75 伝わって
「私は、聖女様じゃなくて、シェリアとして生きたいの!」
シェリアが言い切ると、じっとこちらを見つめていたクリューの瞳が少し、見開かれた。驚いたというか、想定外だったという風に。それはウィルヘルムだって、シェリアからは表情を伺うことができないフィデルだって、きっと同じだろう。だけどシェリアはまだ言いたいことを伝えきっていない。
「前世なんて、転生者なんて、関係ない。私は私で、聖女様なんかじゃない、シェリア・リナ・ルティルミスなの。今はそれでいいと思えるし、それがいいの」
最後は自分に言い聞かせるように呟いた。それは、フィデルに何度も伝えられるまで受け入れられなかった気持ち。別に乙女ゲームの世界に転生なんてしたかったわけじゃなくて。どうせ転生してしまうにしても、悪役令嬢じゃなくてヒロインだったら。そう、何度も思って。だけど、「ヒロイン」とか「悪役令嬢」とかの肩書きに一番とらわれていたのは自分だった。フィデルが違うと何度も教えてくれて、何度も「リアはリアだ」と言ってくれたから、信じたいと思えた。フィデルがいてくれたから、今はそれでいいと思えて、それがいいと思った。
「シェリアの気持ちはわかるけど、このままじゃ、シェリアは......」
クリューは暗い表情のまま、言葉を濁した。それを見て、シェリアは確信する。クリューだって、方法は強引だったかもしれないけれど、シェリアを心配してくれただけなのだ。それが『聖獣』としての使命感だったとしても。
「そうならないように、一緒に方法を探してくれる?」
「リア......」
暗くて重い空気を吹き飛ばすようにシェリアは笑う。今から話すのはシェリアの未来の話で、それは『保護』されることでも、死に向かうものでもないのだから、こんな空気は似合わない。だから、少し微笑んでクリューに告げた。フィデルがシェリアの名前を呟く。それがまさか、こんな笑顔が本当に慈愛に溢れた『聖女』に見えたからなんて、そんな理由はシェリアは知らないけれど。少しでも、シェリアの思いがクリューに伝わって欲しくて。
「シェリアは......それで、いいの?」
先程と立場が逆転したかのように、クリューは不安げに瞳を揺らした。けれどこれはきっと、クリューがシェリアを信じようとしてくれているから。それでいい、じゃなくてそれがいいのだ。そう伝えようとシェリアが口を開いたとき、不意に地面が大きく揺れた。
「ひゃっ!?」
あまりに突然のことだったので、シェリアはたっていることができず、足元から崩れるように座り込む。
「な、なにがあったの?」
「リア、大丈夫か?」
揺れが収まったところでフィデルに手を貸してもらい、なんとか立ち上がると服の床に触れてしまった部分をはらう。
「陛下、ご無事でしょうか!?」
「ああ、問題ない。警備に戻ってくれ」
扉越しに騎士とウィルヘルムが会話するのをぼうっと聞きながら、シェリアは考えた。
「これ、地震?」
「いや、魔力の反応があったから誰かが故意に起こしたものだ。それも気になるが、リア、怪我は?」
「足をちょっと捻ったくらいで、特には」
本当はぐきっといってしまってかなり痛かったが、帰りは馬車なのだからどうとでもなるだろう。それに本当のことを告げると、絶対にフィデルは心配する。翌日には治るような切り傷ひとつでも、すぐに治癒魔法を使おうとするくらい過保護なのに。
「今は杖がないから、帰りまで我慢できるか?」
「うん」
やっぱり治癒魔法を使うつもりだったフィデルにシェリアは苦笑しながら、ふとクリューの方に視線を向けた。険しい顔で考え込んでいるクリューにシェリアは首をかしげる。
「クリュー?どう......」
したの、と聞く前にシェリアはびくりと肩を震わせた。突然扉が開いたからだ。
「誰だ!」
ウィルヘルムが叫ぶと、扉から入ってきた人物にシェリアは目を見開いた。
赤い髪の少年。一度、あったことがある。
「お久しぶり、聖女様?」
どことなくクリューに似たその少年は、なぜかシェリアの背筋が凍るような、薄い笑みを浮かべた。




