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第三話 ノーツ・オブ・アポカリプス


 錬のように新しい物事に戸惑いを見せる人間もいれば、声を上げて歓迎する者もいる。

 長きに渡る春休みが終わり、桜が花を散らして新緑の色をちらほらと見せるようになった今は四月の中頃。

 ここ、錬が通う命成(めいじょう)大学のキャンパスでは、新入生を一人でも多く獲得しようとサークル勧誘が行われていた。

 桃色の絨毯で舗装された広大な中庭の至る所で、積極的な掛け声が景気よく響き渡る。


「テニスー、テニスを気楽に楽しみたい方は部活棟三階へー!」

「そこの君、ちょっといいかな。今話題のテーブルゲームに興味はないかい?」


 健全な勧誘に励む学生もいれば、


「ねぇ、あなた。なにか人生に不安を感じたことはないかしら……?」


 妙に明るい笑顔を浮かべて、不安を煽るような言葉をかける怪しげな学生もいる。


「ふふふ……なにも迷うことはないわ。そう、貴方もこの指輪をつければ――ちょっ、離しなさい!?」

「はーい、こっち来てくださいねー」


 そんな、一人を三人で囲う学生もどきが大学の事務員に連行されていった光景を見て、錬の隣を歩く友人は大笑いしていた。


「あははっ! 大学ってのは本当に面白いですね、錬!」


 ぴょこぴょこと背中まで伸びたポニーテールを揺らしながら快活に笑う彼女は、日守(ひのもり)陽菜(ひな)

 錬と同じく命成大学の新一年生であり、彼のクラスメイトにして唯一の友人だ。


「そうだな。自由というものの厄介さを、大きく思い知らされる」

「まったく、そんな暗い反応でどうするんですか! せっかく最近明るくなってきたというのに、このままでは最初の頃に逆戻りですよ。もっと明るく、笑って楽しみましょうよ。ほらほら!」

