表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

プロローグ『夜』





「────っはぁ、はぁっ」



 荒い息遣い。



 街頭もない夜道に一人、少女の姿があった。足を止める暇もなく、闇を駆ける。縺れた足で、必死に、



「はっ……くっ、はぁっはぁ、誰か、誰か助けてぇっ……!」



 何かから逃げるように、もがいて。手を伸ばした、瞬間。



「ぅ、ぃっ! やああああああああああっ」



 弩に弾かれでもしたかのように、少女は叫び声を上げ、その場に膝を折った。そして、少女と、その上に重なる影が月明かりにくっきりと照らされていた。

 爛々と輝く黄金の瞳、鋭く、その白肌に食い込んだ牙、月光下に現れたのは、紛れもなく──吸血鬼だった。夜の色に溶け込むような長いマントが、少女までも覆い隠していく。



「っぢぃ……っあぉっ、ご、っあじ、ぅあ」



吸いきれない赤が妖しく、鬼の首を滴り落ちた。

年若い青年は、欲望のままに生娘の血液を貪っている。彼の頬は悦びに歪み、紅潮し、そして。



「──ご、ぉっ!? ……っあ、ああ!」



 ──弾け飛んだ。 



少女の肩に噛み付いたまま、彼の顔面がいきなり、爆ぜたのだ。その頭があった場所には、紅い大輪が咲き、煌めくソレには彼の血や皮膚が、べっとりとこびりついている。


「ぃぎぃっ、ゔがっ……!?」


 頭を失くした鬼は、言葉にならない叫びを上げて、べちゃりと崩れた。

あっけなく。


「くふっ、あは、あっははははははは」



 そして、闇の中には場違いなまでに明るい声が響いていた。


 乾いて冷え切った嗤い声が。

 一人の少女の嗤い声が。

 血を吸われていた少女の、醜い嗤い声だけが。


 眼前の光景に少女は狂ったように嗤っていた。怯えるなんてことは無い。


 ただ見下すように。

 彼女は、笑い続けていた。


 なにせ彼の頭を爆ぜたのは、あの少女だったのだから。深紅の結晶は少女の首から出ている。ちょうど血を吸われた部分から、刃のようにそれが突き出していたのだ。 彼女を赤く染めるのは血なのか、それとも恍惚なのか。ともなく、少女は立ち上がった。


「あはっ、楽しいねっ、悲しいねっ! 寂しいっ!? 淋しいねっ」



 その踵は、弾む度に転がる肉片を踏みつける。

 

 満たされることの無かった腹を。


 ────踏みつける。


 色を失った目玉を。


 ────踏みつぶす。


 ご自慢の並んだ牙を。


 ────砕き割る。


彼の人生を、全て否定するように。


 ────踏み壊す。


今までしてきた何もかもを、嘲笑うように。


 ────踏みにじる。


 ────踏みにじる。


 ────踏みにじる。 


 ────踏みにじって。



 そこまでして少女は、その脚を一層に高く上げ、


「ねえ、どんな感じ?」



 物言わぬ肉片に問いかける。至って真剣な眼差しで。その脚を、


「自分の大好物にっ! 殺されるってのはさあっ!」



無慈悲に、無干渉に、無感情に、真っ直ぐに。振り下ろしたのだった。



「あァ……お疲れ様でした」



 皮肉にも、皮も肉も飛び散り、完全に塵と化した吸血鬼青年に。少女は手を合わせたのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