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夢のない男

 実家のひと間で、男は二十人ほどのテレビクルーからいっせいにライトやらマイクやらを向けられていた。

「さて、はじまりました。大人気の『閉ざされた金庫を開けて!』のコーナーです。こちら、このお宅の跡取り息子さんです」

 芸人に紹介されて、男は丁寧にお辞儀をした。

「江戸時代からこのお宅にあるという、こちらの金庫の中にはなにが入っているのでしょうか?」

 芸人の質問に、男が答えた。

「地図が入っていると、病床の母から聞いています」

「なんの地図でしょうね?」

「それが、確かな情報はないのです」

 男は淡々と言った。

オープニングのリポートが終わり、男が待機場所となっている隣室に移ると、となりに腰をおろした芸人が話しかけてきた。

「で、なんの地図だと? 心あたり、あるんでしょう?」

男はかぶりを振ったが、芸人がしつこく聞くので、しかたなく漏らした。

「ないことも、ないのですが、夢物語のような話でして」

「夢物語ですか」

 芸人が、ほほぅ、と腕を組んだ。

「しかし、わたしは現実主義者でしてね。わたし自身はまったく信じられない話なのです」

 男は夢のない人間だった。いつからかはわからない。社会に出て、気がついたらそうなっていた。しかし、母は違った。

「すべて、母から聞いた話です。母はその地図だけが心残りのようでして。最後の親孝行に、と。笑わずに聞いてくれますか?」

芸人がうなずくと、男は頭を寄せ、実は、と切り出した。

「この辺り一帯は、徳川様が秘密裏に抱えていた土地だと聞いています」

「地図は、徳川埋蔵金のありかなのですか?」

目をみひらいた芸人に、男が静かにうなずいた。しかし、男は冷ややかな表情で、

「母がそう申しただけで、うちが代々続く由緒ある家とて、まさか」と笑った。そして、驚くのはまだはやいのです、と続けた。

「この土地に伝わる伝承はそれだけではないと、母は言うのです」

「と、言うと?」

 芸人が息をのんだ。

「江戸時代に、宇宙船が落ちたという言い伝えがあるそうで」

「宇宙船ですか」

「その宇宙人を助けた代わりに未知の鉱物を受け取ったらしいのです」

「未知の鉱物?」

「どうやらその鉱物を使えば、鉱物ラジオのように宇宙と交信ができるらしくてね」

芸人が首をかしげて聞いた。

「地図は、その鉱物のありかというわけですか。しかし、それに何の価値が?」

「将来、宇宙規模での貿易を斡旋できると聞きました。その鉱物があれば宇宙の大商人です」

 たまげる芸人に、男は静かに笑った。そして、驚くのはまだ、まだはやいのです、と続けた。

「その昔、ここらの土地は海の底、龍神様のすみかだったと母は言ったのです」

「ほぅ」

「それで、よく雨乞いの儀式が、七つの龍玉を用いておこなわれたとか」

「それって、あのド〇ゴンボールじゃ」

 芸人が腰を浮かした。

「そう、その龍玉がこの土地のどこか祭られているという言い伝えがあるのです」

「つまり、地図は龍玉のありか、というわけですか」

「えぇ、どんな願いも叶えられるというあの龍玉です」

 驚く芸人に、男は冷静に言った。

「とはいえ、そんなわけはないのです。わたしは現実主義者ですから」

「いや、しかし」

 芸人が男に持ちかけた。

「もしそれらの話が本当だったら、ぜひ私にも一枚かませてください」

「約束しましょう。本当のわけがありませんから。それで、その場合、あなたはどうしたいのです」

「龍玉にかける願い事をすこしだけ。そしてきっと、あなたの夢も代わりに叶えましょう」

「わたしの夢など、もうとっくに忘れてしまいましたが、いいでしょう」

 そう男が言ったとき、隣室で歓声があがった。金庫の鍵が開いたのだ。金庫の中にはやはり地図がはいっていた。しかし、筆文字で書かれたその地図は、あるところにバッテンがつけられているものの、なんの地図だかわからない。それで、男たちはその足で地図が示す場所へ向かうことにした。印がつけられていた山中で、土を掘りだしていくらかしたときだった。まばゆい光が男たちを包み込んだ。黄金の光か、未知の鉱物の光は、あるいは龍玉か…。

 気がつくと男は、平凡なつくりの実家のひと間で、母とテレビを眺めていた。

「母さん?」

 せんべいをむさぼる母の姿に、病の面影はなかった。男は母に話しかけた。

「母さんが金庫に入っているといっていた、地図をみつけたはずなんだ」

「あぁ、あの地図ね」

 テレビではちょうど、男が出ていたはずの番組『閉ざされた金庫を開けて!』が放映されていた。見覚えのある男が、空前絶後、宇宙一の大富豪として紹介されていた。

 ぼうとする頭を押さえながら、男はたずねた。

「あの地図、なんの地図だったんだ?」

 母はつまらなそうに言った。

「あんたの小学生の時の夢をつめこんだ、タイムカプセルの地図よ」

男はそれを聞くと、

「それは現実的だ」

と、笑みを浮かべて納得して、せんべいをかじながら、また母とテレビを眺めた。


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