「止めろ、はしたないぞ」

「はーい」


 そう言いつつも、髪の毛の先でくすぐってくる陽菜をいなす錬の顔は、多少柔らかくなっていた。


「(――とはいえ、この誰とでも距離を縮められるのは、彼女の美徳でもあるのだろうがな)」


 錬は母方から白人の血を引くハーフのため、純粋な日本人とは外見が少々異なる。

 加えて彼自身の真面目な気質がむっとしたような顔立ちに表れており、初対面の相手に話しかけることを躊躇させてしまうことが多々だった。

 しかし、陽菜は違った。

 持ち前の底なしの明るさで、他人との交流を諦めて氷のように固くなっていた錬に、クラスでの交流会で正面からぶつかって見せた。

 以降、妙に馬が合った錬と陽菜は揃って行動することが多くなったのである。


「さてさて、取る講義も決まったことですし。後はどのサークルに所属するかが、学生生活最大のキモと言えるでしょう! 錬は何か希望はあるのですか?」

「自分は、そうだな……」


 ふと、最近始めた料理関係の活動が思い浮かんだが、昨日の出来事が瞬時に錬の頭を過ぎる。

 料理でなくとも、また変な手順を踏んで第二のスティフを作ってしまったら。

 そう考えると、つい思い悩んでしまう。


「……止めておいた方が良いだろうか」

「駄目ですよ、そんなお先真っ暗な様子では! 自分から動かなければ、なにも始まりませんからね!」


 再びポニーテールの先端を構えた陽菜を「落ち着け、それは自分の心臓に悪い」と押さえつつ、錬は考える。

 そもそも、陽菜はともかくとして、錬の心は未だに他者との交流について開かれていない。

 誰かと何かを為すよりも、一人でいる方がよほど気楽だ――そんな考えも、どうしても彼の頭から離れない。


「なにか趣味とか、好きなことはないのですか? 何にも興味を持たないと口にする男の人は、逆に何かに一途に想いを寄せると聞きましたが」

「なんだ、その極端な情報のソースは」

「昨日攻略していました、アルステッド第二皇子の情報ですね!」

「ゲームを現実に当てはめるな」


 恐らくは乙女ゲーム由来の知識を、自信満々に告げる陽菜。

 その様子に錬はジト目になりつつも、真面目に考えていた自分に馬鹿らしさを抱く。

 そう、あんな滅茶苦茶なことが何度も立て続けに起きるはずがない――と。

 期せずして、錬の暗い思考は無理やり楽観的な方向へと引っ張り出されるのだった。


「だが……そうだな。なにも、世の中の全てがつまらないというわけではない」


 錬は手に持っていた新聞部の発行しているサークル勧誘のパンフレットにざっと目を走らせる。


「面白そうな所なら、現代読書愛好会か。最近は忙しかったから、あまりゆっくりと読めていないが」

「うっ、本が好きなのですか? 変わっていますね」

「まあ、君はそうだろうと思っていた。それならば、そちらはどこに目をつけているんだ」

「現代っ子と言えば、やはりこのあたりではないでしょうか?」


 彼女が薄い桃色のネイルを施した指先で示したのは、ゲーム関係のサークルが集まっているページだった。


「なるほどな」


 話の中に平然とゲームのことを混ぜ込んでくるあたりから、錬は薄々予想がついていた。

 ――ふと、彼は自宅に残していた自称魔導兵器のスティフを思い出す。

 「家のものは好きに使っていい」と言っておいたため、恐らく掃除洗濯を終えた今頃はゲームで遊んでいるのだろうか。

 彼女の年相応な光景を想像して、錬はつい苦笑を漏らした。


「む、急にどうしました。もしかして、ゲームサークルというのはおかしな所でしたか?」

「いや、悪い。こっちの話だ。それで……ゲームか。まあ、良いのではないだろうか」


 錬は顎に手を当てながら、パンフレットに押された大学の認可印を確認する。


「こうして公認サークルとして公開されているのなら、先の悪徳商法のような危険な所でもないだろう」

「ふふふっ、おかしいのは錬のチェックポイントだったようですね!」

「そうか?」

「ええ! それでは行きましょうか! まずは現代読書愛好会でしたね!」


 錬の腕を引っ張って、陽菜はずんずんと盛況な人ごみを掻き分けて進んでいこうとする。


「む、良いのか。本が嫌いのようだが」

「もちのロン、です! もっとも、代わりに後でゲームの方にも付き合ってもらいますけど。錬も、ゲームの一つや二つ、手をつけてはいるのでしょう?」

「ああ。有名なものだけだが」

「それで十分ですとも! (わたくし)は、大学で初めての友人同士で一緒に楽しみたいのです!」

「……了解した」


 そう言われては、錬としては返す言葉もなかった。

 友人と面と向かって言われた以上、ここで断って彼女を悲しませるという選択肢はない。


「では、善は急げだ。さっそく足を運んでみるとしよう」

「そうですね! いざ行かん、我が宿敵の地へ!」

「どこまで活字を目の敵にしているんだ、君は……」


 しかし残念なことに、そうして新学期早々仲良く男女二人で行動する珍しい光景には自然と注目が集まるというもの。

 加えて錬も陽菜も容姿は人一倍整っていることもあってか、結果として二人には周囲のサークルからの熱烈なラブコールが届けられることになる。

 その嵐の中を何とか掻き分けて進んでいく二人だが、しかし、冬という鬱屈した時間から解放された先輩方の声掛けも尋常なものではなかった。

 やがて彼らは、一人の先輩に強引に捕まってしまう。


「ちょっと良いかしら……そこのお二人さん」


 話しかけてきたのは、少しばかり暗めの雰囲気を放つ女性だった。

 既に陽気に満ちた四月の中旬にも関わらず、タートルネックを身に着け、長い前髪で両目が隠れている。


「すみませんが、私たちは行くところはもう決まっているのです! 失礼します!」


 そう断わろうとする陽菜の肩にがしりと手を置いて、彼女は半ば強引に二人の足を縫い留めてきた。

 怪訝な表情をする二人をよそに、彼女は体を近づけてきて――。

 なんと、二人に顔を近づけるやいなや、その匂いを嗅ぎ始めた。


「なっ!?」

「はっ!?」

「……貴女じゃないわね」

「あたっ! なにをするのですか!」


 驚く二人をよそに、彼女は冷静にぺいっと陽菜を横へ押し出した。

 続けて、錬へと彼女の顔が寄せられる。

 陰気そうな長髪の下にすっと伸びた鼻がひくひくと動き、容赦なく錬の胸元に押し付ける。


「くんくん……ふむふむ……」

「こほん。失礼、先輩。止めてください。今どきは、女性からでもセクハラは成立します」


 一周回って冷静になった頭で錬が引きはがそうとするが、妙に力が強く、離せない。

 口で説得に回ろうとするも、彼女はまるで聞く耳を持たない。


「こっちの方ね。見つけた。貴方、私のサークルに興味はない? いえ、来れば必ず興味が湧くわ。だから私に付いてきなさい」

「いや、自分たちは既に行くところを決めていて――」


 混乱する錬たちをよそに、彼女は自らの抱えていたサークルのチラシを差し出した。

 そこに記されているサークル名を見た時、錬と陽菜の頭には戦慄が走る。


「そう――我が【黙示録の集いノーツ・オブ・アポカリプス】に!」


 その名が堂々と読み上げられた、刹那。

 二人は想像の斜め上を越えていく極大地雷を踏まされたことに、思わず顔を見合わせた。



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