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悪役令嬢に転生した、はずですが?  作者: れもん。
2章
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63 死にかけてた

「いい、シェリア?よーく聞いてね」


「なあに、おかーさま」



 物語を朗読するような、抑揚のあるしゃべり方。いつも楽しげなその声。写真などないこの世界では顔すらもおぼろげな、それでも大好きな母の声だ。

 母はベッドから半分体を起こして、内緒話をするようにシェリアを手まねいた。



「これから先、シェリアにはいろんなことがあると思うの。お母様やお父様でさえ経験したことのないような、いろんなこと。だけどね、そのときにはお母様もお父様もいないこともきっとあるわ」


「どうして?おかーさまたち、どこかにいっちゃうの?」



 幼いシェリアは不安になって母の服の袖をつかんだ。すると母は、シェリアの小さな手をやんわりと包んで少し笑った。



「そうじゃなくて、私たちがいないのはおかしなことじゃないの。だって、お母様のでも、お父様のでも、お兄様のでもない、シェリアの人生だもの」


「私の?」


「ええ。だから、お母様が言いたいのはね、シェリアはどんなことがあっても笑っていてねってこと。それと───────────で」


「うーん?よくわかんないけど、わかった!おかーさまがそういうなら私、頑張る!」



 シェリアは首を傾げながらも、大きく頷いた。ぱっと笑顔を見せると、母も嬉しそうに微笑む。



「ありがとう。じゃあ、お母様はもう少し寝るから、シェリアは遊んできていいわよ」


「うん!おやすみなさい」



 再びベッドに横になった母に挨拶をして、シェリアは部屋を飛び出した。







 気がつくと、シェリアは泣いていた。なぜかはわからないが、ぬぐってもぬぐっても涙がこぼれてくる。自分が泣き虫だという自覚はあったが、こんなことは一度もなかった。



「リア!?」



 動揺したフィデルの声が聞こえたかと思えば、シェリアの顔を覗き込んでくる。いや、逆だ。フィデルが覗きこんでいるのではなく、シェリアが寝かされている状態なのだということに気がついた。



「どうしたんだ?何かあったのか?」



 シェリアは答えようと口を開いて、結局何も言わずに首を横に振った。喉が渇ききってしまって声が出なかったのだ。それに気がついたフィデルが侍女に何事か伝えると、すぐにコップ一杯の水が運ばれた。



「飲めるか?」



 シェリアが頷いて受け取ろうとすると、コップは小刻みに震えた。今にも中身がこぼれそうなコップをフィデルは慌てて支える。なぜコップすら上手く掴めなくなってしまったのかとシェリアが不思議に思っていると、フィデルは考えを見透かしたように苦笑した。



「十日も寝てたから、感覚が掴めてないんだろ」


「......とおか?」



 水を飲んで少し渇きがましになったシェリアは、かすれた声で聞き返した。



「本当に、最初の三日くらいは危なかったんだからな」



 フィデルは寂しげに笑った。



「リアの魔力が制御しきれなくなって、大雨が降っただろ?雨に濡れて体は冷えきってるし、高熱はあるし、魔力はほとんど使いきってたし」



 フィデルにそう言われても、シェリアはまだ自分が十日間も寝ていたなんて信じられなかった。クリューに拐われたことが昨日のことのように思い出せるのに。



「そういえば、クリューは?」


「あいつは───悪い、リアを早く連れて帰ることで頭が一杯で、置いてきたからわからない」


「ええと、そんなに私危なかったの?」



 別にクリューを捕まえてほしかったわけでもないし、フィデルに感謝こそすれ何か不満があるわけでもない。が、クリューのことも忘れるほど『頭が一杯』とまで言われると、どんな状態だったのか気になる。少し首を傾けてシェリアが聞くと、フィデルは真剣な顔で答えた。



「死にかけてた」


「え?」


「だから、死にかけてた」



 あまりに大袈裟な表現に、シェリアは固まった。けれどフィデルが冗談を言っているようにも見えない。



「普通は高熱が出たとき、ひどくてもニ、三日で下がるだろ?あれは自分自身が残ってる魔力で勝手に治癒魔法をかけるからなんだ。風邪には外からの治癒魔法は効かないが、内側からのはよく効くから。だから俺みたいに魔力の多い人は病にかかりにくいし、かかってもすぐに治る」



 前世とは違う理屈に戸惑いつつも、シェリアは頷いた。確かに昨日風邪をひいたと言っていたフィデルが、翌日にはすっかり元気そうだったことが何度かある。あれは免疫力の違いなのかと思っていたが、突き詰めれば魔力量の違いだったらしい。



「それに比べてリアは魔力をほぼ使い果たしてたから治るものも治らなくて、ずっと高熱が続いてたんだ」



 シェリアはしばらく全く動かしていなかったせいか、重く感じる手を持ち上げて自分の額をさわってみた。けれど温度感覚が麻痺してよくわからない。首を傾げていると、フィデルの手がシェリアの額に触れた。



「なんかひんやりする......魔法?」


「バカ、これが普通の人間の体温だ」



 フィデルの手が離れると、代わりにしっかり冷やされたタオルが乗せられた。



「冷たい......」


「ちゃんと冷やさないと下がらないんだから、それくらい我慢しろ」



 フィデルは呆れたように言うが、どこか嬉しそうにも見える。きっとかなりの心配をかけてしまったのだろう。



「ごめんね」


「リアは悪くないんだから、そこは『ありがとう』だろ」


「あ、ありがとう」


「どういたしまして。まだ熱が高いんだからもうちょっと寝てろ」



 そういわれると、確かに体が熱くてふわふわしている気がする。フィデルが布団をかけると、シェリアの意識はすぐに遠くなった。

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