74 このままじゃ。
「殺されるって、なんで?」
シェリアは喉の奥からようやくその言葉を絞り出した。現実離れしすぎた言葉に脳が追い付かない。浮かんだ疑問をそのまま言葉にしただけで、怖いと思うことすらできなかった。
「シェリアが聖女様だから、だよ」
クリューは少し辛そうに、気まずそうに視線を落とす。そのしぐさでクリューも本意ではないことがわかるが、ならなぜそんなことを言うのかがわからない。
「どういうこと?」
「なんで聖女であることがこんなことに繋がるんだ?」
クリューの答えになっていない答えに混乱したのはシェリアだけではないらしく、苛立った声音でフィデルはそう言った。
「いさかいの種になるって言ったでしょ。あれはね、実際にあった話なんだ」
クルティナが出来るずっと昔、大陸には『国』という概念はなく、全ての人々が助け合って暮らしていた。不作で食料がなく、その年を生き延びるのにも困るような村があれば周りの村の人々が食料を与え。そして与えられた村は助けられたお礼にと他の村の仕事を手伝い。まさに『持ちつ持たれつ』という関係で平和に暮らしていた。
もちろん、夢物語のように事件が一つも起きなかったというわけではない。すりや強盗、ひどいときには人殺しのような事件もあったらしいが、それでも戦争のような大規模なものはなかったのだ。あるときまでは。
尋常ではない魔力を持つ少女が見つかったのは、そんな平和な日常のある日のことだった。日照りの続いた日に彼女が雨を願えばその通りに雨が降る。逆に雨しか降らず、作物がダメになりそうなときでも彼女が願えば晴れ間が覗く。そんな少女を欲しがらない村なんてあるわけがなかった。けれどそれまでは少女のいる村を羨ましがるだけで、実行に移そうとした者はいなかった。大凶作が起こるまでは。
平和そのものだった大陸に試練が訪れた。ある日から突然、なんの前触れもなく雨がやまなくなったのだ。三日が経ち、一週間が経ち、十日が経ち───それでも雨は降り続けた。雨が続けば、普通の作物は成長を止め、やがて枯れ始める。それはどの村でも同じ、はずだった。けれど、『聖女』とまで呼ばれた少女のいた村だけは違った。最初に少女は『前世の記憶』と称する知識で雨風のしのぎ方を村の人々に教えた。そして晴れ間を願い魔法を使ううちに、その少女の村だけ雲をくりぬいたように太陽が顔を出すようになった。村の人々は彼女を『聖女様』と呼び、崇めたのだ。しかし、現実は物語のように綺麗な部分───そこだけでは終わらない。救われた村は、慣例通り周囲の村を救ったのか?答えは否だ。ほとんどの者が自分の村だけが救われたと優越感に浸り、それまでの恩を忘れたかのように助けようともしなかった。それでも数名の村人は他の村を助けようと力を尽くしたのだ。しかし───凶作がしのげただけで例年と同じ量しかとれていない作物を、全ての村に与えることはできなかった。ならば私がと他の村も助けようと立ち上がった少女は、それを快く思わなかった村人たちに村に閉じ込められた。そして彼女が涙にくれ、嘆いているうちに救われなかった村たちは揃ってこの村を襲い、『聖女』と食料を奪うための戦争が始まってしまったのだ。
規模の小さかった少女の村はあっという間に陥落し、少女を手に入れた村は豊かになる。しかしその村もまた別の村に落とされ───そんな争いが永遠に続くかと思われたとき、創りだされたのが四匹の聖獣だった。
「僕らが創られた本当の理由はね、争いを止めるのもそうだけど、聖女様を保護するため。そうしないと膨大な魔力を持つ道具として扱われたり、逆にその力を持ってクーデターを起こされることを恐れた王なんかに殺されちゃうからね」
「じゃあクリューが私を浚おうとしたのも、その『保護』のためなの?でも、聖女様ってその人だけじゃ」
「それが理由はわからないけど、いつでも世界に一人だけ、聖女の力を持った人がいるんだ」
クリューが言うには、先代の聖女が亡くなった瞬間に次の聖女の力を持った子供が生まれ、聖女が一人もいなくなることも、逆に二人や三人と増えることもないらしい。まるで誰かが設定したかのようにプログラムじみてるが、もう忘れてしまったゲームの内容にも、こんな話はなかったはずだ。だって仮に『聖女』なんてものが存在していたとしたら、それはヒロインの「メルディア」がなるべきもので間違っても悪役令嬢である「シェリア」の肩書きではないだろう。そう思うとシェリアは得体の知れない恐怖を感じて、思わず後ずさった。
「リアはその聖女じゃなくてシェリア・リナ・ルティルミスだ。保護なんかされる理由はない」
フィデルがシェリアの一歩前に出て毅然といい放った。それだけでなにも解決したわけではないのに、シェリアは涙が出そうなほど安心してしまう。
「フィデルにとってはそうかもしれないけど、他の人はそう思わないよ」
「それでも、俺がリアを守ればいいんだろ。それなら婚約したときから、いや、初めて会ったときから誓ってる」
「フィー......」
考えてみれば、いつだってそうだった。フィデルはどんなときだって、シェリアを見捨てたことなんてなくて、何度だって助けてくれた。時には自分の命さえ顧みずに。禁術のときだって、クリューに浚われたときだって。「悪役令嬢をやめる」と言ったときにはいつでも味方でいてくれると約束してくれて。なのに、自分はこのままでいいのだろうか。怖いものに怯えて、自分で立ち向かうことさえせずに、守られてばかりで。
「リア?」
だめだ。このままじゃ嫌だ。そう思った心のままにシェリアはフィデルの服を掴んでいた手をそっと離して、前をまっすぐ見つめた。クリューと視線がぶつかり、逃げ出したくなる。だけど、もう視線はそらさない。
「シェリア?」
「私、は」
震える声をおさえて言葉を紡ぐ。クリューにも、フィデルにも、そして何事か考え込むように黙ってしまったウィルヘルムにも、ちゃんとシェリアの決意が届くように。
「私は、聖女様じゃなくて、シェリアとして生きたいの」
きっと、この場にいた誰もが知っていただろうシェリアの気持ちで。それでも言葉にすると、それが夢物語ではなくて実現可能な未来な気がした。




