57 お友だち
「ねぇ、フィーはまほうが使えるの?」
フィデルに案内されて、ジェラードたちがいるだろう応接間に向かう途中。シェリアがそう問いかけると、前を歩くフィデルは不意に足を止めた。そしてこちらを振り返ることもなく、問いかける。
「なんでそう思うんだ?」
「『まりょく』がなんなのかはよくわかんないけど、お父様がまほうを使うときに要るんだよって教えてくれたことがあるから」
少しトゲを含んだ声音に怯えながら、シェリアは答えた。なぜ急にフィデルの機嫌が悪くなってしまったのかはわからない。けれど、幼くてあまり他人の感情に敏感ではなかったシェリアでもわかるほどには、フィデルは苛立っていた。せっかく『お友だち』になれると思ったのに、怒らせてしまったのだろうか。そう思うと不安で、泣き虫なシェリアの目には涙が浮かぶ。
「ご、ごめんなさい。ただ私、フィーがまほうを使えるならうらやましくて」
「羨ましい?」
フィデルは怒りを含んだ瞳でこちらを見た。その態度でシェリアは謝ったつもりが余計に怒らせてしまったことを悟ったが、どうしたらいいのかわからなくて、瞳にこぼれそうなほどの涙を浮かべたまま固まった。
「他の人から見たら羨ましいのかもしれないけど、俺はこんなにたくさん魔力があったって、いいことなんてひとつもなかった!制御は大変だし、この魔力を怖がって誰も近づいて来ない」
フィデルは賢いらしく、彼の言葉は難しくてシェリアにはほとんど理解できない。けれど、フィデルが魔法を使えることが嫌なのだけは伝わって。こんなの、とフィデルは呟いた。吐き捨てるように。
「こんなの、あげれるならリアにやるよ」
その言葉をきっかけに、シェリアは涙をこらえきれなくなった。よくわからない単語は多かったが、フィデルが怒っているのだけは伝わって怖かった、というのもある。でもそれよりも、シェリアに怒鳴っているフィデルの方が痛そうな顔をしているのが辛かった。怖かった。
泣き出してしまったシェリアを見て、はっとしたようにフィデルの瞳から怒りが消える。
「ご、ごめん。リアに八つ当たりするつもりは」
「ごめんなさい。私はただ、私にもまほうが使えたらっ、おかーさまを」
両手で涙をぬぐいながらしゃくりあげるシェリアに戸惑ったようにフィデルは聞き返した。
「リアの、お母様?」
フィデルが困って説明を求めているのはわかるが、ぬぐってもあとからあとから涙がボロボロとこぼれてしまって、シェリアは話どころじゃなかった。目の前のフィデルのことだけじゃなくて、助けられなかった母のことまで思い出して泣いてしまう。自分で自分の傷口を開いたようなものだとはわかっていたけれど、涙は止まらなかった。
「おかーさま、どうしていなくなっちゃったのっ?」
フィデルはシェリアの言葉に戸惑ったように動きを止める。そして、少し迷ったような間の後、ぽんとシェリアの頭を撫でた。何も言わずに、ゆっくりと。そんなフィデルをシェリアはなんだか兄のようだな、と思った。頭を撫でる、という仕草が兄のアルフがよくしてくれるものだからかもしれない。そうわかっても、さっきまで同い年の男の子にしか見えなかったフィデルが兄のように感じるのは少し不思議で───その優しさが嬉しくて、シェリアは泣き続けた。
どのくらいそうしていたのか、シェリアはすっかり腫れてしまった目を擦って止みかけた涙をぬぐう。
「もう大丈夫か?」
フィデルの問いにシェリアはこくんと頷いた。そして、先程説明できなかったことを言おうと口を開く。
「私、フィーがまほうを嫌いなの、知らなくて。ただ、まほうが使えたら、おかーさまが助けられたかもしれないって思ったら、うらやましくて」
母がいなくなったのを過去のこと、と割り切ることはまだできなくて。混乱している思考をなんとか説明しようとしたら、そんな要領の得ない言葉になってしまった。それでもフィデルは頷きながら聞いてくれる。
「おかーさまはご病気だったの。だから、先月」
それから先は、まだ言葉にできなかった。けれどフィデルは察してくれたらしく、気遣わしげにシェリアの背を撫でる。そして思い付いたように杖を取り出すと、うつ向いているシェリアに向けた。
「?」
「かの者を癒せ」
何が始まるのかとシェリアが首を傾げると、フィデルはそう呟いた。意味のわからない言葉にますます首を傾げる。しかし、その意味はすぐにわかった。
「あれ?目がいたくない」
「治癒魔法をかけたからな」
「これが、まほう......」
平然というフィデルに驚きながら、シェリアは初めて見る魔法に瞳を輝かせた。
「でも、これが俺が今使える魔法の限界なんだ」
「げんかい?」
「ああ、これ以上の魔法を使うと、まだ魔力を制御できなくて逆に怪我をするから」
『まりょく』も『せいぎょ』もシェリアにはわからなかったけれど、それでもなんだか大変なことはわかった。フィデルが魔法を嫌がる理由も、なんとなく。
「だから、怪我をするのが怖くて、誰も近づいて来ないんだ」
「......フィーは、一人で寂しかったの?」
思わず、シェリアはそう聞いた。魔法のひとつも使えないシェリアには、正直フィデルの気持ちなんてわからない。わからないけど、もしシェリアが彼の立場だったら、それはひどく寂しいことなんじゃないかと思った。
「寂しくなんかっ......」
意地になったのか、フィデルはムッとしたようにそう返しかけたが、その言葉は最後まで続かず、うつむいてしまった。
「寂しくても、きっとどうにもならない」
欲しいものを無理矢理諦めるような、呟きだった。聞いているシェリアの胸すら、ぎゅっと締め付けられるような。
「なるよ、どうにか」
「なんで、そんなこと!」
「だって、私が一緒にいれば、ひとりじゃないでしょ?」
シェリアはにっこりと笑ってフィデルに手を差し出す。フィデルは、こんなことをされたことがないのか、驚いたように固まっていた。
「フィー、私と、お友だちになろう?」
「友達、って」
「そうすれば、フィーが楽しいときも、悲しいときも、一緒にいられるんでしょ?おかーさまが言ってた」
シェリアがそう告げると、フィデルは戸惑ったようにシェリアと、シェリアの手を見比べる。しばらくそうしていたが、フィデルは少し泣きそうに、けれど嬉しそうに笑ってシェリアの手をとった。
「じゃあ今日から、私とフィーは『お友だち』だね」
「ああ」
そして、シェリアも初めてのお友だちが嬉しくて、満面の笑みを浮かべたのだった。




