第十九話 風水と経済学の所縁
優雅な乗馬のひと時を終えた三人は、続けていくつかのアトラクションを楽しんだ後に早めの昼食を迎えていた。
ゴーカートやティーカップなどの一般的なものから、遊園地には珍しいアスレチックを体験し、適度にエネルギーを消費した彼らの身体はがっつりとした昼食を求めていた。
「ふぅ、これでひと段落だな」
ゆったりとプラスチックの椅子に腰かけて、錬は口に残った油分を一度雪ぐために冷水の入った紙コップを傾けた。
錬が頼んだのは無難なから揚げ定食で、揚げたてのジューシーな鶏肉が激しく唾液腺を刺激する。
隣に座ったスティフは小さめのきつねうどんを注文し、上に乗った油揚げを真っ先に平らげた後、うどんを一本ずつちゅるちゅると吸っている。
そして残る陽菜は、二枚重ねの油淋鶏定食を恐るべき勢いでがつがつと腹に収めていた。一緒にお盆の上に乗った大盛りのご飯が、みるみるうちに嵩を減らしていく。
「よくその量を食べられるものだな。見ているこちらが胸焼けしそうだ」
「運動したら食べる、これが健康な人間の基本原理ですからね!」
「確かに、先のアスレチックで暴れた分を考えれば妥当だが。その細い腰によくもそれだけの肉が入るものだ。驚きや呆れを通り越して、いっそ感動させられる」
彼女はアスレチックに挑戦する際に、真っ先に最上級者コースを挑戦していた。
プロのアスリートでも困難との謳い文句を掲げていたそのコースを、彼女は野猿のような動きでするすると攻略していた。
平然と点々とした足場を駆け抜けていくその度胸には、端の上級者コースの壁を登っていた錬もほぅと感嘆の声を漏らしたほどだ。
それを考えれば、彼の二倍はお腹が空いていても不思議ではないのかもしれない。
「いやはや、本当に美味しいですね! 自分でお金を払わなくていいのでなおのこと!」
「それはなによりだ。だが、多すぎるからと余すなよ?」
「勿論ですとも! 米一粒にも神様が宿っていますからね、お残しは決して許されません!」
その言葉の通り、彼女は綺麗に皿の中身を完食した。口と皿の間を往復する箸の動きは錬が目を疑うほどの速さだったが、それとは裏腹に彼女の周囲にはソースの一滴もこぼれていない。
粗雑なようで見事な食べっぷりに改めて感心しながら、錬は寂しくなった懐具合に思いを馳せる。
――この調子では、早々にアルバイトを決めた方が良さそうだ。
そう内心で決意したところに、思い出したように陽菜が口を開く。
「おっと、これは……錬、少しお花を摘んできますね」
「うむ、さっさと行ってくると良い。時間はまだたっぷりとあるから、自分たちはここで待っている」
「すみませんね。早めに済ませてきますので」
小走りで去っていった陽菜の背中を追い掛けながら、スティフが首を傾げた。
「疑問。この周辺に植物採集に適した場所は存在しない」
「あー、トイレに行くことを意味する、女性特有の隠語だ。排泄関係は汚物を伴うから、遠回りの表現が好まれる。特に男性が相手だとな」
「疑問。男性に排泄関連の直接表現は不適切?」
「不適切、というよりは当人の羞恥心の問題だな。自分は気にしないが、彼女は年頃の乙女だったということだ」
公共の場であるが故に、他人に聞こえないように小さな声で話す錬。
特に遊園地そのものが大人気ということもあって、この食堂も他のアトラクションと同様に満員御礼だ。
幸いにも周囲には気分を害した様子の人間は見受けられず、ほっと錬は胸を撫でおろす。
それと同時に、この人で埋め尽くされた食事エリアの状況を見渡して、彼は意外そうに呟いた。
「それにしても人気だな、この遊園地は。今どきの人間は家でゲーム三昧で不健康だと騒がれているのが嘘のようだ。小さな遊園地とは言え、愛されているということか」
「検索。この朱鶴遊園地は評価サイトおよびSNSでも高評価を獲得している。特にリフレッシュ効果が多数喧伝されている」
「そういえば、軽く下調べした際にもそのような評価をいくつか見たな。身体を動かすアトラクションが多いからか?」
デスクワークの多い最近の人間には、運動の機会が欠けている。
それを楽しみながら行うことの出来る施設というのは、現代人の心と体の両方にとって良い清涼剤となり得るに違いないと彼は考えた。
「肯定。また、この地は龍脈が存在し、風水的にも集客効果が発揮される構造となっている。客の疲労を回復し、精気を与える効能が確認出来る」
「……風水か。それなら少しは知っているが、自分の知識では家の建て方や家具の配置程度だ。遊園地のような巨大施設にも効くものなのか?」
付け加えられたスティフの見解に、錬は興味深そうな目を向ける。
「説明。風通しが良好であり、滞留する客の悪気を飛散させる立地。またアトラクションが日陰とならないよう設置され、太陽の陽気を全身で浴びることが可能。陰気を発散する運動効果と、陽気を吸収させる環境が適度に重なっている。またこの土地は鉄道、河川、高速道路に囲まれている。それらが自然と陽気を集約する結界として機能し――」
「……聞いている分だと、まるで普通に経済的に恵まれただけのようだな。日陰が出来ない、交通の便がいい。自分の視点からすれば、単に商業施設を立てるに相応しい土地であると言っているように聞こえる。風水というオカルト的な要素に関わりなく、な」
思わず口を挟んだ錬に、スティフはその意見を否定することなく頷いた。
「肯定。風水は経験的知識の蓄積、経済学は分析的知識の蓄積。入口が異なるだけで、最後には同じ結論に辿り着く。2という解答が1+1という加算の結果か、4÷2という除算の結果か。その程度の差異に過ぎない」
「いずれにせよ、同じ結果を導くということか。なるほど、これは興味深い話だな」
面白い話を聞いたものだと、錬は今のスティフの話を反芻しながら笑みをこぼす。
――だが、その感想は彼だけのものではなかった。
「Hmm……面白い話をしていますネ」
突然飛び込んできた新たな声の主に、錬は驚いてそちらの方を向いた。




