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異世界なんかじゃない!  作者: 佐藤スズキ
大零章 『2077年、3月22日』
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プロローグ

2077年3月22日――


先ほどまで静かだった暗黒の世界がやけに騒がしくなった。

まったく、全人類に嫌いな音ランキングを教えて?と聞いたなら全員が1位にこの音を挙げるだろうな。


「ぅっふぅ……さぶ」


やかましい音を止めながら僕は目を覚ました。

朝の7時、3月とはいえやっぱりまだ寒いな。

寝間着姿のまま部屋を出ると向かって左側にある洗面所に入り、顔を洗う。


「髭は……今日はいいか」


そう呟いて洗面所を後にすると、またまた極寒の廊下が待っている。

そんな廊下をつま先立ちで足早に抜け、リビングに入るとエプロン姿の黒髪ロングの女の子――いや、「女の子」って歳じゃないか?

僕にとってはまだ女の子なんだがな。

まぁ、いい。とにかく女の子がキッチンから声をかけてきた。


「あ、サッちゃんおはよ!朝ご飯もうちょっとでできるから!」

「うーっす」


そのまま僕はダイニングテーブルの椅子に座り、いつもの様に朝の情報番組を流した。

彼女は宮崎乃愛、21歳。

僕の姉の娘。まあ姪ってやつだ。

20歳の時にアメリカで博士号を取得した。

昔は僕が勉強を教えていたのに、今じゃ僕より頭が良い。

来月に僕と同じ研究所に勤めることになったから、ここ数ヶ月間一緒に暮らしている。

今はタダで住まわしている代わりに彼女に家事全般をお願いしている。


「じゃじゃじゃぁ〜〜ん!」


朝飯を出すのにそのSEは合っているのだろうか。


「ありがとう。いただきます」


朝飯はベーコンエッグにトーストとコーンスープだった。実に朝らしい。

朝に限らず飯はいつも向かい合って食べている。


「いただきまーす!やっぱりサッちゃんって朝テンション低いよね。低血圧?」

「今日が月曜だからだよ。昨日は朝から元気だったぞ」

「昨日はお昼過ぎに起きてましたぁ」

「僕にとっては朝だ」

「なんかずるい」

「時間は相対的なんだぞ?勉強しただろ?」

「私たちは同じ慣性系にいるんだから時間のズレが生じるわけないでしょ。そっちこそちゃんと勉強してきたの?」

「ちぇ、可愛くねぇな。あと、前にも言ったけど入所したら『サッちゃん』って絶対呼ぶんじゃないぞ?」

「はいはい、分かりましたよ。四宮〝副〟研究長さん!」


そう言うと、舌を出して「ベー」っとやってきた。

乃愛は姉さんに似て非常に整った顔で生まれてきたせいで、世間では『美人』と呼ばれる人種である。

そんな美人が食事中に舌を出すなんて真似をするんじゃあないよ。

今まで彼氏ができたことはないと言ってはいたが、そういう性格や振る舞いなどで損しているのではないかと思っているのだよ、叔父さんは。

早く彼氏の一人や二人は作って僕を安心させてくれ。

いや、二人はいかんな、そんなことしてきたら流石に怒るぞ。

まったく、なぜ僕は朝っぱらから姪の彼氏事情の心配をしなければいかんのだ。




朝飯を済ませ、歯を磨き、着替えを済ませても家を出る時間まであと30分はある。

素晴らしい。30分でも時間に余裕がある事は非常に素晴らしい事だ。

高校生の頃から思っていたが、なぜ会社員はあんなに急いで電車に乗り込むのだろうか。

余裕を持って家を出ればいいのに。

まあ、僕はその会社員達の姿を見て電車通勤はしたくなかったのでバスで通勤している。

そもそも、電車で行けるような所ではないし、バスに乗るのだって同じ研究所職員くらいだから、まず混むことはない。

コーヒーを飲みながらゆったりとソファに腰掛け、情報番組を見ていると電話がかかってきた。

相手は同じ研究所で働く友人だった。

どうせ後で会うのだ、余程大事な用事なのだろう。


「朝から電話してくるなんて珍しいな。なんかあったか?」

「あぁ……佐祐?いま何してる?」

「今ぁ?家でニュース見てる。やっと火星の居住区が完成したとかなんとかで――」

「内容はどうでもいい!すまん!寝坊した!早めに行って準備進めておいてくれ!」

「はぁ!?10時まであっちに送るんだぞ!?今から行って間に合うかどうか……」

「だぁ〜から!今から行って二人がかりでやる準備を少しでもいいから進めておいてくれ!いいな!?じゃあ切るぞ!」

「おいっ!」


切れた……。

あの野郎まじか!?今は――8時5分!研究所に着くのは8時半過ぎくらいか。間に合うのか!?

