38 敵意
婚約の儀といっても指輪の交換以外何をするということもない。普通に夜会である。軽食や飲み物をとったり飲んだり、踊ったり。
「リア、踊るか?」
「フィー!」
冗談混じりのフィデルの言葉にシェリアは頬を膨らませた。断罪イベントへの不安で足が震えてフィデルに支えられているような状況だというのに、踊れるわけがない。
「冗談だよ」
そんなやり取りをしつつ、シェリアとフィデルは席につく。まだ震えは収まらないが、座ったことで心に余裕ができた。
「人、多いね」
「ああ、普通の夜会と違って招待制じゃないからな」
シェリアが言うと、舌打ちでもしかねない機嫌の悪さでフィデルはそう言った。ただの夜会に見える婚約の儀が少し異色なのは、貴族であれば誰でも来ることができる、ということだろう。たとえ、主役の家系とどれだけ仲が悪くても、反りが合わなくても。相手が『来たい』と思えば、招待状等ないこの日だけは来ることができてしまう。フィデルの機嫌の悪さも、シェリアの不安もそれゆえだった。
『メルディアが、この場に来ることができる』
禁術の件で彼女が謹慎になったのはたった一月。その日からもう数ヵ月がたった今はとっくに自由になっているだろう。フィデルはその事からメルディアを警戒していたのだが、禁術に彼女が関わっていたことをシェリアは知らない。シェリアが心配していたのは、メルディアがきっかけで引き起こされる断罪イベントのことだった。
シェリアは思わずフィデルの手をぎゅっと握る。すると驚いたような間が少しあった後、ぎゅっと握り返された。大丈夫だと言うように。
大丈夫、確かにシェリアはメルディアから『悪役令嬢』として認識されるようにフィデルと彼女の間に入って邪魔をしたが、ゲームの『シェリア』のような悪質で理不尽なことはひとつもしなかったはずだ。大切な家族に顔を向けられなくなるような犯罪なんて、もってのほか。裁かれる罪はないのだから、断罪もないはず。大丈夫。何度もシェリアは心のなかでそう繰り返したが、無慈悲にというべきか、その瞬間はやってきた。
「では、シェリア様とフィデル様、指輪の交換を───」
司会者がそう促したその瞬間。白い光がシェリアを目掛けてどこからか飛び出す。シェリアは恐怖から目をぎゅっと瞑った。人々がざわめく。それはそうだ。こんなめでたい席で、主役であるシェリアに向かって明確に害意を含んだ魔法が放たれたのだから────。
「大丈夫か!?」
フィデルが咄嗟に展開した防御魔法のお陰で、シェリアを襲った光は指を軽く切っただけだった。ピリッとした痛みが走るが、あの魔法が直撃していたらと思うとどうってことはない。それにその痛みよりも、突然命を狙われた恐怖の方が強かった。
今日は確かにシェリアが断罪されるはずだった日だ。しかし、少なくともゲームの中ではこんなに直接的な攻撃ではなかった。こんな裁き方をしては、裁いた彼女の方が『悪役』になってしまう。いや、そもそもシェリアを裁くのは彼女の仕事ではなかったのに。なぜこうなったのか。人の命を狙うなんて恐ろしいことをして、なぜ彼女はあんなに楽しそうに笑うのか。
「メルディア、さん?」
シェリアは震えた声で、大好きだったゲームのヒロインの名前を呼んだのだった。




