血を引く自分の術を見抜いたスティフの眼の性能がどれほどのものなのか――どれほどの価値があるのか。

 無意識の内に魔法使いとしての冷徹な思考を抱いてしまった、そんな自分に小さな嫌悪を抱きながらアルフレッドは話を続けた。


「確かめておきたいのデスが、アナタは今回のコト、どれだけ分かってマスか?」

「説明。現在、朱鶴遊園地ではアルフレッド・アンブローズが計画した無差別爆破事件が発生中。園内には計八つの爆発物が隠蔽されていたが、既に発見・通報は終了した。事件担当の警察官及び遊園地のスタッフと別れた後、犯人自身による突然の自白を経て、現状に至る」

「マー、はい。その通りデース」


 端的に事情を時系列順に述べたスティフの言葉は、本当に外見に対して不相応なものだ。

 多くの人がいる場所に爆弾を仕掛けるような危険人物を前にして、平常時から何一つ変化がない。

 決して、爆弾の意味を理解していないなどという無知から来る態度ではない。錬たちのように危険を承知した上で、こちらを心配しているわけでもないのに、どうしてこのようにしていられるのか――アルフレッドはそんな疑問を心の奥に押し込めながら、更に確認する。


「それデ、スティフちゃんたちハこの事件を止めたいのですよね?」

「肯定。それが我が主()の望み故に」

「分かりマシタ。――では、ワタシと一つ勝負をしませんか?」

「勝負?」


 首を傾げたスティフに、アルフレッドはその報酬を説明する。


「アナタが勝てば、ここから解放してあげマスし、爆弾も解除しますヨ」

「了解。具体的な勝負内容の説明を要求する」

「簡単デスよ。このロンドンの街の中デ、鬼ごっこをしまショウ。鬼ごっこのルールは分かりマスか?」

「検索……理解。鬼を演じる追跡役が他の人間役を接触することで捕縛する、遊戯の一種」

「その通りデース。今回はスティフちゃんが鬼になっテ、私を捕まえテ見せてくだサイ」


 それは一見して、錬たちとやることは変わらないように見える。

 ただ、そこに深い意図を込めたつもりはない。あくまでもスティフの暇をつぶすだけのお遊戯だ。

 彼女にはアルフレッドでも目を見張るほどの良い瞳と知能があるが、それ以外の身体能力などは恐らく見た目同様だろう。他の全てが終わるまで、適当にあやしていれば良い――そう、彼は楽観視していた。


「準備完了。追跡活動を開始する。捜索対象、個体名アルフレッド・アンブローズ……」

「エエ、頑張ってくだサイね」


 それだけ言って、アルフレッドは幽体離脱のようになっていた視点を元に戻した。

 復活した本来の視界――そこに広がるのは、何処までも続いている薄暗い空間だ。

 このロンドンの一角に密かに存在する、とある屋敷のとある一室。そこは、彼の心が抱える問題の核ともいえる場所だった。

 部屋の周囲はどこまで見渡しても果てがなく、一切の出口が存在しない。

 ただ濃霧のような闇がぼんやりと彼の周りを包み込み、ある種の檻のような役割を果たしている。


「……もっとも、こんなところにただの幼女が来られるワケないんですけどネー」


 アルフレッドは知っている。

 この秘密の場所を守るために、歴代のアンブローズが様々な罠や隠し通路を仕掛けていることを。アンブローズ家とはかつて初代がそうであったように、王家に仕える魔法使いにして相談役の一族。その秘蔵の知識の中には、築城に関するものも東西を跨いで積み重ねられている。

 それらの集大成とも呼べるこの屋敷の内部をたかが幼女が一人で、お遊び感覚で突破できるなどとは彼は夢にも思っていなかった。


「こちらを気にかけるよりも、さっさと陽菜と共有している夢の方へと移りマショウ」


 最初から真剣に相手をするつもりがなかったことを心の中で謝罪して、陽菜との間に結んだ魂の架け橋にアルフレッドが意識を傾けようとした――次の瞬間。

 ぎちっ、ぎちぎちぃっ……と、不快な感覚が彼の胸を中心に広がった。


「なッ……これハ、いったい?」


 まるで針虫に骨や肉の隙間を侵蝕されたかのような、何者かに体の中を弄られるおぞましい刺激。

 その不快な感触に、アルフレッドの脳が激しく警鐘を鳴らした。

 慌てて陽菜との同調を解除し、彼は自身の身体を見下ろす。

 表面上は何も異常は見られない――しかし魔法の自己精査術式を走らせてみれば、その違和感はすぐに正体を現した。

 いつのまにか、アルフレッドの身体には皮下組織から内臓に骨髄、毛細血管や末端神経の一つに至るまで、彼ではない何者かの魔力が張り巡らされていた。

 否、その正体は問うまでもなく明らかだ。

 なにせこの世界には今、アルフレッドと彼女の二人しか存在しないのだから――。


「まさか、アノ子が――?」


 慌てて視点をスティフへと戻すアルフレッド。

 目を瞑れば幽体離脱のように視点が身体を離れ、ロンドンの遥か上空へと浮かび上がる。

 そこから記憶にある喫茶店へと徐々に意識を近づけていくと――そこで発生していた光景に、彼は思わず「Oh,my god(なんということデース)....」と漏らした。

 直視することも憚られるような、濃密な魔力――スティフの言うところの虚子(イデオン)が、彼女の周囲で嵐のように渦を巻いていたからだ。

 よく目を凝らせば、その風は一つ一つが細やかな0と1によって構成されており、何らかの情報処理が行われていることが分かる。

 だが、彼女の扱うその時代錯誤的な未来の魔法術式はアルフレッドの由緒正しい骨董品な知識では理解できるはずもない。彼は対抗魔法を編むことも出来ず、ただ警戒を高めることしか出来なかった。

 その一方で、スティフは彼に見られていることも意に介さず、己の頭脳が選択したこの状況に相応しい特殊兵装の封印を静かに解除し始めた。


「想起完了。凍結封装、解凍率10%を確認。出力限定。局部展開を開始」


 彼女を取り巻く虚子(イデオン)の乱気流が一際眩い光を放つ。

 一切の澱みなく白銀に輝く術式の文字列が分裂、増殖を繰り返し、瞬く間に中心に座するスティフの姿を繭のように覆い隠していく。

 その中から羽ばたくのは、果たしてどのような代物なのか――戦々恐々とアルフレッドが見守る中、スティフはその武装の名を清らかな白薔薇の如き声で謳い上げた。


「――【戦姫装衣(ドレスコード)】〇〇三:【天 駆 地 鎮(ユィーズィオゥ)之竜吉公主・ルォンジィクォンチュゥ】」


 刹那、リボンのようにほどけた繭の隙間から漏れ出た爆発的な光の奔流が、この世界に滞留していた鈍重な負の空気を一息に吹き飛ばした。


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