66 面倒事は避けるべき
シェリアは囁かれたフィデルの言葉を思い出して、頬を緩めた。
「ケーキ、ケーキ」
歌うように呟きながら軽い足取りで移動する。
「リア、ちゃんと前を見て歩けよ」
フィデルは放っておいたらどこかに行ってしまいそうなシェリアの手を繋いだまま、苦笑して言った。
「わかって......ひゃっ!?」
突然フィデルに引き寄せられて、シェリアは思わず声をあげた。しかしフィデルはシェリアの口を塞ぐと、物陰に隠れる。いや、どちらかというとシェリアを隠している。
「ふ、ふぃー?」
「しっ!」
フィデルは器用にシェリアの口を塞いでいる方と反対の手で、口のまえで人差し指を立てた。シェリアは言われた通りに口をつぐんだが、それでも心臓はばくばくと鳴ったままだった。
「行ったか」
フィデルは小さく呟くとシェリアから手を離す。シェリアは少しぶりの空気に小さく咳き込んだ。
「ごめん、苦しかったか?」
「ううん、それよりも急にどうしたの?」
まるで何かから隠れて───隠しているようだったが、どうしたのかと思って聞いてみると、フィデルは苦い顔をした。
「第二王子たちが通ってた」
「それがどうかしたの?」
「リア、第二王子といえばクラウディス元伯爵令嬢に求婚までしてたんだぞ。リアや俺に逆恨みしてないとも限らない。面倒事は避けた方がいい」
「ちょっと、フィー、いくらなんでも王族にそんなこと言うのは......元?」
シェリアはフィデルをなだめつつも首を傾げる。クラウディス伯爵令嬢といえばメルディアのことだが、彼女に何かあったのだろうか。
「ああ、クラウディス伯爵が彼女はもう社交界には出さないと宣言されたからな」
「社交界には出さない、って......!」
貴族が社交界に出ないということは、『貴族』として扱わなくて構わないということだ。待遇は平民と同じ、とまではいかないが、少なくとも貴族のものではなくなる。言葉通り社交界に出られなくなる他、男子なら爵位を継げなくなったり、王宮勤めの道が閉ざされたり。女子なら王族や有力な貴族と結婚できなくなったり。それでも一応生家で養ってもらえるので書類上は『貴族』なのだが、本人に「自分はまだ貴族だ」と都合のいい勘違いをさせないため、「元」をつけて呼ぶのだ。
「そんなに驚くことでもないだろ?『自分と同じ身分であるルティルミス伯爵令嬢を攻撃した』だけでも大罪だが、それだけじゃない。あの日は婚約の儀だったんだから、リアが俺の───レヴィン公爵家の子息の婚約者だってことは誰の目にも明らかだった。それを知った上で『自分よりも上の身分の者の命を狙った』んだから、最悪の場合、極刑すらありえる」
様々なことがありすぎてメルディアの処罰なんて考える暇もなかったシェリアは、大罪だの極刑だのといった現実離れした言葉に少し青ざめた。
「そ、それで、メルディアさんは......?」
メルディアが悪くなかったとは言わない。彼女にはしっかり罰を受けて反省してほしい。でも、彼女の気持ちも理解できないわけではない。少し、暴走してしまっただけだと思うのだ。まあシェリアの命を狙ったのまではやりすぎだが。なのに極刑なんてことになっていたら、寝覚めが悪いことこの上ない。そんなシェリアを落ち着かせるようにフィデルは頭を撫でた。
「安心しろ、最初に言った通り、社交界に出られなくなっただけだ」
「よかった」
「よかったって、リアは被害者なんだからもっと怒ってもいいんだぞ?」
焚き付けるようなことを言うわりに、フィデルの手は優しかった。
「さて、そろそろ移動するか。こうしてる間に六限目が始まる」
「あ、そういえば......って、あと二分!?」
シェリアは六限目の魔法実技のために移動中だったことを思い出して、慌てて走り出した。
「このまま放課後も、何も起こらないといいんだが」
「フィー?」
フィデルのフラグでしかない発言は、振り返ったシェリアには届かなかった。




