第二十五話 突然の同行者
お化け屋敷とウォーターライド、そして空中を揺蕩う大型の海賊船ヴァーミリオン号の冒険を経て、遊園地に仕掛けられた更なる爆弾の特定に成功した錬と陽菜、そしてスティフ。
彼らは今、スティフの握る【偽約:智天神杖】が指し示す次の爆弾へと向かっていた。
その途中、杖を持って先導するスティフをよそに、陽菜が錬に顔を寄せた。
「……あのですね、錬。ちょっと良いですか」
「なんだ、そのようにこそこそと」
「あははっ、すみません。ですがどうしても、こうせざるを得ない内容でして――スティちゃんのことです」
彼女は恐る恐るといった様子で、問いかける。
「あの子はいったい、何者なのですか? いくら天才とは言え、ここまで順調に行き過ぎると単純な一言では済まされないような気がするのですが」
――ついにその話が来たか、と錬は身構えた。
「……実は前世が地雷探知機もしくは量子コンピュータだったとか、ではないですよね?」
「機械に転生も何もないだろう。本当に、ただの妹だ。ちょっとばかり頭脳明晰で豪運なだけの、な」
なるべく平然とした表情を保ったまま、錬は彼女に言い聞かせるように言葉を返す。
だが、今の彼女はもはやその程度では納得できなかった。
「本当ですか? 実は世界的に有名な学者さまが若返りの薬を飲んだとか――」
「しつこいぞ。ゲームのやり過ぎで現実と混同するのもほどほどにしておけ」
「いえ、しかしですね。あれから三回、最初のを含めれば四回ですか。彼女はこのそこそこに広い遊園地の敷地の中から、連続で小さな爆弾のある場所を命中させているのですよ? 加えて彼女がいの一番に、爆弾を発見しています。それで普通に天才を主張するのは、いくら何でも無理があるとは思いませんか」
最初の一回を命中させたとき、陽菜は普通に喜んでいた。
二度目を命中させたとき、彼女は「なんたる幸運の持ち主でしょう!」とスティフを褒め称えていた。
だがそれが三度目になると、どこか称賛のなかに違う感情が混じり始めた。
そしてつい数分前、揺れる巨大な空中ブランコの中で平然と目標のある場所を発見したと告げられた時は、称賛以上に畏怖の感情が陽菜の顔に現れ出ていた。
いずれも見え辛い場所に設置されていたというのに、スティフは四苦八苦する錬と陽菜をよそにいとも容易く発見の報告を出してくる。
それを僅か一時間も経たないうちに何度も突きつけられては、流石の陽菜と言えど顔をひくつかせるのも無理はなかった。
それを受けて、錬は作戦を変更することにした。
「……君の言いたいことも、分からないではない。スティフの才能が大きく際立っていることは、言われなくても自分も承知している。正直なところ、天才という枠には到底収まらない、天災とでも称するべきナニカを持ち合わせている」
こうなれば、もはや頭ごなしに普通の友人の妹として交友を持ってもらうのは難しい。
故に錬は陽菜に、これまでにスティフが示してきた彼女自身の特異性を理解した上で受け入れてもらうように言葉を変えた。
「それでもスティフは、自分の妹だ。不甲斐ない兄のために美味い料理を作ってくれるし、こうして危険なことにも進んで手を貸してくれる健気な家族だ。だから自分は、彼女の才能だけを見るのではなく、彼女自身の内に秘めた心を尊重したい」
魔法や呪術といった秘匿すべき情報には蓋をしつつ、それ以外の所には彼自身の本心を基本として陽菜に語り掛ける。
――あくまでもスティフは錬の大切な家族であり、飛びぬけた才能を持っていたとしても、その内に秘めた善性は確かなものであるはずだと。
「神に愛された子としてもてはやすのではなく、一人のスティフとして自分は彼女を扱いたい。……陽菜ならば、同じように考えてくれると思って引き合わせたのだが。実際に彼女を目にして、やはり一歩引いてしまうか。いや、それも仕方のないことと言えばそうなのだが。どうしても、駄目か?」
錬は陽菜に希うように、深い声で彼女の心に訴えかける。
彼の漂わせる落胆、そして諦観といったどんよりとした空気に、陽菜は思わず同情を抱いた。
この自分の友人は、自分の手には持て余す妹であっても、なんとかして大切に扱おうとしているのだと。
そのような兄としての強い心の現れに胸を打たれ、陽菜は「分かりましたよ」と頷いた。
「スティちゃんは特別なスティちゃんということで、自分を納得させることにします。……そもそも理解しようとしてもそれ自体が不可能のような気がしていましたし」
「はははっ……それは自分も同感だ」
訳の分からない言語で長ったらしく魔法の名称を呟かれて、その原理を尋ねる度にちんぷんかんぷんだった時のことを思い出して錬は苦々しく笑う。
「スティフのことを知った上で、改めて言おう。君は君らしく、どうか恐れることなく自分の妹と付き合ってやって欲しい」
「ええ。才能の如何はともかく、彼女が良い子だというのはこの遊園地での錬へのなつき具合で察せましたからね。この調子で私はただ私らしく、あの子との仲を深めようと思います!」
「うむ、そうしてくれるとありがたい。これまで通りの調子で、どんどんスティフと話してくれ」
そうしてスティフについての話がひと段落したところで、突然彼らの前に見覚えのある姿が現れた。
「――あれ、レンとヒナではあーりまセンカ? 奇遇ですネ!」
「む、アルフレッドではないか」
前方から錬たちの方へと歩いてきていたのは、厚ぼったい奇抜な服装をした女性のような男性。
