第二十一話 結成、遊園地の騎士団
「――そう、それは私がスッキリしようとパンツを下ろした時のことです。あ、上だけでなく下の方もですよ。これが俗にいう掛詞というものですね。あはははっ!」
「さらりとスティフに下らない駄洒落を教え込もうとするな。わざわざこんな所まで連れてきて言うことがそれなら、本当に腹の痛みが頭まで回ったとみて良さそうだな。一度叩いて元通りにすべきか」
「冗談ですよ、あははっ! だからその手をゴキゴキ鳴らすのを止めてください。続けますね……」
――そこから陽菜は、自分が聞き得た限りの情報を錬とスティフに伝えた。
今日の開園から一時間後、唐突に遊園地の管理者宛てに脅迫状がメールで送付されたこと。
午後四時までに現金一億円を用意しなければ、遊園地の各所に仕掛けられた計八個の爆弾が作動すること。
もし客を脱出させようと試みた場合も、同様に起爆させられること。
既に見せしめとして、アトラクションの一つが爆破されていること。
「……以上のことが、女子トイレの壁の向こう側からまことしやかに囁かれていたのです。残りは声が小さくなって聞き取れませんでした」
「恐らくは裏側が従業員の休憩所かなにかだったのだろうな。それが偶然聞こえたということか」
従業員側も話を漏らそうとしていたわけではないに違いない。
仲間内で話していた内容がまさか壁を通り抜けて向こう側まで届くなど、夢にも思わなかっただろう。
そもそも音が伝わるほどにトイレの壁が薄いことがおかしいのだ。
錬は一瞬この遊園地のプライバシー保護の観念を疑ったが、それは今は関係ないとして置いておく。
「だが、それが本当のことかは分からないな」
「私の話を信じてくれないのですか? エイプリルフールはとっくに過ぎていますよ」
「違う。その従業員たちが面白半分で噂話をしていたのかもしれない、ということだ」
「職員同士の恋愛のようなゴシップ程度ならばともかく、このような不謹慎な話題をわざわざ選ぶと思いますか?」
「それはそうだが……」
錬は手元のスマホを弄り、朱鶴遊園地のホームページを開く。
その中のアトラクション一覧を見ると、確かに一つが使用不能になっている。
しかし、その原因は単なる整備不良としか書かれていない。
もちろん爆弾が原因だとして、それを馬鹿正直に記載するわけがない。
それでも真偽の天秤が少しだけ陽菜の方に揺れたことに、錬は顎に手を当てて真面目に考え始めた。
「分かった。その話が真実だとして、陽菜。君はどうしたいんだ?」
「それはもちろん、私たちでその爆弾を探し出すのですよ!」
それが当然であると力強く意気込んで主張する彼女を、錬は冷静に見つめ返した。
「探し出してどうする? 発見した爆弾を処理する技能もないというのに」
「それは……警察に不審物の通報をするなど、方法は他にあるでしょう」
錬の言葉を受けて、冷や水を掛けられたように陽菜は勢いを萎めた。
そこに畳み掛けるように、錬が更に自身の見解を述べる。
「そもそも脅迫状の話が真実ならば、普通は警察に通報する。既にあちらはあちらで爆弾を探して東奔西走していることだろう。そこに素人がわざわざ首を突っ込むのは、逆に邪魔になるとは思わないのか」
「……うむむ。それでも、単純に手数は武器の一つです。プロの目線では発見出来ない場所も、私達だからこそ目を向けることが出来るのでは?」
「それならばとっくに一般の客が見つけている。そもそも犯人側としても、爆弾を処理されては困る。だというのに、素人に見えるようなところに置くわけがない」
「それは、そうですが……」
段々と表情を暗くさせる陽菜に、錬は今の自分たちが従うべき最善の結論を言い放った。
「今の俺たちがすべきことは、一刻も早くこの遊園地から出ることだ。違うか?」
「それは、他の客を見捨てろということですかッ!」
眼前の友人の冷たい物言いに、鎮火しかけていた陽菜の勢いが再燃する。
だが、彼女の荒立った声を受けてもなお、錬は怯む様子を見せない。
「それの何が悪い? 誰しも自分の命が大切で、他人の命は二の次だ。自身の安全を確保してから、警察に通報すればいい。誰も自分や君を責めることはない。それで終わりだ」
「――それは、それは……」
陽菜の冷静な部分は、錬の意見が正しいのだと告げている。
相手が間違っていないからこそ、反論しようとしても反論することが出来ない。
「そこまでして、君自身が事件に関わる理由は。関わろうとする理由はなんだ?」
「それは――」
陽菜は思案する。
錬を納得させられるものを――否。
冷静に考えれば、理屈で語る錬を納得させられる理由など何処にもないと彼女自身も理解している。
では、彼に答えるべきことはなんだろうか?
