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悪役令嬢に転生した、はずですが?  作者: れもん。
2章
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59 考えないで

 ひゅっと風を切る音と、体に伝わる大きな振動でシェリアは目を覚ました。普通に眠っていたにしてはおかしな感覚に重いまぶたを持ち上げると、視界いっぱいに真っ白な毛が広がっていた。



「?」


「あ、シェリア、気がついた?なら少し休憩にしようか」


「ひゃっ!?」



 真下から聞こえてきた声に混乱して、シェリアはばっと起き上が────ろうとして、白狼の背中から落ちそうになる。そして慌てて再び白狼の首を抱き直した。シェリアのそんな行動に声の主はクスクスと笑う。



「こんなところ、フィデルに見られたら嫉妬されるね」


「フィーに......?」



 冗談めかした言葉に、ぼんやりしていたシェリアは一気に状況を思い出した。確か、この白狼はクリューで、自分はクリューに命令されて────。



「クリュー、ここはどこ?フィーは!」


「とりあえず、シェリア、逃げないで」



 シェリアが焦りのままに叫ぶと、逃げようとしていた訳でもないのに、なぜかクリューにそう言われた。不思議に思っていると、シェリアの左腕に何かの模様が浮かぶように淡く光る。



「これは......?」


「シェリアが逃げようとしなければ何も起こらないよ。大丈夫」



 逃げたくても、馬よりも速く駆けている白狼の上から飛び降りるなんて怖くてできない。シェリアはそう思ったが、突っ込まないことにした。『逃げようとしなければ』ということは、逃げようとしたらどうなるのだろうとも思ったが、その疑問の答えもろくなものじゃなさそうなので無視だ。



「シェリアが拒むとは思わなかったから、ちょっと強引な方法になっちゃったけど。フィデルの代償はちゃんと消しておいたから」



 混乱しきって状況を呑み込めないシェリアにクリューはテンポよく説明する。



「ちょ、ちょっと待って。結局私を連れていくんだったら、なんのために一度説得に来たの?」


「一応フィデルの婚約者だし、後で面倒なことになるよりもシェリアの意思で来てもらった方がいいかなって思って」



 そう話すクリューは、先程の冷たさが嘘のようにいつも通りだった。内容はそんな軽いものではないが、口調はレヴィン邸でフィデルをからかっていたときと同じ軽さだ。本当にシェリアを誘拐したとは思えないほどに。


 混乱する思考とは別の部分でぼんやりとそんなことを思っていると、シェリアの腕にポツリと冷たいものが落ちた。そしてそれは、クリューの見事な毛並みにも灰色のシミを作る。



「雨?」


「そういえば、雲が増えてたね。どこかで雨宿りしようか」



 クリューは雲が増えていたというが、時間が時間なので周りが暗すぎてシェリアにはよくわからない。ただたくさんの木に囲まれていることから、どこかの森だということが推測できるくらいだった。



「こことかどうかな」



 クリューの『ここ』が指す場所がわからずにシェリアは首をかしげた。するとクリューは少しずつスピードを落として、ちょうど休めそうな洞穴の前で立ち止まった。



「クリュー、ここまで見えてたの?」



 シェリアが誘拐されていることすら忘れて目を見開くと、いつのまにか人の姿に戻っていたクリューは得意気に笑った。



「僕は夜でも昼と同じくらいには見えるからね」



 行こう、とクリューはシェリアの手を掴む。その手に引かれるまま、シェリアは洞穴の中に入って座り込んだ。中は思ったよりも広くて、シェリアとクリューが入ってもまだあと二、三人は入れそうなくらいの余裕がある。シェリアは洞穴の壁にもたれると、雨で濡れてしまった体を震わせた。



「そっか。僕は何も要らないけど、シェリアは風邪引いちゃうよね」



 そんなシェリアの様子を見たクリューが思い出した風に言って、落ちていた枝を集めて火をともした。それに近づくとシェリアの体も一気に、とまではいかないが、何もないよりは遥かに温まる。



「フィーは、」



 炎の暖かさをじんわりと感じながらうつむいていると、ぽろりと口から不安がこぼれた。



「心配、してくれてるのかな。代償が消えて安心してる?私、あんなこと言ってたのに、結局フィーをひとりに」



 クリューが聞いていることも忘れて、シェリアはただ言葉を紡ぐ。一人にしないと言って、それを守るためにクリューの話を断って。なのに結局、シェリアは。でもフィデルはもう、あの頃のように一人ではない。シェリアがいなくたって───。ぐちゃぐちゃになる考えを整理できない。久しぶりにびしょびしょになるくらい雨に濡れてしまったせいか、頭もぼんやりする。



「シェリア。今の君は僕の『物』だから、命令じゃなくても僕の言う通りにしなくちゃいけないんだ」



 突然そう言ったクリューにシェリアは困惑した。意味がわからないのもそうだが、脈絡が無さすぎて話が見えない。



「クリューの物?どういうこと?」



 シェリアは問いかけるが、クリューは微笑むだけで答えない。



「シェリア。フィデルのことを忘れろとは言わないけど、もうあんまり考えないで」


「......え?」



 そんなことを言われても、頭は勝手にフィデルのことを思い出してしまうのだから、できるはず───。



「っ!?」



 頭が割れるように痛んで、シェリアは思わず手で押さえた。今まで感じたことがないほどの頭痛に意識が遠のきかける。



「大丈夫?」



 クリューが気遣うようにシェリアの頭を撫でると、頭痛は嘘のようにおさまった。それでもまだ視界がくらくらして、シェリアは力なく壁に倒れこんだ。



「僕の言うことに逆らうとそうなっちゃうから、気をつけて」



 シェリアは視界の揺れを落ち着けようとするのに必死で、クリューの言葉を聞くどころではない。ぎゅっと目をつむっていると、冷たいクリューの手がシェリアの額に触れた。



「もしかしてシェリア、熱がある?治癒魔法くらいならかけられるけど、さすがに薬はないからもう少し寝ておいたら?」



 その言葉が合図だったかのように、シェリアの意識はぷっつりと途絶えた。

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