83 隣、いいですか?
「ヴァレンティーナ様……素敵だったなぁ」
シェリアはたくさんの生徒に囲まれているヴァレンティーナを遠目に見ながら呟いた。彼女の姿はもうほとんど見えないが、まだ先程の笑顔の余韻が残っているようで、気持ちがふわふわとして落ち着かない。
「……ア、リア、少しいいか?」
「あ、うん」
どうやらぼーっとしてしまっていたらしく、フィデルが近くに来ていたことに全く気づかなかった。
「どうしたの、フィー……?」
フィデルの方に向き直ると、シェリアの頬に手が伸びて来た。突然の動作の意味がわからず、シェリアは首をかしげる。
「やっぱり。リア、少し熱があるんじゃないのか?」
「熱?そんなことないと思うけど」
フィデルはシェリアの頬に触れると、心配そうに眉を下げた。
確かにフィデルの手は冷たく感じるが、別に熱があるというわけではないと思う。強いて言うなら、興奮というか、浮かれているから少し体温が高いだけで。
フィデルはシェリアの心を読んだかのように、ヴァレンティーナに視線をやる。そして、シェリアにだけ聞こえる小さな、けれど強い響きを持った声で言った。
「あいつには、あんまり関わらない方がいい」
「あいつ?」
敵を指すような物言いに首をかしげるが、フィデルの視線の先にいるのはヴァレンティーナと彼女を囲む生徒たちだ。しかし、他の生徒は関わるも何も、この数ヵ月ずっと同じクラスで過ごしてきたのだからフィデルの指したい人物とは違うだろう。となれば残るは一人。
「ヴァレンティーナ様?なんで……」
「おかしいと思わないか?」
「?」
「珍しい留学生だし、美人だから人気なのもわかる。だけど、それにしたって度が過ぎるだろ」
フィデルに言われて教室中を見回してみる。すると確かに、シェリアのように遠巻きに眺めている生徒も含めて全員が、ヴァレンティーナに注目していた。それも、普段なら美人な留学生と仲良くなんて絶対にしないような高飛車な令嬢でさえも、ヴァレンティーナと楽しげな笑顔を浮かべて話している。
「不思議だけど、悪いことじゃないんじゃない?」
フィデルはどうしてそこまでヴァレンティーナを警戒するのだろうか、とシェリアが小首をかしげると、フィデルのひんやりした両手で頬を包まれた。
「リア、この空気に飲まれてるのはわかるが、冷静になれ。慕われてるにしても、初日でここまでとなるとさすがに───」
上気していた頬の熱が奪われてシェリアがぱちぱちと瞬いていると、不意にフィデルの言葉が途切れる。固まってしまったその視線を追いかけると、たった今話題に上がっていたばかりの彼女が、遠慮がちに微笑んでいた。
「お隣、いいですか?」
「も、もちろん!」
いいもなにも、学院の授業は基本的に自由席だ。先程の生徒たちはどうしたのかと思ったが、なぜかチラチラと視線を送るだけで、誰もヴァレンティーナに近づこうとはしていなかった。
「私、たくさんの方に囲まれるのが苦手で。皆さん話しかけてくださるのは嬉しかったのですが……」
なるほど。確かにシェリアたちのいるのは教室の端の方で、中心からは離れている。けれど、完璧に見えるヴァレンティーナにもそんな面があるとは思わなくて、シェリアはクスリと笑みをこぼした。
「すみません。私もそういうのは苦手なので、ヴァレンティーナ様とお揃いだな、と思ってしまって」
「まあ」
シェリアの言葉に、ヴァレンティーナもクスクスと笑う。そんな和やかな空気になったところで、シェリアは自分たちが名乗っていないことに気がついた。
「失礼しました。私はシェリア・リナ・ルティルミスです。こっちは───」
「フィデル・レイ・レヴィンだ」
「シェリア様とフィデル様ですね。私のことはどうぞティーナとお呼びください」
フィデルのそっけない態度にシェリアは少し頬を膨らませるが、ヴァレンティーナは気にした風もなくそう言ってはにかんだ。つられてシェリアも笑顔を浮かべる。
「ティーナ様はお勉強はお好きですか?」
「恥ずかしながら────」
王立学院は社交界の縮図、といわれるように、社交界デビューもしていないシェリアにはほとんど友達がいなかった。だから、ヴァレンティーナと話しているとワクワクする。シェリアにも友達が出来るのではないかと。弾む会話に、珍しくフィデル以外の相手に心からの笑みをこぼしていたシェリアは、フィデルの忠告をすっかり忘れてしまっていた。
なんとか本日二話目を書き終わりました!朝は「もう一話は投稿したいな」という願望で宣言してしまったので、なんとか達成できて良かった笑




