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悪役令嬢に転生した、はずですが?  作者: れもん。
2章
52/142

44 怖い

 フィデルがシェリアの魔力制御の練習場所として選んだのは、やはりというべきか、以前中級魔法の練習をした練習場だった。何度来ても、屋敷の施設として学校のグラウンドのような広さものがあるのには慣れない。



「そういえば、リア」


「ん?」


「ゲームの記憶をなくしたって、どんな感じなんだ?前世のことも、全部忘れたのか?」



 周囲に影響がないように防御魔法を張りながら、フィデルが聞いた。シェリアは少し答えに悩む。上手く説明するのは難しい感覚だった。全てを忘れてしまったわけではないけれど、覚えていることと忘れていることの境界線をどう説明していいかわからない。



「えっと、前世について思い出したことは覚えてるの。ゲームについても、内容は忘れちゃったけど、この世界に似たゲームをしてたんだなってくらいには。それと私がそのゲームの悪役令嬢ってことも。だけど細かいことを思い出そうとするとね、頭に霧がかかったみたいになっちゃう」



 うーん、とフィデルは困ったような表情になる。伝わったような、そうでないような感覚がもどかしい。もっといい例えはないだろうか。そう思って考えていると、ことの始まり、シェリアがフィデルに「前世の記憶を取り戻した」と言ったときのことを思い出した。



「昨日見た歌劇の内容を覚えてない、みたいな。歌劇を見に行ったことも、誰と行ったかとかも覚えてるの。内容だけすっぽり抜け落ちてるみたい」



 あのときにフィデルの言っていた『歌劇』という単語をヒントに説明してみたが、伝わっただろうか。不安を感じながらフィデルの表情を伺うと、困っていた顔が少し納得したようになっていた。



「じゃあ、魔法に支障はないか」


「え?」


「リアの魔法は、今回のことを除いてもかなり特殊だ。持ってる魔力は少ないのに、消費する魔力も少ないからな。その原因は、リアの前世の記憶だと思う」



 そう言われれば、中級魔法の特訓をしたときにもそんなことを言っていた気がする。確か、前世のゲームの影響でイメージがしっかりしているから、消費魔力が少ないとかなんとか。



「だから、前世の記憶がまるっきり消えてたら何か影響があるかも知れないと思った。例えば、もし普通に『魔力の少ない貴族』のレベルに戻るだけだったとしても、それは『中級魔法を三、四発打ったら倒れる』ってことだ。魔力が少なくても何発も打てた前とおんなじような感覚でやったら、リアはたぶんもたないだろ?」


「あ......」



『魔法』という現実離れしたものに対して、そこまで考えが回っていなかった。フィデルはこんなに考えてくれているが、シェリアは自分のことなのに全く気づいていなかった。その情けなさからしょんぼりと俯いた。



「フィー、ごめん」


「謝ることじゃないだろ」



 フィデルは慰めるようにぽんぽんとシェリアの頭を優しく撫でた。こうしていると、幼い頃を思い出す。



「ほら、始めるぞ」


「うん」



 これ以上フィデルに任せきりにするわけにはいかない。そのためにも、早く魔力を制御できるようにしないと。シェリアは顔をあげた。



「じゃあまず、前みたいに的を壊してみてくれ」



 大丈夫、できる。そう思うのに、なぜか杖を持つ手が震えてしまう。怖い。前に練習したときにはこんなことはなかったのに、シェリアの命を狙ったメルディアの魔法を見たからだろうか。どうしようもなく、怖い。



「リア?」



 それでも、練習すると約束したからには、ちゃんとやらないと。前はできたことなのだから、大丈夫。自分にそう言い聞かせて、シェリアは魔法を放った。はずだったのに。



「あ、れ?」



 シェリアの足から力が抜ける。震えてはいるが、確かに的を狙っていた杖からは何も放たれていない。ただただ、的を指しているだけ。そんな、まさか。



「リア、大丈夫か?」



 突然座り込んでしまったシェリアを気遣うフィデルの言葉に返事もしないまま、シェリアは魔法を使おうとイメージを続ける。水。あの的を壊せるくらい勢いのある水を。しっかり、しっかりイメージしたのに、やはり何も起こらない。水滴が出ることもなければ、魔力が消費される感覚もない。



「嘘......」


「どうしたんだ?」


「......フィー、私」



 フィデルは混乱しているシェリアの背を落ち着けるように撫でながら、顔を覗きこむ。桜色の心配そうな瞳と目が合うと、はっと見開かれた。



「私、魔法が使えなくなっちゃった」



 告げた声が、弱々しく震えてしまった。

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