その2『片目の目撃者』
「──だからねぇ~、私のお友達がぁ、いきなり肩に噛み付かれててぇ怖かったからぁ、私は逃げたのよぉ。それはもう必死でぇ。私のお友達はぁ、逃げ切れてなくてぇ、ちょっと助けに戻ったらぁ、そこからの記憶が無くなっちゃってぇ。多分ぅ、私の目もぉ、そのときやられたんだって思うのぉ。だからぁ」
「ね、あんた。もちょっと手短にってのと……その話し方どうにかならないの?」
「ん~?」
痺れを切らした音村ひびきに、眼前の、眼帯の少女は疲れたように息を吐いた。
音村ひびき、14歳。現在、都会のカフェテリアに居座っている。いつも通りの仏頂面で、目の前の浮世離れした雰囲気の少女を、親の仇とでも言うように睨み付けていた。なぜ、ド田舎里暮らしの彼女がここに居るのかというと、
「──大大大都会で吸血鬼が出たっていうから来たのに……目撃者はただのガキって何よそれ? はぁーぁ。観光してからかーえろ」
「ガキにガキって言われるのも心外ねぇ……」
「はぁ?」
里から遠く離れた大都市で発生した、《少女連続失血死事件》。ヒビキはその調査に派遣されたのだ。もちろん、嫌々。
彼女は上質なコーヒーで舌を軽く潤し、ソファに沈んだ。フードを目深に被って、何をするわけでもなく自分の爪をいじっていた。言葉通り、ヒビキの前に腰掛けるのもまた、ガキである。だがしかし、鍵でもあった。
彼女こそが、この事件に関わった少女の中で唯一の生き残り。澄んだ若草色の髪に、片目の眼帯。ポップで愛らしい服装とは異なり、やけにその顔立ちは大人びて見えた。髪の短い小洒落たフランス人形さんみたいだ。
ただし、そのねっとりと耳に張り付くような話し方を除いて。
「ね、おねぇさん、私の話は本当よぉ。ウソも偽りもないのよぉ。お友達が目の前で食べられて、倉庫でキバのある人に襲われた。おねぇさんがその気ならもっと話してあげるけどぉ」
「──ウソはやめなさいよ」
「えぇ?」
伸びた口調を、ぶった切った。音村ヒビキが。別に、今更その話し方に腹が立ったわけでもない。
「事件に遭ったのは、つい一昨日のことだったそうね。目の前でお友達が襲われて、アンタも襲われかけた。そこまでは分かったわ。でも、あまりにも落ち着きすぎてやいないかしら?」
「……」
「事件のことを話すとたび、それ相応に悲惨な場面を思い出すはずなのに。アンタは一つも怯えていない。怖がって無い。普通、友達が目の前で襲われてるとこなんか見たら、トラウマんなって夜も眠れなくなるでしょ。でも、アンタは違う。けろっと話せているじゃない」
だから、何もかもがおかしいのよ。
信憑性に欠けすぎているのよ。と。ヒビキは言った。まるで、眼前の少女が作ったお話を、聞かされているような気分だったのだ。自分も事件に遭った少女はどこか、他人事のような顔をしていて。第三者の、目撃者である立場を貫いていた。ヒビキの言葉に、彼女は楚々と笑った。
「何も考えていないようで、案外、鋭いのねぇ……おねぇさん」
「収穫が無いなら時間の無駄。情報がデマなら私がここにいる義理は無い、以上。帰るわ」
「ちょ、ちょっとぉ、待ってよぉ! 何もデマだなんて言ってないでしょぉ? 目撃したのもホント! 私が何にも思わないのもホントなんだからぁ!」
珍しく狼狽した彼女は、立ち上がったヒビキのうでにしがみついた。
「は、あ? アンタ、そしたら相当最低、というか、感情ってもんが無いんじゃあないのかしら……。たとえ、知り合いじゃなかったとしても、目の前で人が襲われたら、心に傷ができるモンでしょうが!」
「一辺倒な見識ねえ……感情の無い“暴血姫”は、あなたの方じゃないのかしらぁ」
薄笑いを浮かべる少女の爪が、ぎりぎりとパーカーに食い込んだ。まったく、逃がすつもりは無いらしい。その必死さに、ひびきはどこか怖さを感じていた。彼女の言葉が本当なら、
「アンタ、普通じゃないわよ」
「あらぁ〜、その言葉、そっくりあなたに返したいわぁ」
随分オブラートに包んだものだが、彼女はやけに悲しそうな顔をしていた。
「ねぇ〜そろそろぉ、自己紹介しても良いかしらぁ。アンタって呼ばれるのぉ、そんなに好きじゃないのよねぇ」
「………どうぞ」
と、だけひびきは返す。すると、少女は弾むように笑って。というか、やっと年相応な笑顔を見せ、
「カヌレ。私の名前は、カヌレって言うのぉ。たくさん、お話ししたいことがあるのよぉ〜。ねっ、おねぇさん」
と、回ってみせたのだった。