第二十二話 当てもなく探し求めて
密談をしていた日陰から戻る最中、陽菜が錬に尋ねる。
「ところで錬、なにか探す当てはありますか? このようなところに爆弾を設置すると良い、といったような知識は?」
「あいにくとテロリストの養成本を読んだことはないな。君はどうだ、建築系のシミュレーションゲームなどもあると聞いたことがあるが」
錬の問いに、陽菜は唇にそっと指先を当てて思案する。
「んー、あるにはありますけど、積みゲー状態ですね。購入しても他のゲームが予想以上に楽しくて、まだ封を切ってすらいません。うーむ。こんなことになるならば多少なりとも触れておけばよかったと、今更ながら後悔しています。ふふふっ」
「まあ、出先でまさか本当に爆弾を探すような事態になるなど、予測は不可能だな」
それこそ、直接未来を見ることが出来ない限りは――と言葉を続けようとしたところで、彼は一つの可能性を思いつく。
そう、スティフは未来の知識をアカシックレコードで参照することが出来る。彼女はもしかすれば、今日の事態を知り得ていたのではないか――と。
「朝早くの星座占いも、大まかな幸不幸程度ならともかく。実際に起きることをおしえてくれるわけではありませんからね……」
「ん、うむ。あれはそもそも、誰にも当てはまるようなことを言っているだけで大した意味はないのではなかったか? 血液型占いと同じでただの詐欺と、心理学の教授が言っていた」
自分の察したことによる内心の変化を隠すように、錬は多少大げさに首を振った。
その言葉を受けた陽菜が、愕然とする。
「え、そうだったのですか!? 星占いは由緒ある占いだと聞いて、きちんと毎朝チェックしていたというのに! ほら、今日のラッキーアイテムの押し花の栞だってちゃんとここに!」
「挟む本もないのに栞を持ってくるとは……。なにより、それを持ってきて事件に出会ったのだから、たった今幸運を呼び込む効果がないことが証明されたではないか」
「そんな殺生な……。おのれ帝テレ、この怨み晴らさでおくべきか」
などと物騒なことを呟いている彼女を尻目に、錬はこれからの予定を再考する。
「ともかく、探す当てがないのならば当初の予定通りにアトラクションを順に回っていくとしよう。犯人も金が用意される午後四時までは爆弾を起動させることはあるまい。元より遊びに来たのだから、探しながら楽しんでも良いのではないか?」
「むむむ……それでも、大勢の命がかかっているのですよ。それが分かっている身では真剣に探さざるをえません」
「そうして肩ひじを張っている内は、刑事と何も変わらない。プロの発想では出来ない、柔軟な視点が重要だというのは君が言ったことだ」
「確かに。せっかく気苦労を払いに来たのに、不穏な空気のまま一日が終わったら元も子もないですからね! こうなったらどちらも並行して頑張りましょう!」
「うむ、その意気だ。――それでスティフ、次はどこへ向かえばいい?」
「案内。先刻の密談により空中回転ブランコの時間が消費された。現在の時刻ではジェットコースターへの移動を推奨する」
「ジェットコースター! 観覧車と並ぶ遊園地の二大巨頭、まさか昼一番からこれを楽しめるとは!」
多少なりとも緊張をほぐした方が良いと言われたせいか、わくわくとした心持ちを全身で表現しながら陽菜は声を弾ませる。
その隙に、錬はなにやらスティフの耳元へこそこそと顔を寄せた。
「スティフ。すまないが、ちょっと良いか。実は一つ、君に頼みたいことがある。――だ」
「――受諾」
「すまない。だが、自分にはこれくらいしか案が思いつかなかった」
「提案。虚子を利用した念話が可能」
「そういう方法もあるとは思ったが、それをしながら陽菜とも会話できるほど器用である自信がない」
「理解。では、当機は貴方の命令を実行する」
そうしてやってきたジェットコースターは、やはりこの朱鶴遊園地で一番人気の乗り物のようだ。
これまでに彼らが並んだアトラクションの中でも、待機時間が最も長く十五分もかかる。
それでも他の時間帯の待ち時間からしてみれば短いことには変わりないようで、前に並んだ常連らしき客が「すぐに乗れてよかったね」「ねー」といった会話をしていた。
「さて、それでは遊園地に入る前のしりとりでもしますか! 確か次は錬の番でしたね」
「うぐ。覚えていたか。……だが、他にやることもない。良いだろう。その挑戦、再び受けて立つ。ルイジアナ」
「なんですかそれは」
「解説。アメリカの南部に位置する州の一つ。しりとりにおいて地名の使用は問題ない」
「そうですが、これまではそのような珍しい地名を出して来ませんでしたよね……さては、どこかの隙で調べましたね!」
「さて、なんのことやら」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、再びしりとりを始めた三人。
爆弾の方を忘れたわけでもなく、さりげなく周囲に目を配ることを忘れない。
さりとて目の前の勝負で相手に負けるわけにもいかず、例の如くなんとかして次の人間に難しい文字を回そうと試みる戦術を駆使していると、すぐに彼らの順番が訪れた。
「はい、それでは次の人。前から順番に、詰めて座っていってくださいね。荷物は足元に置いて、しっかり挟んでおけば大丈夫ですからね」
「……謝罪」
そこで、不意にスティフがくいくいっと二人の袖を引っ張った。
「便意。当機はトイレへ向かうことを要求する」
「え、ここでですか!」
「なに、仕方あるまい。ここは自分が付き添うから、君は存分にコースターを楽しんでくると良い」
すぐに付き添いを申し出た錬に、陽菜が申し訳なさそうに言う。
「本当によろしいのですか?」
「妹の恥には代えられないからな。……申し訳ないが、自分たちはここで抜けさせてもらいます。陽菜、施設の観察は君に任せたぞ」
そう言って、二人はそそくさとその場を立ち去った。
だが、彼らは便所に向かうこともなく、コースターの下の林に置かれていた休憩所のベンチに腰掛けた。
「さて、自分の発案した虚言に従ってくれて助かった。自分一人では君を陽菜に任せなければならなかったからな。これでようやく、あちら方面について話すことが出来る」
そもそもスティフは兵器を自称している以上、便意を催す必要がない。
外見的な特徴は人と同等であっても、戦場に不安定な要素をもたらす生理的機能など搭載されているはずもなかった。
先ほどの会話はあくまでも、二人がスティフの実態を知らない陽菜から離れて打ち合わせるための言い訳に過ぎなかった。
「それで、さっそく聞くが。スティフ――君はこの事件の全容を既に閲覧済み、と考えて良いか?」
予想していた問いをぶつけた錬に、彼女は特に隠す素振りも見せず首肯した。




