85 小さな案内役
「んー……?」
シェリアは重いまぶたを持ち上げて、何度か瞬きをする。全身が痛い。どうやら膝を抱えたまま寝てしまったらしい。帰ってきたときには、辛うじて窓から差し込んでいた光はすっかりなくなり、外が暗くなっているのがわかった。二、三時間ほど寝てしまったのだろうか。時間を意識すると、きゅう、とシェリアのお腹が悲鳴をあげる。
「とりあえず、灯り、つけなきゃ」
鍵を閉めてしまったから侍女も入れなかったのだろう。普段ならこの時間にはつけられているランタンの火は、消えたままだった。シェリアはそれに魔法で小さな火を灯す。
「お腹、すいたなぁ」
ぽつりと呟くが、手の届く範囲に食料はない。それはそうだろう。お茶をするにしても、夕食を食べるにしてもいつも食堂でしているのだから、部屋に食料などあるわけがない。なにか食べたいのなら、食堂へ行けばいいだけの話。けれど食堂へいくというのは、フィデルに会うということだ。眠ってしまう前に、「次にフィーにあったときには謝ろう」と決めたのは忘れていないが、今すぐとなるとどうしても気が重かった。
「でも、後回しにすると余計に言いづらくなっちゃうから、はやく、謝らないと……」
シェリアは誰にともなくこぼすと、座っていたソファから立ち上がる。まだ、食堂へ行く決心がついたわけじゃない。暗い部屋にこもっているのは少し息苦しくて、外の空気を吸いたくなったのだ。かけていた鍵を開けて、扉を開く。すると、開けた扉の前にぽつんと、白い何かが落ちているのに気がついた。
「……?なんだろう、これ?」
これがなにかは見たらわかる。真っ白な封筒に綺麗に封までされた手紙だ。けれど差出人すら書いていないので、誰が、なんのために置いたものなのかわからない。首を傾げつつも、危険なものではないだろうと判断して、封をそっと開けた。開いた封筒の中には、予想通り手紙が───入っていなくて、シェリアはますます首を傾げる。誰かのいたずらだろうか。でも、魔法で厳重に警備されているレヴィン邸の中でいたずらできる人物なんて限られてくる。シェリアが頭に?を浮かべていると、突然手にしていた封筒が光に包まれた。
「きゃ!?」
驚いて封筒を取り落としてしまったが、目が痛くなるような光ではない。包むような、柔らかくて優しいもの。どこか馴染みのある光だと思いつつ眺めていると、床に落ちていた封筒は、徐々に形を変えて小鳥の姿になった。
「わぁ、かわいい」
思わず指先で首(と思われる部分)を撫でると、小鳥は気持ち良さそうに羽を伸ばす。ふわふわとした羽毛も、さわった質感も本物の鳥と同じで、先程まで紙だったとは思えない。その感触に頬を緩めていると、小鳥はふわりと飛び始めた。
「あなた、飛べるの?」
シェリアが問いかけても、もちろん返事はない。けれど、小鳥は嬉しそうにシェリアのまわりを飛び回る。
「ふふ、くすぐったい」
小鳥に愛着が沸いてしまったシェリアは、最初の『誰がこんなものを置いたのか』なんて疑問はすっかり忘れてしまっていた。それよりも、この小鳥は封筒に戻ってしまったりしないのかということの方が重要だ。出会ってまだ数分だが、元に戻ってしまったら確実にシェリアは泣く。
そんなことを真剣に考え込んでいると、不意に髪がほどけてはらりと落ちてきた。どうしたのかと思えば、髪を結っていた薄い水色のリボンは小鳥のくちばしにくわえられている。
「あ、それはフィーにもらった……!」
リボンを掴もうと手を伸ばすが、ひらりとかわされる。もう一度手を伸ばして、ぴょんっとその場で跳んでみるがギリギリ届かない。小鳥はそれを遊びだと思っているのか、それとも他に目的があるのか、シェリアの手をひらりひらりとかわして飛んでいってしまう。
「遊んじゃだめっ!」
リボンを諦めてしまうのは簡単だったが、せっかくフィデルにもらったものだ。小鳥のいたずらくらいでなくしたくはなくて、仕方なく小鳥を追いかけることにしたのだった。
小鳥を追いかけるうちにずいぶん遠くまで来てしまったと、シェリアは少し焦った。遠くといってもレヴィン邸の敷地の中だが、庭園のほとんど入ったことのない一角だ。これ以上奥に進むと迷ってしまう。おまけに庭園は夜に使うことを想定していないらしく、灯りもないので真っ暗だ。
「そ、そろそろ返して?」
先を行く小鳥に呼び掛けても、不思議そうにシェリアを見つめるだけでリボンを返す素振りはない。シェリアが困り果てていると、小鳥はすいと視線を逸らして、奥に設置されたテーブルに降り立った。
「お疲れ様」
誰かが小鳥に向けて放ったその声で、シェリアはそこに人がいたことに気がついた。声の主が小鳥の頭を優しく撫でると、小鳥は気持ち良さそうに目を細める。
「フィー、だったの……?」
月明かりに照らされたその人物の名前を呼ぶと、フィデルは申し訳なさそうに眉を下げ……頭を下げた。
作者が結構小さな動物好きなので、小鳥とシェリア(小動物系令嬢)の絡み?を書くのがとても楽しかったです笑




