54 助けられない
「聖獣......」
クリューに説明されて、理解はした。理解はしたが、目の前の彼がそうだと言われてもよくわからない。今の話を聞くかぎり、神話のようなものであまり現実味がないからかもしれない。
「聖獣は今言った通り四人いて、僕はそのうちの一人なんだ。まあ、ほとんどの人は実在するとは思ってないだろうし、混乱させないために隠してるんだけど」
「隠してるって、誰が?」
「僕たちがお願いした各国の王だけど」
クリューは平然と言ってのけるが、お願いしたといっても、どの国の王もそんな簡単に『お願い』を聞いたりしないだろう。ということは。まず、彼は存在自体が国家機密なわけで。それ以上に、彼らの『お願い』を王たちが聞いてくれるほどの人物なわけで。
「もしかして私、今相当すごいこと聞いてるんじゃ......?」
「それで、僕らがなんで聖女様を探してるのかっていう話に戻るけど」
シェリアは漠然とした不安を感じて呟く。けれどクリューは綺麗に無視して話を無理矢理元に戻した。それが余計にシェリアの不安をあおっているのは言うまでもないが。
「僕らが聖女様って呼んでるのは、前世の記憶を持った、転生者のことなんだ。それも、この世界じゃない、異世界の記憶を持った」
シェリアは思わずびくりと肩を揺らした。その条件は、ぴったりシェリアに当てはまっている。ここは前世のシェリアが生きていた『地球』ではないし、その地球の記憶をシェリアは持っている。不完全で、忘れてしまったことも多いとはいえ。
「ごめんね、シェリアが眠ったとき、実はシェリアの魔力を食べたんだ」
「魔力を、食べた......?」
「うん、聖獣にはそれができるから」
人間にはできないけど、とクリューは苦い口調で呟く。
「聖獣はね、人間の食事も嗜好品として楽しむけど、それじゃお腹はふくれない。僕らの主食は」
クリューは、シェリアの手をガラス細工を扱うかのような優雅な手つきで取る。きょとんとして、されるままになっていた手をクリューが両手で包むと、あのときのように指の隙間から光の粒がこぼれた。
「こんな風な、他の生き物の魔力だよ」
穴の空いた袋から、砂がこぼれるように。シェリアの体にあったはずの何かが減っていく。確かにそれは、魔法を使ったときの感覚に似ていた。
「ク、クリュー、そろそろ眩暈が」
「あ、ごめんね。シェリアの魔力は美味しいから、つい」
魔法を使いすぎたときのような症状を感じてシェリアが声をあげると、クリューは慌てて手を離した。解放された手からはもう光がこぼれることはなくて、シェリアはほっとしながらも不思議な気分で自分の手を見つめる。
「転生者は魔力の味が他の人と少し違うんだ。それでフィデルに聞いたら、前世の記憶があるっていうから、もしかしたらって思って」
「だから私が聖女って、そんなの」
話が飛躍しすぎではないか。困惑してシェリアは呟いた。途方に暮れたような口調になってしまったのは致し方ない。実際、よくわからないことばかりで話についていけていないのだから。
しかしクリューはそのシェリアの呟きを肯定するでも、否定するでもなく、ただ笑って受け流した。
「シェリアが受け入れられなくても、僕は君を連れていかなくちゃいけないんだ。それにシェリアが来ないと僕は」
クリューはそこで一度言葉を切った。その間が、理由もなくシェリアを不安にさせる。
「僕は、フィデルを助けられない」
クリューはなにかを堪えるように息を吸うと、そう言いきった。けれどシェリアにはその意味がわからない。わからないのに、『助ける』なんて言葉に恐怖を感じてしまう。だってそれは、フィデルを窮地から救うということで。つまり彼は今、何かに苦しんでいるわけで。それに自分が気づけなかったことが怖い。いつも助けてもらう側で、今度こそは彼を助けようと。そう、思ってたのに。
「......フィーを助けるって、何から?」
シェリアは絞り出すようにして、おそるおそるクリューに聞いた。
「代償だよ。ちゃんと手順を踏まない解呪には、大きな代償が伴うの。僕の力なら消してあげられるけど、聖獣の力は貢ぎ物がないと使えない。だから」
解呪の、代償。きっとシェリアの禁術を解いてくれたときのものだ。そんなものがあるなんて、知らなかったけど。でも、どうして、シェリアなんかのために、そんな。
クリューは混乱するシェリアに告げた。なぜかシェリアよりも辛そうな、痛そうな顔で。
「だから、シェリアが貢ぎ物として僕と一緒に来てくれれば、全てが丸く収まるんだ」
シェリアよりも、苦しそうな顔で。
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