5 小動物と猛獣
「さっきから黙って聞いてれば悪役令嬢だのヒロインだの」
「私のフィーに近づかないでください!」
フィデルの怒りの一言と、シェリアの渾身の一撃が見事に被った。
フィデルは自分の服の袖をぎゅっと握りながら威嚇する、小動物のような幼馴染みに毒気を抜かれたのか驚いたようにこちらを見、ため息をつく。しかしシェリアは止まらない。
「貴女こそ、もう少しお勉強が必要なのではありませんか?少なくとも大衆の前で男性に迫るような行為は淑女のものではありませんよ」
「なんですって!」
シェリアの発言は言葉こそきついものの正論で、しかも目に涙をためながら言っているためあまり理不尽には聞こえない。しかし、メルディアはそんな攻撃力の低いものでも「悪役令嬢にいじめられた」と認識したらしく、シェリアを睨み付ける。
威嚇する小動物と猛獣のような構図になったところで、争いの原因であるフィデルが割って入った。必死にメルディアと対峙するシェリアの腕をつかみ、引き寄せる。
「ってことだから、俺らはここで失礼するよ」
「なっ!」
端から見れば当たり前だが、フィデルが自分ではなくシェリアの肩を持ったことに呆然とするメルディアの横をすり抜け、フィデルとシェリアは校舎に入った。そのまま野次馬たちの間を通り抜け、ある部屋に向かう。
『理事長室』
そのプレートがかかった部屋へ入ると、フィデルは不機嫌を隠さずに言った。
「父上、これはどういうことですか」
フィデルの言葉に、シェリアははっと涙で濡れた瞳を見開いた。そこにいたのは、幼いときから何度も会っている人物───アマディス・レヴィンその人だったからだ。
王立学院はその名の通り、クルティナ国の王家が運営している施設である。なので、学院長は当代の王で間違いない。
しかし、多忙な王が学生の面倒まで見きれるわけもない。そこでこの理事長という役職が設けられた。王以外にそれなりに地位があり、年齢的にもちょうどいい人物、ということでレヴィン公爵に白羽の矢が立ったのだ。
噂には聞いていたが、実際に理事長室にいるとは思っていなかった。シェリアはあわてて礼をとる。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。ここには僕とフィデルしかいないからね」
にこにことそう言うアマディスだが、フィデルは彼を睨み付けたままだ。シェリアがおそるおそる顔をあげると、その視線はより厳しいものになっている気がする。
「最初は迷惑な令嬢くらいにしか思っていませんでしたが、リアを攻撃するなんて我慢の限界です。いくら貴族といえど、学院の品格を保つために人は選んでいるはずでしょう」
その言葉から、フィデルの不機嫌の原因は先程のメルディアの行動だとわかる。つまり、なぜあんな無礼な人物が学院にいるのかと父親ではなく理事長としてのアマディスに問いかけているのだ。
「僕もあんなのは弾こうとしたんだけどね、何しろあの王子が随分彼女に心酔してるらしくて。理事長といえど、ここは王立学院だからね」
のんびりとした口調ではあるが、その表情は真剣で、暗に王族が権力を行使して入学させたことを告げた。
フィデルはアマディスの力でもどうにもできなかったと知って、チッと舌打ちする。
「王子があんな馬鹿に味方したなんて世も末ですね」
普通の人が言えば不敬罪で捕らえられかねない発言をするフィデルに、同感だと頷くアマディス。さすがに二人は大物だとシェリアは内心ひやひやしていた。
「そんなことより、そろそろ授業が始まるんじゃないのかい?」
アマディスの言葉にフィデルははっとして時計を見る。
「そうですね。今日はここで失礼します」
そう言うとフィデルはシェリアの手を引いて退室する。シェリアはアマディスに小さく礼をしながら、この親子の聞いている方が穏やかでいられないやり取りが終わることにほっとため息をつくのだった。
ふとこの小説の『小説情報』を見てみると、ブクマが2桁を越えていてとても嬉しかったです。応援ありがとうございます!