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第十七話 遊興の陰を急ぐ人影


「る、る……あっ、狼男(ルガルー)!」

「散々悩んだかと思えば、なんだそれは。自分はそのような単語は知らないぞ」

「検索。フランス語で人狼を意味する言葉」

「どこからそのような知識を、いや陽菜のことだからゲーム由来か。ともかく、発音の怪しげなカタカナ外国語をしりとりに持ち込んでいいものか……。まあ、良いだろう。次は自分か。るから始まる言葉はまだあったか?」


 むむむ……と顔を顰める錬に、前方から景気のいい声が投げかけられる。


「はーい、次の方どうぞー!」

「む、残念ながらしりとりはここまでだな。行くぞ二人とも」

「ああ、あと少しで錬から降参の一言を聞けたというのに。なんともタイミングが悪いものですね」

「仕方あるまい。元より暇潰しなのだから、そこまで勝ち負けに固執せずとも良いだろう……大人一人と子供一人です。あと、自分と彼女は学生割引をお願いします」


 学生証を提示しながら、およそ三十分ほど悩ませた頭を落ち着かせるようにほっと錬は息を吐いた。

 彼らが息抜きに選んだ遊園地はそこそこの人気があり、入場門の前には長蛇の列が出来ていた。

 それが昇華されるまでの間、錬と陽菜、スティフは時間を潰す手段としてしりとりを選んだ。

 初めは普通に単語を続けていくだけの楽しいゲームだったが、その中にスティフの戦略が混じることでゲームは段々と熾烈な知識争いに変貌していった。

 日本語は【る】で始まる言葉が少なく、その知識を入手した彼女は当然のように【る】で終わる言葉ばかりを続けていく。それを知らなかった錬と陽菜は彼女は徐々に追い詰められるようになり、やがて互いに頭をひねって知識を絞り出すことを余儀なくされたのだった。

 次の言葉に当ての無かった錬は、内心しりとりが終わったことに安堵していた。


「では料金は表のとおりです」


 割引されてもなお学生には高く感じられる金額を支払い、彼らは無事に入園の手続きを完了した。

 それぞれ渡されたフリーパスの証明となるリストバンドを身に着けると、視界の端に奇妙な着ぐるみが飛び込んでくる。


朱鶴(しゅかく)遊園地へようこそナス。今日一日、楽しんでいってほしいナスー!」


 遊園地のマスコットである朱色の鶴、キグナス君に見送られて彼らは正門前の待ち合わせ広場へと足を踏み入れた。

 中央に噴水が聳える石畳の広場には、既に子供を連れた家族連れ、恋人同士、友人同士など、多くの組み合わせが楽しそうに歩いている。

 この調子では入場の時と同様、アトラクションにも長い待ち時間が必要とされることは簡単に想像がつく。

 さっそく彼らは時間を浪費しないべく、最初に遊ぶアトラクションを吟味し始めた。

 手元に受け取ったパンフレットを三人で覗き込む。


「むふふ、それではどうしましょうか。(わたくし)としては観覧車が一番なのですが、夕日を見ながら乗るというのが定番のようなのです。というわけでそれ以外、まずはジェットコースターとやらに乗ってみたいですね!」

「焦り過ぎではないか? 一発目から心臓に悪いものに手を出さずとも、まずは他の落ち着いたところからゆっくりと攻めていくべきだと思う」


 地図を見ながらそれぞれの希望を出し合う二人の袖を、不意にスティフが引っ張った。


「なんでしょう、スティちゃん。もしや行きたいところがあるというのなら、まずはそちらへ――」

「提案。当機(スティフ)が計算する」

「ええと、つまりどういうことでしょうか?」

「説明。最初に二人が希望の遊具を羅列する。後にそれらを含めた全体を万遍なく網羅可能な道順を計算する」

「あははっ、それが叶えば素晴らしいとは思いますが……本当にそのような芸当が可能なので?」


 疑惑の視線を保護者へと向ける陽菜。

 それを受けた錬は、頬を小さく掻きながら気まずそうに頷いた。


「あ、ああ。身内贔屓になるが、スティフは天才だ。当人が出来ると言えば出来るのだろう」

「なるほど。それではお任せしますね、スティちゃん。なに、失敗してもお姉さんは怒りませんから!」


 まるで信じていない様子だが、それでも背伸びをする小さい子供を見守るような形で陽菜はスティフの提案を受け入れた。

 彼らは遊園地のアトラクションを一瞥した後で、自分の希望をそれぞれ述べる。


「まず、当然の如く観覧車は外せないとして……自分としては、バンジージャンプが気になるところだ」

「なんですか、錬も絶叫系に興味津々ではないですか。ともかく、私は先ほど言った通りジェットコースターですね。これもまた、遊園地のお決まりの一つと聞き及んでいますから」

