第二十八話 油断大敵
「――発見。撮影、完了。陽菜の携帯と同期する」
「ありがとうございます、スティちゃん! おっと……ふぅ。一応はこれで、爆弾事件の方はひと段落ですね。予告通りの爆弾八個、確かに把握しました」
自身の画面に転送されてきた写真に写り込む黒い物体――観覧車の支柱に設置されていた爆弾を見て、興奮のあまり陽菜は思わず現在の位置も忘れて勢いよく立ち上がった。
その影響で、彼らが今腰を落ち着かせている観覧車の座席が意図せず揺れる。
突然不安定になった足場に落ち着きを取り戻しながら、彼女は改めて錬の広げた地図上に大きくバツ印を記しいれた。
「うむ。確かに写真は八枚、地図上につけた印の数とも一致する。数え間違いはない」
「良かったです。残念ながらアルフレッドは見つかりませんでしたが、それでも戦果は上々。……とは言っても、全てスティちゃんのおかげですが。後で私からも何らかのご褒美を弾むべきでしょうね」
「そちらのことを考えるのは事件が全て解決してからだ。まだまだ自分たちにはやるべきことがある」
「そうですね。……由々しきことに、この後にどう行動すべきかをまだ決めていませんでしたから」
そうは言いつつも、陽菜の顔色は悪くない。
なにせ捜索するといっても、園内を散々駆けずり回った挙句、一つか二つか見つかる程度だろうと当初の彼女は予想を立てていた。
それがスティフのおかげで恐ろしいほど順調に発見することが可能となり、結果として予告時間まで大分余裕のあるうちに全ての爆弾を発見することが出来たのだから。
「それで、今後の行動方針だが。まずは現時点での自分たちの目標を改めて確認しよう」
「はい。爆弾事件の解決と、アルフレッドの捜索ですよね?」
「そうだ。そして前者が一つ進んだところで、今の自分たちは次の段階に移行しなければならない――すなわち、警察に通報するか、しないかだ」
錬は二つの選択肢を目に見えるように、指を立てて示した。
「警察への通報は当然の選択、と言うよりもしない理由がない。そもそも自分たちには爆弾の解体処理が出来ない以上、いずれ警察の手に委ねなければならないのは分かり切ったことだ。ならば早い内に情報を渡してしまうのが一番に違いない。だが……」
錬は、この事件に関わることを決めた際のやり取りを思い出す。
彼が陽菜に事件に関わる理由を問うた時、彼女は「自らの手で犯人の魔の手を潰してやらなければ気が済まないからだ」と答えた。
「君は計画を直接その手で潰すつもりなのだろう。その想いに、今も揺らぎはないか?」
「もちろん、微塵も変わりません。……ですが、解決できなかった場合のことを考えれば警察への通報も当然しなければならないというのも理解できます」
ここまで何の失敗もなく爆弾を見つけられたからと言って、犯人までうまく捕まえられるとは限らない。
むしろこれまでの反動がここへ来てやってくることも、十分に考えられる。
何も知らない陽菜は、スティフに頼り切ることへの危惧がどうしても残ってしまっていた。
「分かっているならば良し。だから、そこで妥協案といこう」
「妥協案、ですか?」
錬の提案に、陽菜は言葉を反芻した。
「その手で計画を潰すということはすなわち、自分たちで犯人を見つけなければならない。だが、万が一発見出来ずに予告時間を迎えてしまっては元も子もない。今の君が想像しているようにな。……故に、制限時間を決めておこう」
彼は時計を確認して、頭の中でざっくりと予定を組み上げる。
「今は2:30、タイムリミットまで1:30の猶予がある。警察が爆弾の対応に要する時間を一時間と予想して、残り30分を使わせてもらう。その間に犯人を見つけ出して、とっちめる」
「……本当にそれで良いのでしょうか? 大勢の安全を考えるならば、即刻通報した方が良いのですよね?」
「無論、そうだとも。これはあくまでもこちら側の我儘を通すための一案だ。……とはいえ警察にはこちらの考えなど、言わなければ分からないがな」
錬の腹の中では、失敗すると判明した時点でスティフに強制的に処理してもらうことは決まっている。
それ故に彼はこのような案を落ち着いて口にすることが出来るが、それを受けた陽菜は自身の我儘のために誰かが危険に晒される確率が上がることを憂いている。
――そう、我儘だ。
何よりも優先すべきなのはより大勢の安全であり、それと個人の感情を天秤にかけるなどとんでもないことだと陽菜は分かっている。
だが、だからと言って、その感情を完全に押し殺すことは彼女には出来なかった。
陽菜の理性が何度蓋をしようとしても、怒りを直接ぶつけたいという想いが隙間からめらめらと漏れ出してくる。
彼女はしばらくの間うんうんと声を唸らせて、自問自答する。
――果たして錬の提案を素直に受け入れるか、それとも理性に則って少しでも確実な方を取るか。
陽菜は目をつぶって迷いに迷った後、いざ観覧車を降りる番が次に迫った頃になって、自身の結論を出した。
「……いいえ、駄目です」
「では、警察に今すぐ通報するということだな」
「はい。私たちの我儘で誰かが危険に晒される確率が上がる、それでは本末転倒です。苦渋の決断ではありますが、一度私たちの手に入れた情報を警察の方に渡しましょう」
ただし、と彼女は言葉を続ける。
「その上で、私たちは私たちで出来る限りの手を尽くします。通報が終わった後もアルフレッドを探し、犯人を捜すのも継続して行います。……これが最善の手です。違いますか」
「いや、間違っていない。だが、もう一度確認しておく。本当にそれで、良いのだな?」
「くどいですよ。……というか錬、貴方はだいぶ呑気ですね」
「むっ」
ふとした彼女の一言に、錬は冷や水を浴びせられたように硬直した。
「先ほどの提案、貴方だって警察の処理が一時間で終わらない場合のことは考えたはずです。だというのに、30分も削る提案をするとはどのような腹積もりですか」
彼女にしてみればさんざん悩んだ事柄でも、錬はその様子をまるで見せない。
その態度はある種余裕ぶった、油断のようにも見えて、陽菜は錬を嗜めた。
「貴方が私の言ったことを尊重してくれたのは分かっています。それでも、こうも穴のある提案をわざわざする必要はありません。油断大敵、貴方は貴方の思う最善をびしっと言ってください。迷いこそすれ、そのことに怨みを言うつもりはありませんから」
「……ああ。すまなかった。以後、気を付ける」
錬自身、思い返せば、いつの間にか遊園地の安全確保は二の次になっていた。
その根底にあったのは、スティフの能力への大きな過信だと彼はすぐに自覚した。
今回の一件において常に彼が判断の前提に置き続けてきた、最終的には彼女に任せればどうとでもなるという思考――それは、自分が嫌悪し、しないと誓ったはずの道具扱いそのものではないか。
「くそっ、これでは俺も……自分も、ただの屑そのものではないか。……今一度、気合を入れ直さなければ」
意図しないままに堕落しかけていた自身の在り方を深く自省しながら、錬は己の心の弱さを正すべく、スタッフの下へと向かった陽菜の背を追う前に――ゴッ、と自分の額を強く殴りつけた。
「回復。我が主、当機が直ちに損傷を修復する」
「いや、このままで構わない。……この痛みは、馬鹿な自分にはちょうどいい薬なんだ」
そう、いつもと変わらず手を差し出そうとするスティフの頭を撫でるように押さえながら、錬は頭に響く痛みを忘れないように強く噛み締めた。




