第二十六話 陽菜の失言と機転
「ウェールズの秘境には現在も魔法使いたちの集落が残って、そこで子孫たちがこっそりと秘密の儀式を伝えているというのは本当なのですか?」
「アハハ、ヒナ。それハ今モ日本に忍者がいるト信じているようなものデスヨ。確かニ魔法使いやアーサー王の子孫ヲ名乗る人は多くいますガ、大抵どなたモ頭がおかしイ集団か観光用のインチキかのどちらかデシタ」
「【ラウンド・サーガ】では現代に蘇ったアーサー王がそのような闇の魔法使いを次々と華麗に打ち払っていたのですが……やはり、そう簡単には見つけられないということなのでしょうか」
「そもそもかの王はブリテンの危機に目覚めるとされていマス。目覚めるにしてモ、第三次世界大戦くらいハ起きてもらわないト」
フリーフォールの列に並ぶ最中、陽菜とアルフレッドはうまく会話を弾ませていた。
幸いにも彼女の大好きなファンタジー系統はウェールズがモデルになることが多く、自然とそちらの知識も色々と身に着けていた。そのゲーム由来の知識を彼女が披露しては、アルフレッドが訂正するというのが話の内容の大まかな流れになっている。
彼は地元の伝説に詳しく、特にアーサー王伝説について新説や俗説の知識を披露しては陽菜の眼を輝かせていた。
「なんにせよ、二人の馬が合ったようで良かった。話から弾き出されたことは悲しいが」
錬もかつて大帝国と称された英国について色々と聞きたいのは同じだったが、残念ながら錬が興味を持っているのはアヴァロンではなくエディンバラだ。
文学的に優れた作者や舞台を生み出した、英国北部の街。
留学するならば是非とも一考したいものだと考えるほどの場所だったが、陽菜が興奮している今の空気に割り込むわけにも行かず、彼は寂しく二人の後ろでスティフと共に静かに列に並んでいた。
「提案。貴方が会話を要求するならば、当機が相手になる」
「ん、心配をかけてしまったか。すまない。大丈夫だとも。ここまで大分慌ただしかった、少しくらいはこうして落ち着くのも悪くはない」
話題もないのに無理に話す必要を錬は感じなかった。
彼は心配してくれたことのお礼として、スティフの頭をぐしぐしと撫でた。
彼女の髪質は絹糸のように滑らかで、錬の指先には心地よい感触が伝わってくる。
それが思いのほか楽しくて、彼はそのままスティフの頭を無言で撫でまわした。
そうしているうちに彼女もまたその感覚を気に入ったのか、自らゆっくりと錬の手に頭を差し出した。
無言で親密な雰囲気を漂わせる二人の姿に、振り返ったアルフレッドがくすりと笑う。
「あらあら、可愛らしいですネ。二人トモ仲が良くてなによりデス」
「本当にその通りです。まあ、スティちゃんは可愛いですから。錬が溺愛するのも無理はありません」
「羨ましいですネ。エエ、本当に」
同じく二人の様子を見た陽菜もまた、暖かい視線を向けて微笑んだ。
それらに錬が思わず恥ずかしそうにする一方で、スティフは構わず、むしろ見せつけるように彼の足にしがみつく。
その光景にアルフレッドと陽菜が揃って口に手を当てる中、彼女を引き離すわけにもいかず、錬がなんとかしてこの状況を打開しようと思考を巡らせていると――。
「すみません、お客様。お話のところ失礼しますが、チケットを拝見してもよろしいでしょうか?」
「は、はい。ほらスティフ、腕のバンドを。二人もだ」
いつの間にか彼らの順番が近づいてきており、アトラクションの入り口に立っていた職員に確認の声をかけられる。
これ幸いと視線の先を変えるよう促した錬をこれまた微笑ましく見守って、陽菜も二人と同様に腕に巻いていたフリーパスを見せる。
「Oh、ワタシはここでチケットを買いマース。学生証はこれデス」
「うむっ? いえ、失礼しました。学生さんですね、分かりました。300円となります」
「はいハーイ。少し待っていてくださいネー……」
一方アルフレッドは、手提げ鞄を広げて中をまさぐる。
話しかけた際に係員は変な呻き声を上げたが、それを慣れたものと受け流して、彼は革製の財布を広げて中から紙幣を取り出した。
おつりと共に半券を受け取るアルフレッドの財布の中には、他のアトラクションのものらしき半券が多数押し込まれていた。
「おット、乙女の秘密を除いちゃメッですヨ!」
「あ、いや。すまなかった。やけに高級そうなものに見えてな、つい何の革を使っているのかと考えてしまった」
「別に大したものではありまセンヨ。ご先祖様由来の、白蛇の革デス」
「ほぅ、蛇の革ですか。確か脱皮したものを入れておくと金運が上昇するのでしたね。それが丸ごと使っているとなれば、さぞ良い金運に巡りあえそうなもの。もしかして宝くじに当たったこととかあったりします?」