彼女自身が爆弾を探すべきだと考える、その理由は――。
「……許せない、からです」
ぼそりと漏れた一言に、錬はその真意を問いかけた。
「許せないとは、なにをだ?」
「人々に楽しみを与える遊園地が壊されることを。客の笑顔を人質に取った犯人の卑怯な手段を。他にも色々ありますが――なによりも、私と錬、そしてスティちゃんの大事な時間を害したことを。その原因を直接この手で潰さなければ、私の気が済まないのです!」
それは理屈うんぬんの話ではない。
彼女の、日守陽菜の持つ真っ当な正義感が、この事件の犯人を放置したままではいけないと燃えるように叫んでいる。
その明らかになった本心を待っていたように、錬は一転して態度を変えた。
「分かった。ならばこれ以上引き留める理由はあるまい」
「え。良いのですか?」
「どうやらこれ以上自分が言葉を重ねたところで、無駄でしかないようだからな。……ここで答えを出せなかったならば、いざ失敗した時の後悔を一生引きずったに違いない。されど己の心を明瞭にした今ならば、結果がどうなろうと後悔はしないだろう」
錬は肩を竦めて、それでも嬉しそうに言った。
彼自身、もとより遊園地の観客を見捨てる選択肢はなかった。
スティフの力に頼ることにはなるが、遊園地を出た後に遠隔でひっそりと爆弾を処理する心づもりだった。
むしろ陽菜が同行するだけ、彼女を危険に晒すことになる。
それでも彼女がリスクを認めた上で勇敢な意思を示したことは、彼にとって悪い気分ではなかった。
「とはいえ、一人で送り出すわけにもいかない。自分も付き合おう」
「賛同。当機も同行する」
「え、気持ちは嬉しいのですが……スティちゃんもですか? 聞いていたとは思いますが、これから私たちが取り組むのは、死んでしまうかもしれない危険なことなのですよ?」
「大丈夫だ、スティフもきちんと分かっている。間違いなく役に立つと自分が保証しよう。むしろ計算が出来る分、君よりも聡いからな」
「ちょっと、酷い言い草ですね!」
元通りの和やかな雰囲気が戻ってきたところで、陽菜が唐突に何かを思いつく。
「あっ、そうです!」
「今度はなんだ。なにか気になることがあるのか?」
「せっかくなのですから、チーム名を決めなければなりませんね!」
死地へと赴く状況もなんのそのと、呑気なことを考える彼女に錬は呆れた視線を送った。
「……それでこそ陽菜らしいと言えば、それまでだが。あえて聞こう。それは必要なことか?」
「もちろんですとも。今回は恐らく、私たちの連携プレイが重要ですからね。その結束を固めるためにも、特別な名前付けは重要なのです!」
そうはっきりと断言されては反論することも出来ず、なし崩し的に錬は受け入れてしまう。
「別に構わないが、そこまで言うのならば当然腹案はあるのだろうな?」
「ええ。私たちは今から、遊園地という楽園に潜む悪意に立ち向かう正義の体現者となるのです。故に、私は、高らかにこう名乗りましょう! ――【楽園の騎士団】と!」
「……そうだな」
予想していた通りの名称に、錬の羞恥心が硝子の如く儚く割れた。
「あれ、どうして目が死んでいるのですか!?」
一方満足げに頷いていた陽菜は、何故か称賛の声が返ってこないことに驚いていた。
「質問。私たちは騎士の爵位を持たない。騎士を名乗るのは不適切」
「ふっ、違いますよスティちゃん。騎士クリストファー曰く、騎士の称号とは誰かに与えられるものではありません。その心に正義を愛し、弱きものを守る心があれば誰もが騎士となるのです」
「学習。騎士とは――」
「止めてくれ。これ以上スティフに変なことを教えてくれるな、本当に……」
なぜか始める前から草臥れた様子を見せる錬を端に、陽菜は意気揚々とスティフの手を引っ張った。
なにはともあれ、こうして自称【楽園の騎士団】こと錬と陽菜、スティフの三人は、突如現れた人々の平穏を破壊せんとする悪の企みを破壊すべく立ち上がったのだった。