とりあえず急いでバス停に向かわないと!

僕はソファやら壁やら色々なところに体をぶつけながら急いで荷物を持って玄関に向かった。


「サッちゃんもう行くの?早くない?」


こっちは慌てて靴を履いているんだ!呑気に話しかけてくるんじゃあない!


「英志の野郎が寝坊しやがった!僕が早めに行って準備しないと!行ってきます!」

「ちょっと!お弁当!忘れてるよ!」

「あ、すまんすまん!じゃっ!」


そのまま僕は乱暴に扉を閉めて、左手首に腕時計を付けながらマンションの下にあるバス停に急いで向かった。




バスはいつも通り混んでいなかった。

普段なら後ろの席に座るが、今日は出口から一番近い席に座った。

僕が勤めている研究所は家からバスで20分くらいの距離にある。

ワイス研究所日本支部。

2042年に重力子を発見したアメリカの研究者『バリー・ステファン・ワイス』が2045年に設立した。

本部はアメリカのマサチューセッツ州にある。

ワイス研究所は30年以上かけて世界中に支部をつくり、様々な研究をしている。

実用化されているものの中で代表的な研究だと、宇宙船の超光速エンジンとか自己再生する細胞とかだ。

中国支部と本部の研究だった気がする。

まぁ、つまり、常識を覆すような研究を数多くしてきた世界一の研究施設だ。

最近は絶滅危惧種の保全方法の研究や新たなエネルギーの研究などをしている。

では、僕がなぜこんなにも急いでいるのか。

僕と先ほど電話してきた英志の研究室と本部との共同で、今開発しているのが「エネルギー変換型物質転送装置」である。

端的に換言すると、「ワープ装置」だ。

この「ワープ装置」は今まで単体の無機物、無機化合物や有機化合物の転送を行ってきた。

もちろん、成功している。

そして、今日は初めて植物の転送を行う栄えある日だ。

転送する時間は日本時間10時00分となっている。

本部の研究員には申し訳ないが日曜の夜に出勤してもらっている。

そう、だからこそ遅刻は許されない。

二人で準備を進めれば10時前には終わるだろうと高を括っていた。

まさか、こんな日に限って寝坊するとは……。




研究所の手前でバスが止まった。

8時43分。間に合うだろうか。

研究所は富士山の麓にある。

景観云々の関係で高い建物が建てられないらしい。

それ故に研究所は一階建ての役所みたいな見た目だ。

荷物検査入り口、受付、非常階段とエレベーターがあるだけだ。

あと客人用の椅子があったな。

肝心の研究室は地下にある。

僕らの研究室は地下六階、最下層にはこの研究所の電気を賄っている地熱発電機がある。

足早に荷物検査を終わらせエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターが一階に来ていて良かった。今日は運が良さそうだな。

そんな訳ないか。今めちゃくちゃ切羽詰まっているし。

地下六階。他のフロアもそうだが全体が白で統一されていて、大学にあった研究室棟と似ている。

僕の研究室は6011室。いや、“僕の”ではないか。だって、“副”研究長だし。


「なんで寝坊する奴が研究長なんだかな……」


そう言いながらカードキーで扉を開けた。

そのまま鞄を机の上に置きコートを脱いで、部屋の奥にある転送装置の準備に取り掛かる。

はぁ、一人で準備しないといけないのか。あいつにはひとつ貸しだな。




9時45分。研究長(笑)が到着した。

部屋に入ってくるなり苦笑いとニヤニヤとを足して割ったような顔してやがる。

まったく、ふざけた野郎だ。


「すまんな!昨日遅くまでテレビの武将特集見ていてな!」


荷物も置かずにこっちに来て話しかけてきた。


「そんな理由かよ、録画すればよかっただろうが」

「いやぁ~つい気になってそのまま……なっ!」

「なっ!じゃねぇよ!」


この野郎は小林英志。大学からの付き合いで僕と同じく36歳。

大柄でかなり筋肉がある。ぼさっとした髪型も相まって僕より年上に見える。

武将オタクでキリスト教徒だ。いつも首に金メッキの十字架のネックレスをぶら下げている。

ロザリオっていうんだっけ?

そして、この研究室の長である。一応、僕の上司にあたる人間だ。


「てか、いくらなんでも時間かかりすぎだろ」

「あぁ、途中でリンゴ買ってたんだ」


英志はそう言うと持っていた鞄からソフトボール程のリンゴを取り出した。


「リンゴ?まさか、今日送るのか?それを?」

「そうだ!やっぱり記念すべき日だからな。知恵の樹の実だ」


そういえば、キリスト教ではそうだったな……。

でも、食べちゃいけない実だったんじゃないのか?そこはいいのか?

