45 手紙
突然座り込んでしまったシェリアの顔を覗き込んだフィデルは、目を見張った。いつも彼女の心情を素直に映し出している深緑の瞳が、泣き出しそうに潤んでいたからだ。
「私、魔法が使えなくなっちゃった」
シェリアの声は、怯えとも困惑ともつかない感情からか弱々しく震えていた。昔、迷子になったときもこんな表情をしていたなとぼんやり思うが、今はそれよりも彼女の言う「魔法が使えない」がどんな状態なのか確かめなくてはならない。
魔力はほとんど減っていないし、かといってシェリアに才能がないから魔法が発動できない、というわけではないだろう。現に彼女は前回中級魔法を成功させていた。しかし、そうでないならなぜシェリアが魔法を使えないというのかわからなかった。
「とりあえず落ち着け」
「だけど、このままだったら私」
泣くまいと必死に耐えているのか、潤んだ瞳から涙がこぼれることはなかったが、シェリアの声がかすれていた。
「出来ないものは出来ないんだから、仕方ないだろ。ほら、もう一回やってみたら案外できるかもしれないし」
フィデルの言葉に、シェリアは不安そうな顔をしながらもうなずいて立ち上がる。再び的に向けた杖が、彼女の動揺を反映したように小刻みに震えていた。
「怖いのか?」
明らかに怯えた様子のシェリアに、そんな疑問がフィデルの口をつく。シェリアはそれに答えるようにぴくりと肩を揺らした。
「前はできてたのに、何がそんなに怖いんだ?」
「......ごめん」
「別に怒ってはないけど」
フィデルは苦笑しながら、シェリアの手を両手で包む。壊れ物を扱うように優しく。安心させるように。怒っているのではなく、本当に心配しているのだとわかるように。シェリアの震えは、包んでいるフィデルの手にも伝わるほど大きなものになっていた。
「何が怖いのか、教えてくれないか?」
ぽたりとフィデルの手の上に水滴が落ちる。それがシェリアの涙だと気づくのに少しかかった。シェリアは、泣きながら小さく首を振る。
「言えないのか?」
シェリアはもう一度首を横に振った。
「わからないの」
ぎゅっと不安そうにフィデルの服の袖を掴むシェリアの頭を、フィデルはあやすように撫でた。
「わかった。もう少し考えてみるから、今日はとりあえずここまでにしよう」
シェリアは俯いたまま頷いた。
シェリアには「もう少し考えてみる」と濁したが、あてがないわけではない。ただ、あまりその「あて」を使いたくないだけで。しかし、魔法が使えないとなったら話は別である。
魔法の制御くらいならフィデルも経験しているし教えられるが、「使えない」という状況にはなったことがないので、専門家でもないフィデルにはどうするべきかわからない。シェリアの力になりたいと思いながらなにもできない自分に、フィデルはため息をついた。
それ以降シェリアと一言も交わせないまま彼女を部屋に送り届け、フィデルは自室に向かった。落ち込んでいたシェリアは心配だが、彼女のためを思うなら励ますよりも先にやらなければならないことがある。
机の引き出しを開けて、便箋とペンとインク壺を取り出した。ペンをインクに浸すと、乱雑な文字で事情を綴る。そして封筒に封をして従者のひとりに渡した。
「これを宛先まで持っていってくれ」
「伝言などはどうしますか?」
「なくても手紙だけ渡せば伝わる」
「かしこまりました」
心遣いはありがたかったが、手紙の宛先を思うと伝言などする気にもなれない。使者が駆けていくのを見送ると、フィデルはシェリアの部屋に向かった。




