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異世界なんかじゃない!  作者: 佐藤スズキ
第一章 始まりの町 アルベルト
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第1話 正解のルート

全身が暖かい。

瞼を通過して若干赤くなった光を鬱陶しく感じた。

死んだわけじゃあないのか?

それとも天国とやらに来てしまったのだろうか。

体に纏わりついた熱を少しだけ取っ払う風が吹いた。


「やっぱり外じゃあないか」


瞼を開いて最初に出た言葉だった。

とてもじゃないが信じられなかった。

確実にあの事故で死んだと思っていた。

研究室じゃないってことは転送されてしまったのだろうか。


「森か?後ろには……洞穴か?これ」


上半身を起こして周りを見渡すと青々しい森だった。

少なくともマサチューセッツの本部に転送されたわけじゃなさそうだ。

洞穴も気になるが、今は現在地の確認をしなければ。

しかしウースターにこんな森ってあるのか?まぁまぁな都会って聞いていたんだがな。

これは座標がかなりずれているな。

とりあえず森を出よう。


「ケータイ、ケータイは……ん?」


ケータイを取り出すためにスラックスのポケットに手を突っ込むと明らかに違和感があることに気づいた。

なぜ先ほどまで気づかなかったのだろうか。

右ポケットにリンゴが入っていた。それもテニスボール程の小さなリンゴが。

そして、ケータイは机に置いた鞄の中に入れたままなことを思い出した。

現在地が分からない状態で手荷物はリンゴ、腕時計、ボールペン、ハンカチのみか……。

まぁ幸いにも腕時計があるから方角は分かる。

とりあえず明らかに邪魔なリンゴはさっさと食べてその辺りにでも捨てよう。

朝飯が足りなかったのか、ちょうど小腹が空いていたところだ。


「小さいだけで味は普通だな」


さて、南を調べよう。

今は10時15分といったところか。

短針と長針の間――、12時と1時の間の方向に太陽を入れる……。

太陽……。


「ん?あれ?……ウソだろ?」


てっきり僕はマサチューセッツに転送されたのかと思っていたが、これはとんだ勘違いだった。

日本時間で10時15分。マサチューセッツなら21時15分ってところだ。

なんで太陽が出てるんだ!?

まさかアメリカ大陸ですらないのか?

今、昼間の国はたくさんありそうだが、ここの太陽はまだ上りきっていない気がする。

ということは日本辺りに飛ばされたということだろうか。

座標の設定は合っていたし、誤差だとしてもここまでずれることはないと思うんだがな。

しかたない、とりあえず南に進もう。

ちょうど後ろにあった洞穴の反対側、僕から見て正面側が南だった。

そもそもここが日本なのか怪しいからこの方角が合っている保証はどこにも無いんだが、今はこれに頼るしかない。

しかしこれは……本当に森だな。いや、実際森なんだが。

洞穴の前、僕が倒れていた辺りは綺麗に樹が生えていないが、その周りは一面樹が茂っている。

道らしき道もない。

サバイバルナイフでも持っていれば良かったんだがな。

そんな物を日常的に持ち合わせているはサバイバーかイカれた中高生くらいだ。


「うひぃ……虫が出てきませんように」


絶対に叶うことのない願いを口に出しながら僕は恐る恐る森へ入っていった。




森へ入ってから30分が経過した。

未だに道も見つかってないし町らしきものも見当たらない。

正直言って方角すら分からなくなった。樹が邪魔で太陽の方向が分からないのだ。

それに暑いし、のども乾いた。

ここに来てすぐにリンゴを食べて捨てたことを今は後悔している。

ワイシャツの袖を捲りたいし、ニットベストも脱ぎたいんだが、虫に刺されそうだし荷物を増やしたくない。

早く町か道を見つけたいところなんだが……。


「それにしても暑いな」


いや、別に夏ほど暑いというわけじゃないんだが、今朝に比べたら暑すぎる。

30分も森を歩けば汗をかくものだが単純に気温が高い。

5月並の気温じゃなかろうか。まさしく春の陽気というような。

確実にここが静岡じゃないことは分かった。

そして今更ながら気づいたが、ここからどうやって家まで戻ろうか。

財布もケータイも無い状態で当てもなく森の中を彷徨っている。

日本なら最悪ヒッチハイクなり人に借りて電話するなりで解決するが……。

海外だったら……絶望的だな。

止めよう。人は孤独になるとマイナスな思考になりがちだ。

きっと上手くいく。何とかなるさ。

いや、これは現実逃避だな……。

しかし、どうすればいいのか。

そういえば、英志の姿が見当たらなかったが、あいつは別の場所に転送されてしまったのか?