それにしても誇らしげな顔していやがる。そのドヤ顔やめろ。お前45分も遅刻しているんだからな。


「もういい。この際、知恵の実だろうが知恵の輪だろうが何だって良い。準備終わらせるぞ!」

「知恵の輪は無機物だろうが」

「うるせっ、黙ってやれ!」

「あいあい……俺、研究長なんだけどなぁ」


そのあとも英志はブツブツと何か言いながら作業していた。

今日は僕が一日研究長だ。寝坊した貴様には研究長の権限はない!




10分なんて時間はあっという間に経ち、本部との約束の時間が迫っていた。


「じゃあ、リンゴ置くぞ」


そう言って僕はリンゴを転送装置にセットした。

セットといっても昔あったキログラム原器のようなガラスの蓋をリンゴに被せるだけだが。

そのガラスの蓋の頂にはホースのようなコードが付いていて、それが転送装置本体に繋がっている。


「OK、じゃあ最終確認だ。座標はちゃんと合ってるか?」


操作用のノートパソコンがある少し離れたところから英志が話しかけてきた。

準備の時に入力した座標や物体の情報などは転送装置本体とパソコンの両方で確認できる。

両方の情報が合っていなければならない。


「大丈夫だ。ちゃんと本部の座標だ。物体の情報もエネルギー出力情報も合っている」


確認が取れ次第、僕はパソコンをいじっている英志よりも後ろの方にそそくさと移動した。


「よし、10時まであと1分だ。いよいよだな」


転送装置の方を見たまま英志が話してきた。


「そうだな。いよいよだな」


そう答えて僕はつばを飲み込んだ。

数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのは英志だった。


「7年か……長かったな」

「いやいや、他の研究に比べたら早過ぎるくらいだろ。それにまだ植物の一回目、これからさらに研究を重ねて動物、その後に人間だ。まだまだかかるぜ、これは」

「そうだな、とりあえずは今回の成功を祈ろう」

「あぁ……」


英志は左手で首にかけたままのロザリオを握っている。僕は特に――ただ、英志の後ろで突っ立っている。


「いくぞ……5――」


英志が人差し指をエンターキーに重ねる。


「4――」


ところで、この「エネルギー変換型物質転送装置」の仕組みについて少し無駄話をする。

仕組みといっても別に難しいことは無い。

エネルギー変換型という名前の通り、物質を一度エネルギーと情報に変換し亜光速で転送先へ飛ばし、転送先でそのエネルギーと情報を元に物質を再生成するという仕組みである。


「3――」


もちろん、多少のエネルギー欠損は起こってしまうが、それは転送先で補填する。

元の物質の情報が正しいものであれば多少の欠損が起ころうが綺麗に元の状態に戻すことができる。

亜光速なので宇宙間の移動には向いていないが地球上であれば、まさに瞬間移動できる。


「2――」


しかし、一瞬で移動できるとはいえ、瞬間的に元の物質は破壊される。

素粒子レベルどころではなく、一度、完全に物質ではなくなる。

溶かされるという表現が正しいかもしれない。


「1――」


そう、今回はリンゴだが動物だったら、人間だったら、転送先のものは果たして”元”の生物と言えるのだろうか。

生物なら記憶が無くなるかもしれない、遺伝子に異常が起こるかもしれない。

だからこうして、単純な物質から実験しているのである。

今の段階では、人間の瞬間移動は危険性が高すぎる。

おそらくだが、死ぬだろう。おそらく……。


タンッ――


まさにエンターキーというべき音が静かに研究室内に響いた

その瞬間、リンゴが白い光を放って溶けていく……。

白い……光……!?

おかしい、今まで転送の瞬間に光を放つことはなかった。


「英志ッ!何かおかしい!止めろ!」


転送装置に目をやるのを止めて英志に向かって叫んだ。

あの一瞬で既に英志も気づいたようでパソコンと格闘している。


「ダメだ!止まらん!」


次第に光が強くなっていく。無理だ……直視できない!


「どうなってる!何か間違ってたのか!?」

「俺にも分からん!今、調べてる!」


さらに光が強くなっていく……。

本体を直接止めにいこうとしたがもう遅かった。すでに光に包まれている。

聞いたことのない音も聞こえてきた。ガラスでできたギターの弦を弾いたような音だ。

いや、初めて聞く音なのだから例えようがない!


「くっそッ!どうなってるんだ!」


英志は未だにキーボードを叩いている。

僕はここで死ぬのだろうか。

こんなことになるなら、ちゃんと乃愛の顔を目に焼きつけて家を出れば良かった。

ごめんな、こんな早く逝くことになって……。

入所したらお前の配属先はここだったんだがな。

お前なら十分やっていけるだろう……。

もう少し、せめて結婚するまではお前の成長を見たかったんだがな……。

そんなことを考えているうちに神々しく輝く光が僕と英志を暗黒の世界へと誘った。


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