73 聖女様の条件
「シェリアは、僕らの聖女様だよ」
クリューの放った『聖女様』という言葉は、その優しげな名前とは裏腹に冷たく響いた。そのことにシェリアはなぜか言い知れぬ不安を感じる。何か取り返しのつかないことが起こってしまうような、そんな不安。
「待て、クリュー。聖女って、それがリアを浚う理由か?」
ぎゅっとシェリアを後ろから抱き締めている手に力がこもる。
「そうだよ。フィデルには話してなかったっけ」
クリューはくるりとフィデルに向き直って歌うように言った。
「一つ目、転生者であること。二つ目、記憶がちゃんとあること。三つ目、魔力をたくさん持っていること」
「待ってください。シェリアの魔力は多くはないはずですが」
ウィルヘルムが遮ると、クリューは軽く笑った。
「シェリアが無意識にストッパーをかけてたんじゃないかな」
ストッパー、と言われてもシェリアには心当たりがない。首を傾げていると、クリューがそっとシェリアに歩み寄った。そして先程淡く光っていた左手を手に取ると、何かをなぞるように触れる。
「クリュー?何を......」
「これで大丈夫じゃないかな」
困惑したシェリアが何をしているのか聞こうとすると、クリューは満足そうな顔でシェリアの手を離した。けれどシェリアは特に何かが変わったような気はしない。目的のよくわからないクリューのやることなので、いいことが起こるのか、悪いことが起こるのかはわからないが何も意味の無い行動ではないはず────。
「リア?」
名前を呼ばれて顔をあげると、フィデルが信じられないとばかりに大きく目を見開いていた。
「フィー?どうか...した、の?」
言っている途中に体がひどく重くなって、フィデルの方に倒れ込んでしまった。突然もたれかかられてもフィデルはふらついたりはしなかったが、シェリアの言葉にも返事を忘れるほど動揺しているらしい。何があったのか把握しようとシェリアがキョロキョロと周囲を見回すと、クリューはにこにこと笑って、ウィルヘルムはフィデルと同じような表情をしてこちらに視線を向けていた。
「そうだ、リア。なにか不調は?」
「体が、すごく重い」
はっと我に返ったフィデルに問われて答えると、座り込みかけたシェリアの体を慌てて支えてくれた。けれどシェリアにはやっぱり何が起こったのかわからない。
「クリュー、何をしたの?」
「シェリアの魔力を解放しただけだよ。最初は気分が悪かったりするかもしれないけど、すぐに馴れるから」
「解放......?」
これがさっき言っていたストッパーをとった状態なのだろうか。だとしたら魔力が多くなった、ということだと思うが、感じられるのは体の不調だけだ。
「クルティナ王、これを見ても本当にシェリアが聖女様じゃないって言える?」
「クリュー?」
クリューの言葉も、フィデルとウィルヘルムの反応の意味もわからなくてシェリアは思わず声をあげた。まるでシェリアだけ話題においていかれている気がする。自分のことらしいのに。
「要はね、聖女様っていさかいの種になるんだ。だから僕がシェリアにあげられる選択肢はふたつ。僕と一緒に来るか」
このまま殺されるか。シェリアの脳に一度伝達されたはずの言葉は飲み込み切れず、部屋にむなしく響いて消えていった。