「了解。他の要望は存在する?」


 錬はその確認に、いったん目を閉じて考え込む。 


「そうだな……。余計な一言かもしれないが、昼食を一時間程度取っておくのも忘れずにな」

「おっと、そうでした。昼食の後にはこの【甘味処しゅかく】に立ち寄りたいのです! ここは特製の、鶴を模したパフェが人気とのことですからね!」


 ばんばんとパンフレットを叩きながら興奮する陽菜に、呆れる錬。


「なんだ、そういった場所だけは事前に調べてきたのか」

「当然でしょう! 錬が支払ってくれるとのことですから、一番お高……もとい、評判の良い所で食べたいですからね!」

「まったく、食い意地の張っている。まあ、構わないが」

「あははっ、ご馳走様です! それでここもお願いできますか、スティちゃん?」


 そんな彼をよそに、スティフはこくりと頷いた。


「入力。以上を確定場所として演算を開始する――終了した」


 そして十秒も経たぬうちに計算を終わらせた彼女に、陽菜は目を見張った。


「む、随分と早いですね」

「天才といっただろう。それで、一番最初に自分たちはどこへ行けばいい?」

「案内。最初はメリーゴーランド。この時間は一番人気が少ないため、待機時間がない」


 そういって先導を開始したスティフに、二人が続く。

 道中に並ぶ数々の巨大な遊具に目を惹かれながら、陽菜が楽しそうに口を開く。


「メリーゴーランド、あのメルヘンチックな、回転する機械の馬でしたか。本物とは違って乗りやすそうですね」

「ほう、乗馬の経験があるのか。珍しいな」

「ええ、本家の方で少々。とはいえ私が乗ろうとした馬はみな、暴れて乗り物にならないという曰く付きの経験ですが」

「それはそれは、おかしなこともあるものだな」


 彼女の実家のことはあまり触れてはならない領域だと知っている錬は、軽く感想を述べるにとどめておいた。

 なお、流石の馬も目の前のじゃじゃ馬には勝てなかったか――という考えが一瞬頭を過ぎったが、錬はそれを敢えて口にすることはなかった。これ以上余計なことを述べて昼食代を上積みされるのは、さすがに勘弁願いたかった。

 そのように無難な会話をしながら進んでいくと、ふと、錬は曲がり角で突然飛び出してきた一人の男性と衝突した。


「くっ!」

「ぐおっ!?」


 互いに予想していなかった衝撃に呻きながら尻餅をつく。

 幸いにも頭を打ったり腕を脱臼したということもなく、二人はすぐさま立ち上がった。


「申し訳ありません、失礼しました。本官が急いでいたせいで迷惑をかけてしまいました」

「いえ、幸いにも怪我はありませんでしたので。そちらこそ大丈夫ですか?」

「ええ、まあ……」


 外見は髪を丸刈りにした、普通のどこにでもいるような筋肉質の長身の男性だ。

 錬は彼の足元に黒のイヤホンらしきものが落ちていることに気づき、拾い上げる。


「これは貴方の物では?」

「おっと、これは申し訳ない。大切なものなので、失くすと上司に怒られるところでした。重ね重ね申し訳ないが、本官はこれで……」


 相当慌てていたようで、彼はそれを錬の手から引ったくるように受け取ると、彼らが歩いてきた方向へとそそくさと立ち去っていった。


「……おかしな人でしたね。大の大人が、そこまで乗りたいアトラクションでもあったのでしょうか?」

「さて、そういうこともあるだろう。いずれにせよ、他人の都合など気にする必要はない。あ()つつ……」


 そう言うと、錬は軽く胸を押さえた。


「大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込むスティフの頭を安心させるように撫でながら、錬は頷いた。


「うむ、大したことはない。怪我をしたわけではないから、気にするな。当たり所が悪かったのだろう。肋骨が折れている感触はないが、少しばかり痛みが響いてな。さあ、せっかく計算した予定が狂うのももったいない。早く目的のアトラクションに向かうとしよう」

「当たった本人がそういうのなら、構いませんけど。後で痛くなってきたらすぐに教えてくださいね? さあ、行きましょうスティちゃん」


 スティフと手を繋いで先を急ぐ陽菜を追いかけながら、錬は先ほどぶつかったときのことを思い返す。

 錬と男性の身長は同じ程度であったため、彼の胸を痛めたものの正体は相手の同じところにあると考えられる。

 そして、彼の口から飛び出た珍しい一人称。


「……まさかな」


 頭に過ぎった嫌な予感を追い出すように、錬はぶんぶんと頭を振った。

 ――せっかく入学早々巻き込まれた厄介ごとを乗り越えたというのに、一日の間も置かずにまた新たな厄介ごとに巻き込まれてなるものか。

 どうせ気のせいに過ぎないだろうと、錬は先ほど男性のジャケットの隙間から見えた黒光りする金属のことよりも、視界の先に佇む豪華な仔馬たちのことを考えるのだった。


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