それとも――いやいやいや、いかんぞ。マイナスになっている。

今の状況で無理やりポジティブな面を探すとなると……。

そうだ!人間の転送に成功しているじゃあないか!

検査してみないと分からないが今のところ身体に異常はない。

偶然とはいえ成功に変わりない!


「これはかなり良い事じゃないか!いいぞ、いいぞ!……はぁ……。」


言葉に出せば元気が出るかと思ったがだめだ。逆に疲れた。

30分も森を歩いたんだ疲れて当たり前だ。少し休もう。


「まったく。おじさんに森を何十分も歩かせるんじゃあないよ」


そんなことを言って樹にもたれた時だった。

今までと違って暗い緑で支配されている視界の奥の方が明るい。

明らかに樹の数が少ない。


「もしかして、道か?」


そう言ってから腰を上げるのに時間はかからなかった。

道だ!いや、道じゃなかったとしても森を抜けられるぞ!

そう思ったら居ても立っても居られなくなって走った。

オアシスを見つけた時の砂漠を放浪していた者のように、シマウマを見つけたチーターのように。

年甲斐もなく走った。不思議と体は重くなかった。


「やった!やったぞ!抜けられるんだッ!」


目の前のオアシスの全貌が分かってきた。

舗装されてはいないが車が一台通れるほどの大きさの道だった。

僕は全速力で走ったままハードルを越えるみたいに高く飛んで道に出ようとした。

その時だった。

突然、獣のうめき声のような音と一緒に巨木程の大きさのものが僕を空中で左へ吹っ飛ばした。

骨が砕ける音がした。内臓が破裂する音も聞こえた。


「ぐあああああああぁぁぁぁ……!」


ふと、気づくと僕はまだ樹にもたれていた。

”デジャヴ”とでもいうのだろうか。

今ここで喜び勇んで走り出すとこうなる気がした。

いや、気がした程度ではない。

実際に体験したかのような不気味な現実感があった。

確か右から何かがやってきた。

少し左にズレて道に出れば大丈夫だろうか。

急に道に出るのが怖くなったぞ。

僕は走らずにゆっくりと恐る恐る森を抜けて道に出た。

アスファルトで舗装はされていないが十分歩きやすい平らな道だった。

さて、忘れてはいけない。

僕は恐る恐る首だけを右に回した。

やはり、先ほど”デジャブ”の中で僕を吹っ飛ばした正体がいた。

それは2メートルは優に超えた大きさで、でかい牙を生やした化け物だった。

服は着ていないし緑色ぽい肌をしていて、棍棒を持っている。

あれで吹っ飛ばされたのか……。


「どうやらここは地球ですらないみたいだな」


この状況でよくこのセリフが出てきたと思う。

しかし現状は絶望的だ。日本語が通じるとは思えない。


「えーっと……僕は地球人でして、迷い込んでしまっただけで貴方達に危害を――」

「ウガアアアアアアア!!!」

「うわああああ!!」


ダメだ!やっぱり通じるわけがないし、こいつはあんまり頭良さそうじゃない!

とりあえず道に沿って逃げよう!

こいつらに道を作れるとは思えないし他の知的生命体がいるはずだ!

そいつらに助けてもらおう!


「ウガアアアアア!!」


まぁそうだよね。追いかけてくるよね。

しかしこの全速力の鬼ごっこがいつまで持つのだろうか。

こっちは30分以上も森を歩いた後なんだぞ。早々に諦めてくれ!

それにしてもこの化け物は一体なんなんだ。

異様に足が速いし全裸だし。お前の化け物が丸見えなんだよ!

それだけ筋肉があってデカけりゃ遅いと思ったんだが、なかなかに速いぞこいつ。

しかも棍棒も振り回しながら走るって……どんな体力しているんだ。

ダメだ……僕の体力が持たない。限界に近いぞ。


「ん……?」


道の奥に何か見えた。

あれは……標識か?

いや、道しるべだ!

僕の目の前を通過している道の先はY字に分かれていた。

どっちに行けば町があるんだ?どっちが正しい道なんだ?

考えるんだ。考えろ。分かれ道に着くまであと数秒しかない。

左か?右か?確率は二分の一だ。

よしっ、左に行こう!左だ!

いや、待てよ。こういう時は右行くと安全だと聞いたことがあるのを思い出したぞ!

