65 授業
一限目は、歴史の授業だった。約三十日休んでいるので、シェリアはかなり遅れていてもちろんわからない。人物名に至ってはもはや「どちら様?」状態だ。
二限目、ダンス。この授業は学院に貴族、あるいは将来国に使えるような才能ある者しかいないことから、ダンスのひとつも踊れないのは不味いだろうと行われているのだが───結論からいうと、転ばなかっただけ自分を褒めたいくらいだった。ひとりだけ下手なシェリアにたくさんの視線が集まっていたたまれなかったが。
三限目は音楽。こちらもダンスと同じ理由で行われているが、特徴的なのは得意な楽器を好きに練習していい、ということだった。ということでたいした楽器を扱えないシェリアは歌を選んだわけだが───こちらはまぁまぁ出来たと思う。でもなぜかこちらも注目が集まってしまって少し怖かった。
そして先程の四限目、異国語の授業。実はシェリアは今までこの授業を受けたことがなかったのだが、思いもよらないことが起こったお陰で、特に苦戦することもなかった。ちなみに(シェリアにとっては初耳だった)打ち抜きのテストについても、ほとんどの教科でトップのフィデルさえも抑えて満点である。
そしてこの怒濤の四時間をなんとか生き抜いて食べる昼御飯は絶品だった。
「って、そんなことはどうでもいいから。他の教科はともかく、なんで異国語だけあんなに成績がよかったんだ?得意教科......にしたってさすがによすぎないか?」
「もふ?ふぁっへはへは、ふぁふぁふぃの」
「......今聞いた俺が悪かった。とりあえず全部食べきってからしゃべれ」
シェリアは食べていたパンをごくんと飲み込むと、口を開いた。
「だってあれは、私の母国語だから」
「母国語ってクルティナ語じゃ......ああ、前世のか」
そう、クルティナと交易も盛んな隣国、月花の国で使われている言語は他でもない日本語だったのだ。なぜかはわからないが、これにはとても助かった。他の言語だったら確実に満点どころか点数がとれたかすら怪しい自信がある。
「うん。日本語って呼ばれてたんだけど、前世の世界でもかなり難しい言語って言われてたの」
「まあ、あれだけ複雑ならな」
フィデルは少し遠い目をした。
「そうだ、リア。俺と一緒じゃないときには、もう踊るな」
フィデルに思い出したように言われて、うっと言葉に詰まった。やはり酷かったらしい。
「へ、下手だったのは認めるけど、なにもそこまで言わなくても」
シェリアが少し膨れると、フィデルは珍しく慌てた。
「そうじゃなくて、みんなの視線が集まるから───」
「いいもん。これから練習して、フィーが踊ってくれっていうくらい上手くなるから」
「......ああ、そうしてくれ」
フィデルは諦めたようにため息をつきながら、少し笑った。ちなみにシェリアに視線が集まっていたのはひとりだけ下手だったからではなく、わたわたと慌てるシェリアが微笑ましいと思われていたからということも、それにフィデルが嫉妬してこう言ったのも、シェリアは全く知らなかった。
そして五限目は、ついに来てしまった魔法の授業だ。ただし五限目は座学なので、まだなんとかなる。なる気がする。ならなくも、ない、はず。
「先週教えた属性はわかりますね?では、その特徴を踏まえて、さらに応用した上級魔法の───」
「リア、おいリア。わからないのはわかるけど、とりあえず帰ってこい」
フィデルが隣で結局どっちなんだと突っ込みたくなるようなことを言いながら、ペンの先でシェリアをつつく。
「無理......もうわかんない......」
シェリアは遠くの一点を見つめて小声で呟いた。するとフィデルは朝の仕返しとばかりにシェリアの耳に何事かささやく。
「リア───に────の─────に───から、もう少し頑張れ」
「フィー、言ったからね」
シェリアは先程の無気力状態が嘘のように、きらきらと瞳を輝かせた。そして授業に聞き入る───ように傍目には見える。脳内は別のことで一杯だが。そんな二人の周囲で授業を受けていた生徒たちは、フィデルがどんな魔法を使ったのかと密かに首をかしげるのだった。




