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第三十一話 夢想の世界にて


 深い眠りに沈んでいた錬の意識を揺り起こすように、暗闇の世界にちかちかと光が瞬く。

 その向こう側からは、聞き慣れない音が少しずつ大きくなって、眼を覚ませと言わんばかりに次から次へと彼の耳に飛び込んでくる。


「……ん、んむ……」


 それらの刺激を受けて、錬はゆっくりと瞼を開いた。

 ――そこは、なんとも陰鬱な世界だった。

 空は鉛を溶かしこんだような灰色が果てまで続いており、今にも泣き出しそうに澱んだ雰囲気が世界をまるっと覆っている。

 そのような中で、彼はいつの間にか膝を組んだ状態で座っていた。

 試しに体の調子を確かめようと少し身じろいでみると、ぎしりと木製の椅子が軋んだ。

 目の前にはパラソルを差した木製の小さな丸テーブルと、その上に油染みのついた英語のメニューが広げられている。


「ここは……」


 見渡せば、どうやらそこは大通りに接するカフェのテラスのようだった。

 多種多様な格好をした人々が、彼の目の前を左から右に、右から左に横切っていく。しかしそこには見慣れた東洋人の姿は見受けられず、せわしなく自転車のペダルをこぐ青年も、新聞を脇に抱えながら丸帽子を押さえる年配の老人も、誰も彼もが白い肌をしていた。

 そして、今まさに彼の視線の先を通り過ぎていったのは――とある国で有名な、二階建ての赤いバス。


「……英国か」

Yes(イエス)、その通りデース。正確にはロンドンの端っこデスヨ」


 愕然とした錬の耳に、どこからともなくアルフレッドの声が届く。

 それで彼はようやく思い出した――何故、このような状況下に陥っているのかを。

 ひとまずはこの状況をご説明願おうと、彼は友人の姿を探してもう一度周囲に目を走らせた。

 しかし、声は聞こえるはずなのに、あの目立った服装を纏った人影はどこにも見受けられない。


「……ここはいったい?」


 仕方なしにそのまま会話を続けようとすると、返答が頭の中に直接響いた。


「ここは夢の世界デース。ワタシとアナタが一緒に見ていル、微睡みト写世(うつしよ)現想(げんそう)夢魔(インキュバス)の末裔であるワタシ、アルフレッド=マーリン(・・・・)・アンブローズが編み上げた二人ノ思考の中デ完結した世界。忌まわシキ我が血に刻まれた、秘伝術式――その名は【陰陽まぐわう、ノクティム・ヴィールム・愛と夢想の揺籃エクス・ヘルマプロデュートス】……マ、別になんと呼ぼうトどうでもいいコトですガ」


 アルフレッドの言葉が一字一句違わず、自身の脳裏に染み渡る。

 その奇妙な感覚に違和感を感じながら、錬は自分なりにその意味を噛み砕いて理解した。


「……かのアーサー王に仕えたマーリンは夢魔と人間の混血だったと、陽菜との会話の中で触れていたな。要するにここは、その血を引く君が生み出した夢の世界ということだな」

「はイ。理解が早くテ助かりマス。あの時ワタシが見えていたノはスティフちゃんだけでシタが、アナタもこちら側の関係者でしたカ。いやハヤ、慌てられなくテ感謝デスヨ。これが他の人だト、悪魔ダノなんだのト罵られタリ、説得に時間ガかかってしョーガないデスからネ。特にイスラームの男性ハ……」

「御託はいい。自分はただ、そちらの世界とは少しばかり縁があるだけだ」


 彼が呑気に繰り出した余談の流れを、錬はぴしゃりと断ち切った。


「それで、君が自分こそが爆弾魔だと自白したところまでは覚えている。だが、まさかここで爆弾が作動するまで眠っていろという話でもあるまい。わざわざ自分に話しかけてきたのだ、なにかしらの目的があるのだろう?」

「ゴ明察。というか、レン。アナタはワタシがそうだと薄々感づいテいたようデスが。ヒナほどに驚いた様子ヲ見せませんでしたヨネ」

「……直接の証拠を持っていたわけではないが、怪しんではいた」


 既にアルフレッドが自白した以上、特に隠す必要もない。

 錬は彼の内側に渦巻いていた疑念の根拠をすんなりと口にした。


「フリーフォールの列に並んでいた時に君の財布を覗き見ただろう。その中に入っていた半券は、どれも爆弾の仕掛けられていた施設のものだった。この遊園地には他にも多くのアトラクションがあるにも関わらず、それらだけを選んで乗っていた、という点が引っ掛かっていた」

「アハハッ、まさかその程度で疑いヲ掛けていたのデスか? あの一瞬デ、よくモまあそんな所マデ見テいましたネ。まるでかのシャーロック・ホームズみたいデス」


 錬の耳が、からからと笑うアルフレッドの声を捉える。

 その響きはどこか歪で、虚ろなものに聞こえてならなかった。

 感じ取った僅かな違和感を頭の隅に書き留めながら、錬は小さく首を振った。


「お褒めの言葉をありがとう、とでもいうべきか。だが、自分が理想的な探偵として必要な条件を兼ね揃えているなどと驕るつもりはない。陽菜とスティフが手伝ってくれたからこそ、こうして自分は君と再び顔を合わせるまでに至ることが出来たのだからな」

「それでも、その観察眼は見事なものデス。なればこそ、期待したくなるトいうモノ。レン、ワタシの目的はただ一つ。――アナタたちに、ワタシを見つけ出シテもらいたいのデス」


 一転して、アルフレッドの声が確かな悲痛さを伴ったものに変わる。

 その時、錬は彼との一度目の邂逅の際に目にした表情を幻視した。

 ――彼が自分語りの終わり際に浮かべていた、厚化粧の隙間から覗く深い諦観が刻まれた顔を。


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