うーん……、でも漫画の情報だしな……。

しかもアレ結局完結していないし。


「ええい!漫画の情報だろうがどうでもいい!藁にすがってやる!右だッ!」


残りわずかとなった体力を振り絞って右に曲がった。

ただ、この先に町がなければ僕は終わりだ。

こんな訳の分からない星で死ぬ羽目になる。

逃げるんだ。急いで、追いつかれないように、棍棒に当たらないように。

森で逃げる羽目にならなくて良かった。

走りやすい道で良かった。

でも体力の限界だ。もう既に体を騙して走っている。

明日は筋肉痛だろうか?脚は動かないだろうな。

いや、明日のことなんぞ考えるな。今だ、今のこの状況のことを考えるんだ。

といっても『逃げる』ということしか今は行動できないんだがな。

まだか、まだ町は見えないのか。

道を挟んで周りはただの森しかない。

知的生命体はどこにいるんだ。

 

「あっ……」


ほんの一瞬の出来事だった。

必死だったゆえに道に落ちていた小石に気が付かなかった。

限界を超えていた僕の体が転ぶには十分な要因だった。

走っていたスピードのまま僕は地面とキスをした。

鼻のあたりが熱い。

おそらく鼻血でも出ているんだろうがそんな悠長なことは言っていられない。

今は止まったら終わりなのだ。死ぬという道しか残されていないのだ。


「ぐはっ……!」


化け物が目の前まで来た。

鬼ごっこはおしまいだ。

僕の人生はここで終了する。

こんな思いをするのは今日だけで3度目だ。

転ばなければ、こんなところで転ばなければ……。


「こんな石ころに!こんな……道に転がっていた無機物なんかにッ!僕の人生を終わらせる権利があるわけないんだッ!」


無性に腹が立ったのだ。

こんなモノで転んだだけで人生が終わるということに。

化け物が棍棒を振りかぶった。

潰す気か。こんな道のど真ん中で。

しかし、死ぬ瞬間って本当にゆっくりになるんだな。走馬灯とやらは見えないが。

あぁ……今度こそ終わりだ。

そう覚悟して僕は目を力強く瞑った。

しかし、僕が潰される気配はない。


「あれ……?」


また死んでいなかった。

しかしさっきのデジャヴと違うところがひとつあった。

化け物が死んでいる。頭と体が離れ離れになって倒れている。


「アンタ大丈夫っすか?怪我とかは無いっすか?」


日本語だ。死んだ化け物の隣に日本語を話す知的生命体がいる。

あの化け物に出会ってからここは別の星かとすっかり思い込んでいた。

まだ地球人が発見できていない生命が住む星にでも転送されたのかと思っていた。

しかし、目の前に日本語を流暢に話す奴がいる。

日本語を話すということはここは地球なのだろうか。

あんな化け物がいるのに?

訳が分からないがとりあえず助かった。


「ちょっとー?聞こえてるっすか?」

「あ、あぁ……大丈夫です。ありがとうございました」

「これくらい朝飯前っすよ」


僕が必死になって逃げていた化け物をあっさり倒してしまった者は青年だった。

金髪の騎士風の格好をした青年。

目は茶色がかった綺麗な青色をしている。

西洋人のような見た目なのになぜか日本語を話す。

あの化け物といい、この青年の見た目といい、ファンタジーの世界にでも迷い込んだ気分だ。


「アンタのその恰好、ここら辺の人間じゃないっすよね」

「まぁ……はい、多分」

「道に迷ったって感じっすかね。だったら町まで案内するっすよ」

「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」


良かった!町に行けるぞ!

やっと安全な場所に行ける!


「まぁ、俺も帰るところだったっすから。でもその前にその傷は洗ったほうがいいっすね。ばい菌が入ったら治りにくいっすから」

「え?あ、いてて……」


言われるまですっかり忘れていたが顔が擦り傷だらけだったし、鼻血も出ていた。

とりあえず鼻血は持っていたハンカチでふき取った。


「付いてきてくださいっす。この先をもう少し進むと川があるんっすよ。そこで洗いましょう」

「わ、分かりました」


そう言って化け物の死体を放置したまま青年は歩いていった。

そのまま付いていこうとしたが、ひとつ思い出して化け物のところに戻った。


「こいつ……さっきはよくもやってくれたな」


僕は小石に向かって話しかけていた。

数分間追いかけまわした化け物にではなく、こいつにムカついていたからだ。

八つ当たりにも程があるのだが、ここに転送されてきてからの鬱憤を全てこいつにぶつけて晴らした。

といっても小石を思いっきり化け物向けて投げただけである。

まぁまぁすっきりした。

よし、あの青年のところに行こう。

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