閑話 輝く宝物
※内容は変えていません。話の流れに沿うように、位置を変更しただけです。
シェリアが自分で服や装飾品を選ぶことは少ない。壊滅的にセンスがないわけでも、着飾るのが苦手なわけでもないのだが、ティア達に任せればだいたいのことはシェリアが関わらなくてもできるし、シェリア自身そこまで強いこだわりもないからだ。
そんなシェリアだが、装飾品───とりわけ髪飾りに関しては、譲れないことがある。
「ティア」
「はい、お嬢様。今日はそれをつけていかれるんですか?」
シェリアは手のひらに乗せた繊細な髪飾りを、そっとティアに差し出してうなずいた。散りばめられた小さな宝石は主張が激しすぎず、けれども見る者の目を奪うほど美しい。白い花の細工も繊細で、シェリアは思わず口元を緩めた。
「本当にお嬢様はそれがお気に入りですね……フィデル様に、もらったからですか?」
不意に距離が縮まって、ティアに耳元で囁かれた言葉に、シェリアは息を飲んで顔を赤くする。それを見てティアはクスクスと笑った。
「すみません。シェリア様の反応があまりにも可愛かったので」
「ティ、ティアぁ……」
いたずら好きな侍女───もとい友人に、シェリアの口から情けない声が漏れる。けれどこの髪飾りをフィデルからもらったのも、とても気に入っているのも事実だ。なら顔を赤くする必要はどこにもないはず、と自分に言い聞かせても顔の熱はひかない。
そんな他愛ないやり取りをしながら、シェリアは何となくフィデルにこれをもらったときのことを思い出していた。
二年前の初夏。まだ汗ばむほどの気温ではなくて、でも時折肌を撫でる風が心地よいくらいの暑さのなか、レヴィン邸の庭園に設置された席でフィデルと二人きりで昼食をとっていた。シェリアは小さく口をあけ、はむ、とサンドイッチにかぶりつく。ベーコンとレタス、トマトの挟まったそれを咀嚼すると、シェリアは思わず笑みをこぼした。それを見たフィデルの表情には、安堵と心配を混ぜたような、複雑な色が浮かんでいる。
「リア、毎年思うんだが本当にこんなのでいいのか?せっかくの誕生日なのに」
「豪華なごはんは、夜に家で食べるからいいの。フィーも絶対来てね?」
一般に───というか貴族社会では一般に、誕生日といえばパーティーが催されるものだ。それは公爵家の当主だろうと、子爵家の末っ子だろうと規模は違えど例外はない。あまりにも兄弟が多い場合には、何人か分をまとめて開催することもあるが、少なくとも行わないということはないのだ。
それはもちろん、ルティルミス伯爵家でも変わらない……はずだが、シェリアの場合は少々事情が特殊で、父や兄の誕生日に催されるようなパーティーは行っていなかった。するのは父と兄、そして唯一の友人であるフィデルとその家族を招いたホームパーティーだけ。
事情というのは、シェリアが社交界に参加していないことと関係があるのだが───。
「リア?」
いつのまにか落ちてしまっていた視線をあげると、心配そうなフィデルと目が合った。いけない、これではせっかく作ってもらった時間が楽しくなくなってしまう。
シェリアが誕生日にパーティーを開かないのは、シェリアにとってもフィデルにとっても毎年のことだ。ただ、夜には家族が屋敷でホームパーティーを開いてくれるので、それにはフィデルやレヴィン公爵夫妻も招待している。……裏を返せば、他には家族以外招待する人がいないということなのだが。
しかし、シェリアがパーティーを開かなくなった時から毎年、フィデルはわざわざシェリアの誕生日の昼に時間を開けて、二人きりのささやかなランチ兼お茶会を開いてくれるのだ。本人いわく「これでもリアの誕生日を祝うのには足りない」らしいが、シェリアはこの日を一年で一番楽しみにしているし、何より幸せだ。昼にはたった一人だけれど大切な友人が、そして夜には家族が祝ってくれるのだから。
「そうだ、今のうちにリアにプレゼントを渡しておこうと思って」
「プレゼント?」
別に夜にも会うのだから今じゃなくても。そう思ってシェリアは首を傾げた。
「手を貸してくれないか?」
「こう?」
シェリアが片手を差し出すと、その手の上にリボンのかかった小さな箱が乗せられる。
「開けてもいい?」
「ああ」
箱は小物が入っているのか少し重くて、けれど形からして去年もらったペンのような筆記用具ではない。箱にかかったリボンをするりとほどいて蓋を開けると、姿を現したのは美しい髪飾りだった。
「綺麗……」
いくつもの繊細な白い花と、散りばめられた星屑にシェリアは目を奪われる。
「リアに似合うと思って。去年までは母上に手伝ってもらってたんだが、今年は一人で選んだから喜んでもらえるか───」
手のひらに乗った髪飾りは、思わずこぼれた『綺麗』なんて凡庸な言葉では表しきれないくらいに輝いていた。使われている宝石も相当質がよく、細工には職人の腕が光っている。シェリアにはもったいないと思ってしまうほど。けれど、それを「似合う」と言ってもらえたのも嬉しくて、鼓動がドキドキと速くなって。どうしていいかわからず、ただただ髪飾りを見つめていた。
シェリアの頬は喜びからほんのり色づき、瞳はきらきらと輝いている。そんなシェリアを見たフィデルは言葉を止めたが───シェリアはそんなことにも気がつかないくらい、手の中の宝物に魅入っていた。今までにもらったペンなどの実用品ももちろん嬉しかったが、これはさらに特別な気がして、胸が高鳴る。ただでさえ最高級の品なのに、大切な友人であるフィデルがシェリアのために選んでくれた、「似合う」と言ってくれた。そのことがこんなにもシェリアを興奮させている。
「っ……フィー、ありがとう!さっそく夜のパーティーでつけてみるね」
シェリアがその喜びのままにお礼を言うと、なぜかフィデルは顔を赤くして息を飲んだ。そして、小さく頷く。
それがまさか、誰よりもシェリアの笑顔を見てきた自信のあるフィデルでさえ見たことがないほど、喜びに溢れた表情だったから、なんてシェリアが気づくはずもなかった。