アルフレッド・アンブローズが、彼らの姿を認めるなり、大きく手を振りながら軽やかな足取りで歩み寄ってきた。
「やあ、先ほどぶりだな。この広い遊園地の中で再び巡り合うとは思ってもみなかった」
「んマー、そんナ時もあるでショウ。運命ハいつだって気まぐれデスからネ」
パチンッ、とウインクを一つ見せたところで、彼の眼は自然と先ほどは大して会話をすることが出来なかった陽菜へと向かう。
「ええと、どうも。改めまして、錬の友人の日守陽菜と申します」
「アルフレッド・アンブローズでス。よろしくデス、錬のガールフレンドさん」
「が、ガガガ……ガ!?」
壊れたラジオのような音を立てながら顔を真っ赤にした陽菜を見てくすくすと笑いながら、アルフレッドは陽菜に問いかけた。
「冗談デスヨ、冗談。ところデ、一つお聞きしたいのデスが。……先ほど名乗りヲ上げらレタ時から気になっテいたノですが、ヒノモリというのは、もしヤ日守神社の方なのデスカ?」
それを聞かれた途端、陽菜はすっと顔の色を引っ込めて、白一色の真面目な表情に転じた。
「ええ、ご察しの通り。……とはいえ、恥ずかしながら、実質的には勘当されたようなものなのです」
「Oops! これはすみマセン、余計ナことを聞いてしまいマシタ。ごめんなさいデス……」
彼女が実家と折り合いが悪いようであることは、錬も既に認識している。
堅苦しそうに答えた彼女に、アルフレッドはすぐさま謝罪した。
「あ、いえいえ、大丈夫ですよ! 家族と仲が悪いのは昔からのことなので、今更気にしてもいませんから! それにしてもお詳しいですね。ウチの神社は山深くにあって、滅多に人も来ない場所だというのに」
「そのような日本のスピリチュアルなモノがワタシの研究対象なノデ。それに、ホラ。秘密なモノほど多くノ人々が知っていル、と言いますカラネ。……それデ、皆サンは今からどちらへ?」
「ええ、私たちはですね……」
杖を持つスティフの後についていくだけで、行き先のアトラクションを把握していなかった陽菜がふと言い淀む。
そこにスティフが口を挟んだ。
「説明。【絶叫! エクストリームフォールダウン!】なる垂直落下機構に挑戦する予定」
――それを聞いて、僅かにアルフレッドの心が揺らめいたのを錬は見逃さなかった。
彼の表情は仮面の如き厚化粧がしっかりと隠しているものの、緊張した人間に特有のぴくりと身体の一部を震わせる反応が、その右手に現れていた。
「へェ。ちなみニ、なんデそこを選んだのかヲ聞いテモ?」
「なに、大した理由はない。スティフに乗りたいものを選んでもらっただけだ。こういったところでは、小さい子の楽しみを優先するのが普通だろう?」
「ン、レンの言う通りですネ。それにしてモ、この子ガ……」
咄嗟に前に出た錬の言葉を素直に肯定しながら、じろじろとスティフを窺うアルフレッド。
その際に彼女が握っていた杖にも一瞬だけ強い視線が向けられたが、彼はすぐに目を離した。
「ちなみにワタシは今から向こうのビッグブランコに乗ろウと思っていたのデスガ、あちらにはモウ乗りましたカ?」
「ええ、ちょうど今乗ったばかりです。いやはや、ジェットコースターと違って緩やかでつまらなそうでしたが、こう、遠心力でぐわんぐわんと振り回される感覚も中々に楽しめました!」
「……そうですカ。それハ是非トモ、ワタシも試しテ見ませんとネ」
陽菜の感想を聞いて、彼は小さく微笑んだ。
だが、その裏で僅かに目を細めたアルフレッドに、錬は何故か警戒心が刺激された。
そしてアルフレッドは唐突に、なにかを思いついたようにポンと手を叩いた。
「ところデ、三人にお願イがあるのデスガ。これカラ向かうフリーフォール、一緒ニついていッテも良いでショウカ?」
「うむ?」
突然の提案に、錬と陽菜は面食らった。
「こーいうノハ大勢で楽しむのガ一番と聞いたのデ。……それとも、ワタシと遊ぶのハそんなニ嫌デスカ?」
「いえ、そういうわけでは決して。ですが、しかし……。うむむ、ちょっと待ってくださいね」
一度アルフレッドから離れて、錬たちはひそひそと相談を始めた。
「どうします? 爆弾について話して巻き込むのも申し訳ないですし、ここは残念ですがお断りするというのも一つの手ではないでしょうか」
「……いや。下手に断る言い訳を考えるよりも、ここは一緒に遊ぶとしよう。ああだこうだと出まかせを言うよりも、一度すっきりとしてしまった方がこちらとしても後で気が楽だ。なに、スティフのおかげで時間にはまだまだ余裕がある。一度普通に楽しんでから、別れた後にもう一度行けばいい」
加えて、一緒に遊ぶのを面と向かって断れるほど錬と陽菜の精神は図太くないことが背中を押した。
スティフに年相応に「嫌」と我儘を一言言ってもらえばアルフレッドも引いてくれそうなものだが、思ってもいないことを無理に強いるなど有り得ないというのが二人の共通認識だった。
「そうですね。では、そちらの方で。実は私、あの方と話してみたいと思っていたのです。――分かりました! それではぜひ、私たちと一緒に行きましょう!」
「ウフフッ、ありがとうございマース! ワタシ、すっごク楽しみデース!」
パタパタと可愛らしく手を振るアルフレッドに、錬は歓迎と警戒、相反する二つの感情を抱いていた。
後者は今のところ何の根拠もないただの直感に過ぎず、それで空気を悪くすることは避けようと、錬はそちらをそっと頭の片隅に押し込めた。




