第三十二話 ワタシを見テ、探し出シテ
「アナタには既に話しマシタが、ワタシは家族から今のこの在り方ヲ押し付けられナガラ育ちマシタ。男夢魔、女夢魔の栄養分は人ノ精気。それを男女カラ分け隔てなく吸い取れる、ハイブリッドとして育つヨウにネ」
頭の中に響くアルフレッドの独白に、そっと錬は目を閉じた。
ここから先は万に一つも聞き漏らしてはならないと、余計な感覚を廃して真剣に聴覚一点に意識を集中させる。
「……ワタシには、それが苦痛デ仕方なかったデス。まるで本当の私自身というモノが、日に日に押し潰されテいくようデ。ダカラ逃げるようニ、家から飛び出しまシタ。窮屈な環境カラ、解き放たれようト。ですガ、それモうまく行きませんでシタ」
外界からの視覚情報が改めて遮断された、錬の意識上の世界とも呼べる暗闇の向こう側。
何もないはずのその場所に、気のせいか、ぼんやりとアルフレッドの立ち姿が浮かび上がってくる。
「生まれてからズット植え付けられタこのあやふやナ在り方ハ、ソウ簡単に取れマセン。ワタシがこの普通の世界デ本当の自分ヲ見つけ出そうト四苦八苦シテモ、必ずどこかデこの姿ガ気味悪がられテ、排斥され続けて来まシタ。それデモ、いつカ必ずどこかにこんなワタシが落ち着いテいられる場所があるト信じテ、色んな所を旅しマシタ。フランス、ドイツ、中国、ロシア……ですガ、結局ワタシはドコへ行っても異端児デス。それハ、やがて辿り着いタこの日本デモ、同じでシタ」
朧なアルフレッドの影は、その辛い記憶に思いを馳せるようにそっと胸に手を当てた。
「デスから、いっそのコト、この捨てられない夢魔とシテの側面を本当ノ自分として受け入れテしまおうト考えマシタ。本当の自分ヲ探すことモ出来ず、見つけられズニ苦しイ迷いをズット持ち続けるくらいナラ」
「……それが、今回の事件の切っ掛けか」
錬が静かに問いかけると、彼は薄く笑いながら肯定した。
「エエ。……いったん夢魔であろうト決めてモ、それデモ心のどこかでハ、時折目にする普通の生活に憧れていまシタ。暖かイご飯を一緒に食べる家族ヲ見て、仲良く手をつないデ歩く恋人タチの姿を見テ。自分も、その姿が羨ましいと、ツイ視線を向けてしまうノデス。――だカラ、そんナ未練を断とうト思ったのデス。自分が決して、在り得ナイ自分に後戻りできないヨウに」
「……」
きゅっと一度唇を引き結んでから、再び放たれたアルフレッドの言葉には悲壮な彼の決意が込められているように錬は感じた。
「スティフちゃんが言ってイタようニ、この遊園地は一級の霊地なのデス。自然とエネルギーが集約されル、魔法使いの本拠地にするニハ理想的なこの場所を、ナントカして買い取ろうと考えマシタ。それで考えたのガ、人が死んダ事故物件ハ価値が下がるということデス。更に、テロによっテ積み重なル復讐心などの怨念により、霊地としてノ格が上昇しマス。思いついた時はまさニ、一石二鳥の計画だト思いまシタ。……しかし、いざ実行すル今日になっテ、ワタシはアナタたちに出会ってしまっタのデス。ワタシがこれまで散々探しテ、諦めタはずノ、落ち着ける場所ニ」
そこでふと、彼の言葉の勢いが和らいだ。
「最初ハそれでもドーセうまく行かないト思っテ、アナタたちヲ遠ざけようトするだけデシタ。それデモ、皆さんハ逃げたワタシをもう一度見つけ出してくれマシタ。しかモ、私が起こそうトしていた事件ヲ止めようとしなガラ。それを受けて、ワタシの気持ちハ揺らいでしまいマシタ――もう一度、モウ一度だけ、確かめてみてモいいのデハ?」
安心と不安が入り混じった、どこか気弱な声が辺り一面に反響する。
「今度コソ、アナタたちガこのワタシをちゃんト見てくれるノナラば。もはやワタシすらどんなモノなのか分からナクなった、ワタシの在り方ヲ見つけ出してくれたならバ、この事件を止めようト。――このオ話、受け入れてくれマスか、レン?」
一際大きく届いたその声に、錬は自身の胸中を確かめるように、ゆっくりと言葉を舌の上で一度転がしたうえで、口を開いた。
「……いずれにせよ、君を見つけ出すことが出来なければ数多の命が失われる。たとえ君のことをまっすぐに見ようとしない人間であっても、常人ならばこの話はひとまず受けざるを得ない」
「……そうですネ。今のワタシは正直、お三方に卑怯ナ選択肢を突きつけているト自覚していマス。これが、自分勝手な期待デあるト」
「そう、まったく卑劣なことだ――などとは言わん」
卑屈になったアルフレッドに、錬はどこか寄り添うようにしながら自身の口火を切った。
「世界が君を排斥しようとしているのだから、それを恨んで壊してしまおうという気持ちは十分に理解できる。だが、君はその気持ちを持ちつつも、まだ足掻いている。諦めてはいない。道を完全に踏み外すその一歩手前で、まだ踏みとどまって助けを求めている。ならばその手を掴んで引き戻すのが、自分の役目だ」
先ほど陽菜から受けた忠告を思い返しながら、錬は自分自身に言い聞かせるように語る。
「アルフレッド・アンブローズを探し出し、アルフレッド・アンブローズ自身にこの事件の終わりを告げさせる。――それが、今の自分が出した最善の結論だ。自分は、助けを求める友人を見過ごすような真似はしない。良いだろう、その望みを受け入れる。自分はなんとしてでも君をこの世界の中で見つけ出してみせる」
「……ありがとうございます、レン。どうかワタシを、見てくだサイ。ワタシを、探し出シテくだサイ――」
ゆっくりと、声と共に暗闇の先のアルフレッドの姿が解けて消えていく。
しかし、その姿は見えなくなろうとも、この意識の世界に残る彼の声の響きが錬に伝えてくる。
――今のアルフレッドは、泣いているのだと。
「待っていろ、アルフレッド」
その頬を伝う涙がいずれ、彼の纏わざるを得なかった厚い夢魔としての化粧を剥がして。
太陽のように明るい、友としての笑顔から湧き出る嬉し涙となることを願って、錬は彼の試練に挑む心を固めた。
――だが、この時の彼はまだ知らなかった。
この先に待ち受ける、アルフレッドを探し出すための心の世界の旅に待ち受ける様々な障害を――人が無邪気に向ける、止むことのない悪意の雨風を。




