第二十九話 退避勧告を受けて
陽菜が通報の相手として目に留めたのは、人気が少ない所を一人で歩いていた男性スタッフだった。
ただ、その挙動はやたらと怪しく、何かに怯える様にびくびくと震えながら時折周囲を見渡している。
「……実はあれが犯人なのでは?」
「これだけのことを仕掛けておいて、あのような小心者のような振る舞いをするとは思えない。きっと、事情を知って自らが爆発に巻き込まれることを恐れているのだろうよ」
「まあ、それが普通の反応ですね。いずれにせよ、私たちは一刻も早く爆弾の情報を伝えねばならないのです。今更相手を選ぶ理由などありません!」
ずんずんと勢いよく足を進めた陽菜が声をかけると、彼は一際大きく肩を跳ねあがらせた。
「そちらのスタッフさん、少しよろしいでしょうか! 失礼ですが一つ! お尋ねしたいことがあるのですが!」
「ひはっ!? は、はいぃ。いったいどのようなご用件でございますでしょうか?」
呂律が回らず若干口調が変になっているが、陽菜はそれに構うことなく大胆に自身の目的を告げる。
「実はですね、この遊園地に爆弾が仕掛けられたとの話を聞いたのですが」
「ぶふぉっ!? い、いったいどこからその話を……いえ、そのような話はありませんとも、ええ……だだだ大丈夫ですよ、お客様。爆弾なんてもの、ははっ、なにかのアトラクションの話と聞き間違えたのではありませんか?」
「御託は結構。あれこれと言い訳するよりも、まずはこちらをご覧になっていただきたいのです」
なんとか誤魔化そうとするスタッフの態度を一刀両断し、陽菜は水戸の御隠居の側付のようにまっすぐに自身の携帯の画面を突き出した。
そこに映し出された写真の意味をすぐには飲み込めず、スタッフは最初困惑の顔を見せた。しかし、すぐに顔色を変えてあわあわと視線を右往左往させ始めた。
「私たちが捜索したところ、このような奇妙なものを発見しました。ここにも、ここにも、果てにはこのようなところにも。はてさて、これは通常のアトラクションの一部なのでしょうか?」
「な、なななっ……ちょ、ちょっとお待ちください! こちら和倉、例の件で進展がありまして――ええ、進展というかなんというか、ともかくX-D-1地点まで至急来てください、ええ、今すぐ!」
彼は姿を隠すように身体を翻し、背中を丸めながら腰に下げていた無線機の向こう側に話しかける。
しかし残念なことに、緊張のせいで自身の声量を把握できていないのか、錬たちにはその声は丸聞こえだった。
そうとも知らず、男性は改めてスタッフらしくこちらを安心させるような顔を作ろうと四苦八苦しながら彼らの方へ向き直った。
「す、すみませんが少々おお待ちくださ、いっ! あ痛たたたっ……」
頬の内側を噛んだのか、半泣きになりながら顔の側面を押さえるスタッフと共に錬たちが待機していると、少しして何人かが小走りで駆けつけてきた。
よほど慌てていたようで、途切れ途切れになった息を整えながら、彼らはすぐに懐から黒い手帳を取り出した。
「失礼、私たちはこういう者です」
その中に輝くのは英字で警察と刻まれた、まごうことなき金色の記章。
初めて見る桜田門の証に若干陽菜がきらきらとした視線を覗かせかけるも、彼らはよほど急いでいるのか、すぐにそれらを片付けてしまった。
その様子に彼女も事態の重要性を思い出し、倣うように顔を引き締める。
「申し訳ない、事態は急を要するもので。さっそく貴方がたが撮影したという写真を見せていただきたいのですがよろしいでしょうか」
陽菜が差し出したスマホの画面を取り囲むように覗き込んで、刑事たちは一様にうむむと難しい表情を見せる。
「見づらいな。申し訳ない、これらのデータをこちらに送っていただけないでしょうか?」
「構いませんが、どなたに?」
「それでは私の方に。メールアドレスはこちらで……」
陽菜のスマホから提出させられた写真を改めて共有したのか、彼らは自分の端末の画面を睨みながら尋ねてくる。
「この写真はどこでお撮りに?」
「ええと、これはフリーフォールのものだったかと」
「分かりました。……おい、フリーフォール近くの者にこの場所を調べさせろ!」
その指示から少しして、返答が無線で返ってくる。
「なに、本当にあっただと? このようなあからさまな場所にあるものを、なぜすぐに見つけられなかったのだ! ……いや、その事についてはどうでも良い。では、すぐに処理班を寄こせ」
なお、爆弾に掛けられていた隠蔽術式については警察へ通報することを踏まえて、先にひっそりとスティフの魔法の遠隔術式で既に解除されている。
隠蔽術式には爆弾に誰かが接触した場合に術者へ情報を送る機能もついていたが、スティフはその辺りもうまくやったようで、錬は相手には何一つ悟られていないとの報告を受けている。
刑事は一瞬不甲斐ない捜査の眼に怒りを浮かべたものの、すぐに表情を取り繕って陽菜たちに感謝の表情を向けた。
「失礼しました、突然声を荒げてしまって。ご協力ありがとうございました。謝礼を今この場で直接差し上げることは出来ませんが、必ずこの事件は私たちが解決して見せますからご安心ください。……ちなみに、この件についてどこで知り得たのかを教えていただいても?」
