71 乱入者
「シェリアに接触されたという聖獣様について。なんのために接触し、何をしたのか。それが聞きたい」
来たか、とフィデルは身構えた。
王が敬称をつけて呼び、敬語を使うようなもの───つまり、一国の王よりも尊ばれる聖獣の話だ。ひとつでも多くの情報を有していなければならない立場で、聞かない方がおかしい。
表情には出さなかったものの、フィデルはどこまで話していいものかと悩んだ。『嘘をつく』という選択肢は魔法のせいで無い。しかし正直に全てを言ってしまえば、シェリアの秘密がばれてしまう。彼女が国を揺るがす存在になりかねないことも。それだけはなんとしても隠さなければならなかった。
「クリューはリアの───シェリアの魔法を再び使えるようにするために僕がよびました」
「ほう?」
「フィー......?」
ウィルヘルムと興味深げな視線とシェリアの不安げな視線がフィデルにぶつかる。フィデルはとりあえず近くにいたシェリアの背を撫でて安心させると、再び口を開いた。
「陛下も僕たちの婚約の儀で起こったことはご存じでしょう?そのときの恐怖でシェリアは魔法が使えなくなってしまったのです」
慎重に話さなければ、ごまかすことができなくなってしまう。ウィルヘルムはシェリアのことを気にかけてくれてはいるようだが、クルティナという国の王なのだ。国を揺るがす危険分子、と判断されてしまってはシェリアの命さえも危ないかもしれない。たとえそれがウィルヘルムの心とは違う判断でも、シェリアが何も悪くなくても。
「恥ずかしいことに僕だけでは対処できませんでした。なので魔法の師であるクリュー───聖獣様をお呼びしました」
「聖獣様を利用するとは」
ウィルヘルムは驚いたように呟くが、咎めるような響きはなかったので純粋に驚いただけだろう。まあ本人であるクリューが来てもいいと思ったからこそ来たのだから、誰にどう言われてもフィデルとしては知るかというのが正直な心境だが。
「そしてシェリアの魔法が使えなくなった原因がその出来事であることを判断したのですが」
「待て、もういい」
静かに聞いていた王に突然話を遮られたフィデルは意図が掴めず瞬いた。
「君は嘘はついていないが、口が上手すぎる。続きはシェリアに説明してもらおう」
「え!?」
ウィルヘルムが告げた言葉に、シェリアは動揺した声をあげる。さすがに安心しきって、とまではいかないが、まさか自分に話を振られるとは思っていなかったのがありありと伝わる声音だった。
「どうせ真実を話すのだから、誰が話しても同じだろう?」
フィデルはつい顔をしかめてしまいそうなのを我慢して頷いた。正直シェリアに話をさせるのは何を言い出すのかわからなくて不安だが、ここで断るのもおかしい。シェリアは道中の緊張を思い出したようにフィデルの服の袖をつかんで涙目になっていた。
「シェリア、急がなくていい。しっかり起こったことを話せ」
ウィルヘルムは諭すような優しい口調でシェリアに語りかける。シェリアは涙目のまま頷いていた。
少し、まずいかもしれない。飴と鞭というと大袈裟だが、シェリアの心がウィルヘルムの言葉ひとつで巧みに動かされているのがころころと変わる表情で伝わってくる。最初は突然話題を振られて動揺していたが、今の彼女には警戒を解いたような安心しきった表情が浮かんでいた。
シェリアは素直すぎるところがあるので、フィデルがちゃんと見ていないとすぐに誰かに騙されそうになっていることがよくある。そこさえもフィデルにとっては美点に見えるのだが───今回の場合ばかりはそうもいかず、完全にウィルヘルムの手の平で転がされている。フィデルはウィルヘルムの認識を「いい人だが警戒は必要」と改めた。
「わ、私はクリューに拐われて」
「聖獣様がシェリアを?どうして」
ウィルヘルムは驚いたように片眉をあげるが、少しわざとらしい。驚いているのは本当だろうが、シェリアの言葉を引き出すために過剰に反応しているのところもあるのだろう。けれどこれ以上聞かれると本格的にまずい。そう思ったとき、玉座の間の扉がノックされた。
「お話し中失礼いたします!は、白狼の聖獣様が王と話したいとおっしゃっています!」
動揺したような声が扉越しに響く。ウィルヘルムさえも目を見開いていたが、我に返ると「お通ししろ」と告げた。
扉が開くと、艶やかな毛並みの白狼がゆったりと歩んでくる。
「僕の話を聞くのに、僕を呼ばないのはおかしいんじゃない?クルティナ王」
挨拶もなしにそう言うと、人の姿をとったクリューは挑発的に笑ったのだった。