「あハハ、そんな運試しヲ買ったこともありませんヨ。ですが、そうデスネ。近々大きなお金が入ル予定ではありマス。それもこの財布のおかげ、なのカモしれまセン」
その言葉に、錬と陽菜は思わず目を見合わせる。
――この遊園地に爆弾を仕掛けたとされる犯人は、金額にして一億円を要求している。
そのことが思い起こされて、まさか目の前のアルフレッドが犯人なのではないかという発想が彼らの脳裏を過ぎった。
「それは良いですね。……ちなみに、どういったものかお聞きしても?」
「おい、陽菜。それは流石に踏み込み過ぎだ、親しき仲と言えど相手の懐具合を聞くのは勧められた行為ではない」
慌てて錬が止めようとするが、既に遅かった。
だがアルフレッドはそれを気にした様子もなく、軽く教えてくれた。
「正確にハ入るというより、失わずニ済むという表現が正しイのでショウ。高いお値段のものヲ安く手に入れられソウなのです。ウフフ、具体的な金額はまだ分かりませんがネ」
「なんだ、そうだったのですか。すみません、早とちりしたもので」
「早とちり……Ah、よく確かめないデ勘違いするコトでしたカ。構いませんヨ。それでヒナはいったい何と勘違いしたのデス?」
そうにこやかに問いかけられて、陽菜は思わずうっと息を詰まらせる。
まさか職員のいる間近で爆弾のことを話すわけにも行かず、さりとて気まずい質問に答えてもらった以上、自分がここで黙りこくるわけにもいかなかった。
「え、えーと。それはですね……」
「なんですカ? そんなに言うのが難しいコトではないと思うのですが……」
行き当たりばったり的な陽菜故に、あとのことなど考えているはずもなく。
あー、うー、と視線を彷徨わせて言い淀む彼女に、アルフレッドはにっこりと笑って逃げ場を防ぐ。
「じ、実はですね……」
まさかここで全て明らかにしてしまうのかと一瞬危惧した錬。
しかしそんな彼を見て、陽菜は小さく頷いた。
「――良いアルバイト先があるのならば、後で錬に秘密でこっそり紹介してもらおうかと思っていたのです!」
そう、大声で叫んだ彼女にアルフレッドはぽかんと口を開けた。
「……エ? それだけデスか?」
「はい。実はここのところ生活費が足りないものでして。同じ大学の学生証をお持ちのようでしたので、もしよろしければ紹介していただければいいなと……」
気まずそうに指先を胸の前でつんつんと合わせながら告白した陽菜に、錬は彼女の嘘を多少補強しようと質問を投げかけた。
「それが何故自分に秘密で、ということになった?」
「いえ、そのですね。……高額なバイトは募集の人数が少ないでしょう? それ故に、もし一人だけ枠があると言われた時のことを考えて、錬に取られないようにと」
「……なんだそれは」
よくもそんな言い訳を思いついたものだと感心したと同時に、その内容に錬は呆れるほかなかった。
「ぶふっ、アハハッ! ヒナ、アナタは面白い人デスネ! 分かりました、大学生が金欠なのハどこも同じですからネ! ですガ、その期待には応えられまセン。ワタシの仕事ハ特殊なスキルがないとダメなのデス。ごめんなさいネ」
「いえ、こちらも恥知らずの申し出をしたので、謝るのは私というか――こちらこそ、本当に失礼しました!」
地面に額を擦り付けんとするほどの勢いで猛烈に頭を下げる陽菜を、アルフレッドは眦にうっすらと涙を浮かべながら笑って引き上げた。
「もう良いデスヨ。ほら、先がつかえていますし、行きマショウ?」
そう言って、彼はさっさと先に進んでしまった。
残された陽菜の肩を、錬はよくやったと褒めるように叩く。
「よくあのような言い訳を思いついたな」
「えへへ、実はですね。錬を見たら、ふと、貴方ならこういうだろうと言うのがふっと思いついたものでつい」
だが、その言葉に彼は陽菜に向ける態度を一転させて冷ややかな目を向けた。
それを見て彼女も今のは失言だったと咄嗟に気づいたが、既に手遅れだった。
「……なるほど、つまり君は普段そう言う目で自分を見ていると」
「あ、いえ。別にそんなつもりはないですよ? ただ頭が回ると思っていただけですってば」
「そうかそうか、つまり君はそんな奴だったんだな。少しは見直したかと思えば、まったく。……さあ、行こうかスティフ。冷たい陽菜は置いておいて、アルフレッドと一緒にフリーフォールを楽しむとしよう」
「あ、ちょっ待ってくださいよ錬! その台詞は例のあれですよね! 割と読んだ時にぐさりと心に刺さったんですから止めてください! すみませんでしたってばー!」
慌てて謝罪しながら後を追いかけてくる陽菜をお返しとばかりに軽く無視しながら、錬はアルフレッドに続いてフリーフォール内部の待機場所へと進むのだった。
明日の投稿はお休みとさせていただきます。
次のお話は土曜日からとなります。どうかご容赦ください。