「それはですね、フードコート近くの女子トイレの壁の向こう側から突然聞こえてきたのです。彼、錬の推測によれば裏側に従業員たちの休憩場があったのだろうとのことですが」
陽菜のその言葉に、女性警官が一様に顔を顰めた。
それと同時に、遅れてドタドタとやってきたスタッフの一人らしき小太りの男性がずでんと転ぶように頭を地面に擦りつけた。
「申し訳ありません! それは遊園地側の失態ですっ。なんと申し上げてよいか……お客様のプライバシーに関わることで、その、本当に申し訳ありませんでしたぁっ!」
「いえ、構いません。それが今回は、結果として良い方向へ繋がったようですので。ただ、今後のことを考えて明日にでも修繕は始めていただきたいですが」
脂汗を流しながらぺこぺこと禿げかけた頭を何度もコンクリートに打ち付ける男性。
その瞳が相手の胸元に他のスタッフとは違う立派なバッジが輝く姿を捉えたことから、錬は恐らくは彼がこの朱鶴遊園地の園長なのだろうと予測をつけた。
だが、よほど今回の事件を受けてストレスが溜まっているのか、まだ爆弾の予告を受けて数時間と経っていないにも関わらず、彼の目元にはうっすらと隈が浮かび始めている。
「こほん。そちらはそちらで対応していただくとして、もう一つ。……これだけの爆弾を、よく見つけられたものですな」
嗚咽さえ漏らし始めた園長のことから目をそらしながら、刑事はそう言ってじろりと疑うような視線を錬たちに向けた。
そんな相手に真っ向から答えたのは陽菜だ。
「そうですね。我ながら幸運だったと思います。ただの占いがここまで功を奏すとは、ぶっちゃけ信じていませんでしたから」
「は……占い?」
「ええ。その子、スティちゃんが持っていた棒を倒した先に爆弾があったのです。私たちとしても本気でそれに頼っていたわけではないのですが、いやはや偶然とは恐ろしいものですね」
彼女は至って真面目にスティフの保有する棒の力について説明する。
もちろん彼女にとってはなんの仕掛けも種もない占いに過ぎないので、その言葉には歴戦の刑事たちも隠された裏の意図を見出すことが出来ず、混乱しながらもその言葉を受け止めることしかできなかった。
「……は、はぁ。そうですか……」
「もちろんそちらが信じられないのも理解できます。ですが、私たちとしてはそれ以外に何もないのです。それこそ、神に誓って。それでも疑われるというのならば、嘘発見器でもなんでも持ってきてください」
自分たちの発見できなかった爆弾の場所を提供した陽菜の言い分に反論することも出来ず、彼らはたじたじにならざるを得なかった。
「あ、いえ。疑っているわけではないのです。事実として、他のところからも続々と発見の報告が上がってきていますから。ですが後日、改めて事情をお伺いすることがあるかもしれません」
「ええ、そのことについてはもちろん。ただ、大学があるのでその講義時間中は勘弁願いたいですが」
「はい。もちろんその辺りのことは考慮いたします。……それで、この後はどうなさるおつもりで? こちら側としては、安全のために退園していただくのが一番だと思いますが」
彼らとしてもひとまずは爆弾の解除に注力したいのか、陽菜たちを解放しようと安全な場所への避難を勧めた。
だが、錬たちには爆弾の件以外にも重要なことがまだ遊園地の中に残っている。
「いえ、申し訳ありませんがこの園内には友人を残しているのです。立ち去るのは彼を見つけてからにします」
「ご友人ですか? ならば携帯で連絡を取るなどしていただければ」
「それが残念なことに、それらの番号を交換していないので連絡することが不可能なのです。加えて先ほど喧嘩別れのような形になってしまい、園内放送で呼び掛けても応えていただけるとは思えません」
「ですが、貴方がた自身の身の危険を考えるとですね。一刻も早くこの場を離れていただくことが一番でして……」
警察としても彼らの安全を確保したいのは当然であり、なんとか考え直すよう迫るものの、錬も陽菜もまったく考えを変える様子を見せなかった。
困り果てた警察を相手に、これまで一歩下がっていた錬が口を開く。
「ご心配なく。爆発の予告時間は午後4:00、万が一アルフレッドが見つからなかった場合はそれまでに遊園地の外へ退出しますから」
「……分かりました。では、お気をつけて」
その言葉を聞いて多少なりとも安心したのか、刑事たちは彼らを解放することを決めた。
爆弾を解除するとなれば自然と客をアトラクションから引き離す必要があり、その為には一人でも多くの人手が必要となる。彼らの説得に時間をかけるよりも、そちらに人員を回すことの方がよほど重要だった。
それに、まさか爆弾があることを知った上で、それでもなお時間ちょうどまで園内に留まって心中するような馬鹿が常識的に考えて存在するはずがない。
そう結論付けた刑事から解放されると同時に、彼らは早足で歩き出した。
「では、行きますよ錬、スティちゃん。爆弾魔を、そしてアルフレッドをなんとしてでも探し出すのです!」
「ああ」
「了解」




