80 いかないで
あれはまだフィデルとシェリアが出会って一月くらいの頃、フィデルにとってはすでに飽きるほど参加しているお茶会のひとつでの出来事だった。
お茶会は他家との縁を結ぶものだが、フィデルの周囲には誰もいない。大人であれば打算にまみれた人間でも近づいて来たのだろうが、子供はよくも悪くも純粋で、フィデルの多すぎる魔力に怯えて「友達になろう」なんて子供は一人もいなかったのだ。
そう思うと、『縁を結ぶ』のが目的のお茶会なんてつまらない。フィデルには結ぶ縁すらないのだから。退屈になったフィデルは視線を目の前のお茶会から外した。すると、よくよく見ないとわからないほど遠く、手入れされた低木の向こうに人影が見えた。
(なんだ……?)
気にはなるが、お茶会に参加もせずにあんなところにいるような人物なのだから、関わらないのが正解だろう。だって、お茶会に積極的に参加する意思があるのなら、あんなところにはいない。
けれど、その人影はまだ子供のようで。それがフィデルの好奇心を刺激した。もしかしたら、自分と同じなんじゃないかという期待もあった。自分と同じようにあの輪から弾かれてしまったのでは。もしそうなら、少なくとも弾いた側のあの集団よりよほど仲良くなりやすい。
結局フィデルだって一人が寂しくないわけではなくて。誰でもいいから、少し話をしてみたい、という欲求を抑え切れなくてフィデルは人影に向かって駆け出した。
近づくと、人影───少女の髪がチョコレートのような色をしていることがわかり、そしてその髪が、いや、全身が濡れていることがわかってぎょっとした。髪くらいなら濡れていても不思議に思うだけで驚いたりしないが、ドレスまで濡れているとなれば異常だ。うつむく少女も、少女によく似合っていたのだろうと思える淡い色のドレスもバケツをひっくり返したようにびしょ濡れで、何かがあったということを訴えかけていた。けれど、少女はフィデルの存在に気がついていないのか、顔をあげようとしない。
「風邪、ひくんじゃないのか?」
フィデルがなんとなくそうたずねると、少女はびくっと肩を揺らした。フィデルは怯えられていることを察して、期待するだけ無駄だったことを知る。彼女はフィデルを恐れているのだから、仲良くなれるなんて間違いだ。シェリアと友達になれたことで調子に乗っていたが、フィデルを見たときの反応なんて、だいたいがこんなものだ。最初は傷ついていたが、今となっては痛みも感じない。フィデルが五歳という早すぎる年齢から少し大人びていたのは、それが原因だろう。
「ごめん。俺はもう行くから───」
「待って」
フィデルがこれ以上怯えさせないうちに立ち去ろうとすると、少女は慌てたようにフィデルの服の裾を掴む。そのとき、腫れたまぶたの奥の深緑の瞳と目があって、フィデルは大きく目を見開いた。
「リア?」
彼女も相手がフィデルだとは思っていなかったらしく、目を丸くしている。しかし、その瞳からぽろりと一滴、雫がこぼれた。
「いか、ないで」
そう呟くとシェリアは再びうつむいてしまう。フィデルはそんなシェリアの態度を不思議に思って、けれど何も言葉にできずにいた。
彼女は、こんな風に怯える子だっただろうか。一月前にあったときにも確かに泣かせてしまったけれど、そのときはこんな言葉を飲み込んでしまうような怯え方じゃなくて。こんな、全てを恐れているような。フィデルに行くなと言いつつも、隣にフィデルが───人がいることにすら怯えているようなものじゃ。
「なにかあったのか?」
「いけに、おちたの」
「池?」
シェリアは質問の意味を濡れていることに対するものだと思ったらしく、拙い口調でそう言う。でも、フィデルはここに来てから池なんて見ていない。
「じゃあ、雨がふったの」
「じゃあ、って……」
フィデルはシェリアの急な方針転換にあきれるが、雨などもちろん降っていない。降っていたらこのガーデンパーティーもといお茶会も中止になっているはずだ。シェリアは嘘が下手らしく、吐くのはわかりきったものばかりなのに、決して真実を言おうとしない。
「じゃあ───」
また方針転換しようとしたらしいシェリアの言葉が不意に途切れた。どうしたのかと思って顔をのぞきこむと、彼女の体がぐらりと傾く。そしてぱた、と軽い音をたてて短い草が生えているだけの地面の上に倒れた。フィデルは突然のことに驚いてシェリアの体を揺する。
「どうしたんだ?寝たのか?」
そんなわけはないとわかるが、動転して何が起こったのか理解できなかった。揺すったときに触れた濡れたドレスは冷たくて、けれどシェリアの体温を奪ったのか少し温かい。そして奪われた方のシェリアの体はドレスよりもひどく冷たいのに、顔の方にだけ熱が集まっている。それが一目でわかるほど彼女の顔は赤かった。風邪、という自分の言葉がよみがえる。フィデルはドレスや髪が全く乾いていないことから、シェリアが濡れたばかりだと思ってそんなことを言った。でも、そうではなかったとしたら?例えば、吸った水の量が多すぎてなかなか乾かなかっただけで、彼女がずっとこうしていたとしたら?
フィデルは目の前で倒れてしまったシェリアに頭が真っ白になって、どうしたらいいのかわからない。治癒魔法はだめだ。熱が出るくらいには重症のものに対処できるほどのは使えないし、そもそも風邪には効かない。だけど無理矢理起こすのも悪化させるだけ。けれどこのまま放置しておいていいわけもなく───すっかり動転してしまったフィデルが大人を呼ばなければ、と立ち上がったのはしばらくしてからのことだった。
暇なときに自分の作品を読み返していると、「ここもっとこうしたらよかった」とか「こうしてみたい」とか思っちゃうので、この作品も暇なときに大型改稿するかも……しれませんし、しないかもしれません笑大型改稿した際には最新話のあとがきや活動報告でお知らせさせていただきます!




